3、saudade/ここにいるということ(3) 人形と配達人
土の下から生えてきたそいつは、子どもに見えた。
(ノーム。土の眷属)
アキのデータベースが回答を拾う。
相手はおよそ武器になりそうな何物も持っていない。
(じゃあ、なんだろう。これは。なんだろう)
ノイズが走る。
(ここにいたくない。
ここに。
あのノームの前に。
自己保存が、ここにいたら。
なんだ。
これは。
これが)
恐怖だろうか。
(アラート。最優先保存対象を自己からセリア・セルウズ・クテシフォン・フィンに切り替えます。
開彪きみ仁の魔法耐性を攻撃設定に加味。戦闘モードにアサルトを乗算、地形情報の詳細を取得、建物の保存率八割に設定)
戦闘モードが勝手に最適条件を提示、アキの許諾で魔法をスタンバイしていく。
頭の中で回路が全員の逃走ルートをシミュレートする。
冷や汗をかかない自律型人形は、それでも唾液を飲み込んだ。
「なんだ。配達員さん。おはようございます」
きみ仁の挨拶に、配達員が小さく会釈した。
「おはようございます」
「…………配達員?」
アキが呟く頃には、きみ仁が相手から何かを受け取って、ポケットを漁って小銭を探している。
「はいたついん。冒険者ギルドのゆうびんやさん。涙海の渡航者」
至極落ち着いて、セリアが解説する。涙海、というワードが、アキのナノとかミクロン単位の端子を焼いた。
「なだうみの?? 渡航者?」
「ギルドのはいたついん、涙海渡って、どこにでもわく。どこでもぜったいはいたつする。でもおねだんとても高い」
焼いたとはいえナノとかミクロン単位なので、ぱちっとしただけで消えていく。夢から覚めて、ほかに気をとられた一瞬で、夢の内容が消散するみたいに。
「配達員? え?? でも……あんなに挙動に無駄がないのに、ただお届け物をするだけ……?」
「ギルドのうんえいがわ、元すごいうで冒険者ばっかり。みんなあんな感じ」
「すごいうで冒険者……」
アキが頷きかけたとき、ばあんとあさぎ園の玄関が開く。
砲弾の早さできみ仁を突き飛ばし、配達員の前で急停止して乱れた髪を直す女子が現れた。
腰を直撃されて膝をついたきみ仁に、セリアが駆け寄る。
「おおおおはようございます配達員さん! おおおおおお久しぶりです、お会いできて嬉しいです! あーしのこと覚えてますか!」
女子は緊張気味に背筋を伸ばす。アキは困った。配達員にそこまで近づかれると、何かあったとき間に合わないかも知れない。魔法に巻き込んでしまう。
アキの位置からは背中しか見えない女子は、丸腰だし姿勢も隙だらけだ。
アキの中で攻撃魔法設定が書き換わる。
配達員は小さく頷いて「覚えていますよ。いつも挨拶に出ていただいて、恐縮です。梓の咲様」
梓の咲の心拍数があがるのが、アキのセンサに伝わる。サーモセンサでも、梓の咲の皮膚表面温度の上昇を感知する。
「あ、ああああいや、梓の咲様なんてなんか照れちゃうな……シノでいいです、みんなそう呼ぶから。
ああいやっ、そういうことを、言いたいんじゃなくてですね」
梓の咲は配達員に何か手渡したようだった。
「配達物ですか? このサイズですと、金20枚が必要ですが」
配達員の淡々とした説明を、梓の咲は両腕をふって遮った。
「違います違います、ああああぷ、プレゼントです! 配達員さんに! ハンカチ! あの、配達員さんは土の中を移動するでしょう? 対人業務なのに、配達物とか、ご本人とか、汚れたら困るかなぁって、あの、だって、身なりが整ってないと、受け取ってもらえないことってあるじゃん、って……いうか……」
梓の咲の声は段々小さくなり、なぜだろう、悪いことを叱られる子どもみたいに俯いてしまった。
配達員は少しの間のあと、「………ありがとうございます」
なぜかアキはすんごくほっとした。
いつの間にか戦闘モードと別のところで緊張していたみたいだ。どうしてだろう。
(こ、今度の、この気持ちは。なんだろう)
そわそわして、ぷわぷわ落ち着かないのにここにいたい。
ここにいてデバガメしていたい。
きみ仁とセリアは、なんだかにやにや梓の咲を眺めて、突き飛ばしたことに文句を言う気配もない。
梓の咲はよく漬けた梅干しみたいに真っ赤になっている。
「あ、お、あ。お仕事、がんばってください!」
「ありがとうございます…………あ」
配達員が、そのとき初めてアキをみた。三白眼。
「あなた、エイルペイニト・ナレッジ・インターフェースの。完成したんですね。おめでとうございます。ようこそ、無罪世界イノセントへ」
配達人はそれだけいうと、濃紺の帽子に喰われるようにいなくなった。
「え、えっ、ちょっと待って、あたしのこと」
知ってるんですか、という頃には配達員の帽子もなく、どころか目の前には憤慨した顔の梓の咲が詰め寄っている。
「アキだっけ? てめぇ、あの人の何なんだよ」
下から睨み上げてくる梓の咲に、アキはたじろいで数歩退いた。「よしなさい」ときみ仁が諫める声がする。
「あ、あたしも、さっきの人とは初対面で」
「初対面でおめでとうとかようこそとか言われる奴があるかぁ、あぁ!?」
ひぃっとアキが息をのむと、きみ仁が書状を梓の咲に押しつけて「えっちゃん宛だから。配達員さんの仕事、完遂させたげて」
梓の咲はぱっと笑顔になると、
「やった、配達員さんのお手伝いだ!」と踊るように書状を持って駆けて行った。
あきはぽかあんとしかいいようのない体で、廊下の奥に消えて行く梓の咲を開けっ放しの玄関から見送った。
梓の咲は13歳。
あさぎ園の女子の中では年かさな方だ。
昨日紹介された時は、年下の女子をまとめる姉御のようなポジションかと思ったのだが。
「………配達員さんてさー、ふつう配達する相手のとこに直接現れるんだよ」
突き飛ばされた腰をさすりながら、きみ仁が背を仰向けて伸びをする。
「でも教会には入れないの。勢力が違うから。冒険者ギルドと教会の縄張り争いの都合っていうのかな。だから用があるときはこの庭に現れるんだけど、梓の咲の部屋からはそれがよく見えるんだって」
「シノ、それから、げんきなった、きいた」
セリアが頷きながらあとを繋ぐ。
「シノ、むかしあんまりしゃべらなかった、聞いてる。でも今ははちわりはいたついんのことしゃべってる。元気。いいこと」
「その辺はシノとアキと直接話してみなよ。友達作りは相手に興味を持つことからってな」
アキは数回瞬いた。昔。どれくらい昔だろう。少なくとも梓の咲がここにいるのは。
戦災孤児だから。
「友達……そうだね」
(………………配達員さんと、初めてお会いしたのはいつなんだろう)
そういう記憶も、早く戻ってくるといい。
配達員は「完成したんですね」と言った。
(それはつまり、未完成か企画段階からあたしを知ってるっていうことじゃないのかな)
アキをシステムの名前で呼んだ。
(あたしの制作者が。わかるかも知れない)




