1、 presage/闘うということ(4) 1日のさいしょの食事
龍一がベルトを留めながら食堂に降りると、そこは既に戦場だった。
「ちょっと! それ俺の!」
「ずるい、あたしが先に目ぇつけてたのに!」
「えっちゃ~ん、ランが俺のパンとったぁ」
「弱肉強食」
「それ食わないの? ちょうだい!」
「あんたは今日何の当番でもないんだから、私にゆずるべき、わかる?」
あさぎ園は教会併設の孤児院だ。
9年前の内戦で遺児になった子どもがメインの為、構成員はもれなく食べ盛りだが、教会本部から支給される予算は、彼らの満腹に少し足りない。
「やかましいぞお前らぁ! オラ見ろ、龍一起きてきてんじゃねぇかァ!」
教会の司祭を務める衛慈のひとこえで、兵隊がぴっと敬礼するように、狂騒がやむ。
衛慈と同い年の龍一だが、この辺り、とても真似できない、と思う。
一昨年、大司祭であった翁が亡くなって、衛慈はこの教会の大黒柱になった。
教会本部から大人が派遣されてくる気配は、一向にない。
「うん、おはよ。朝練ないと思って油断した! 寝過ごした! 顔洗って来るから、俺の朝飯は残しといてくれよなぁ」
龍一がばつが悪そうに立ち去ろうとすると、どこからともなく「せーの」の声があがり、
「「春日龍一、武闘祭決勝、頑張って来てください!」」
約30人分の壮行が、砲弾のように放たれた。
龍一が目を丸くしていると、
「リュウの朝食は、別に用意してありますから」
食堂の隣の台所から、二つ年上の紗雪がひょっと顔を覗かせて告げた。
「え、え、でも」と返す言葉に迷っていると、後ろから勢いよく頭をはたかれる。
「遅刻すんぞって言ってんだろぉ! さっさと顔洗う! 弟妹の気持ちを無駄にしない!」
龍一の後からやってきた、天使のシロだった。
龍一は抗議しながら、シロに背を押されて洗面所に送られる。
背後となった食堂からは、再び合戦が聞こえてきた。
その時になって、ようやく彼らきょうだいの投げてきた砲弾が、龍一のなかで炸裂する。今、自分は送り出してもらったんだ。
胸郭の内側、自分を支えるふくらはぎ、手足の爪の内側までが、じんと痺れる。
あっと思った時には目が熱めの汁をこらえきれてなくなっていて、その目の前には洗面台があって、龍一はいちもにもなくポンプレバーを引いた。
じゃっと勢いよく出る透明な水に、龍一は顔から突っ込んだ。
溢れる感情ごと地下水で洗って鏡に向かうと、にやついたシロと目が合う。
「頑張ってぇ、龍一おにーぃちゃん」
汚れ知らずの翼を広げて、シロは洗面所から飛び去った。