1、 presage/闘うということ(3) 最後に見た師匠ときょうだい
名前を呼ばれた勇士が入場門を潜る。
歓声と、紙吹雪と、興奮とが、初夏の会場を更に暑くした。
今年の勇士隊隊長が呼ばれたところで、龍一のテンションはクライマックスを迎えた。
鼻血でも吹いて後ろに倒れそうだ。
今、宗教行事で飾られたもみの木のような煌びやかさで、龍一の師が入場する。
「れーーーんりーーーー!」
龍一の声が聞こえる距離ではなかったが、可能な限り声を張る。レンーー蓮季=大飛はまるで聞こえているかのように、迷わずこちらを向いて、主人を確認した犬さながら、なつこく笑うと大きく右手を振った。
さらに左手もあげて、そのまま頭上で交差させるように両腕を振りながら入場する。
会場の気温が3度はあがったような、大歓声が彼を迎えた。
蓮李は金縁の赤カーペットを数歩進むと、前を歩く年下の副隊長めがけて走り出し、じゃれるように話しかけ、肩に手を置いて並んで歩き出した。
副隊長のハルーーきみ仁は憮然とレンを一瞥しただけで神妙とも興味なさ気とも思える顔で歩み、隣でレンが愛想良く腕を振って観衆に応える。
その様があまりに自然で、龍一は突然、そんな彼らを見るのが最後になる事を思い出した。
焼き付けておこう、と思ったとき、二人はいよいよ龍一たちのいるエリアの前に差しかかった。
きみ仁の表情が、凪いだ湖面に砂を一粒落としたように揺れた。不安気にも、機嫌を伺うようにも、何かを確認するようにも見える揺れ方だった。
龍一が、あ、と思ったのと、周りの兄弟姉妹が大騒ぎしたのは、どちらが早かったか。
総勢約30名、上は自称二万歳から下は7歳までの男女が、いっせいに隊長副隊長に言葉を叫んだ。
必ず帰ってこいとか土産は何がいいとか。
そういう声に蓮李は口元に手を当てて叫び返し、きみ仁は慈しむ笑い方で、朽ち葉が微風で地を這うように、小さく手を降った。揺らいだ湖面の不安定さは、どこにも残っていなかった。
「きみひと、れんり、これ!」
最年少、7歳のセリアが、誠慈の肩車の上から花束を投げた。
きみ仁からざっと微笑が消える。きみ仁はまとわりついた蓮李の手をふりきるように走り出し、二人より少し先に落ちようとしていた花束を受けとめる。
わっと歓声があがったが、セリアを見返したきみ仁は、彼との戦闘訓練で動体視力を磨いた龍一にしかわからないだけ短い間、確かに、大きな重い漬け物石を受け止めたような顔をした。
なきそうな、としか形容のしようがない一瞬だった。
直後、確かに受け取ったとばかりににかっと笑ったきみ仁が、軽々花束を天に突き上げた。だから龍一は、誰が、どこが、何が、どんな風になきそうなのかを追及し損ねた。
セリアが年齢に似合わない苦い笑い方をして、追いついた蓮李がありがとうと大きく口を動かした。
そして二人は自分たちの前から去って行った。
師の背中で、彼を象徴する魔法士協会の大幹部マントが金糸の縫い取りを輝かせた。
(必ず、俺もあそこに行く)
カーペットの終わりには、勇士の登壇する、諸侯の旗で彩られたステージがある。そしてその向こうには、外の世界に通じる約束がある。勇士という待遇の、身元の確かな約束だ。
(トーナメントに勝ち残って、あの壇の上から、俺もこの街を出て行くんだ)
龍一の魔法の師、蓮李が壇上へ、一歩踏み出す。
その時、初夏の陽射しがまるでレンを光で飲み込むように、いっそうつよく、きらめいてーーーーー
「起きろー! リュウー! 決勝遅刻すんぞー!」
ガンガンガン、金属同士がぶつかる音がして、龍一は目を覚ました。
あさぎ園の最年長、自称二万歳の天使が、フライパンとお玉を持って天井に仁王立ちしていた。