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序章 壮行式  作者: や
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1、 presage/闘うということ(1) 壮行式、開式

 ファンファーレがなく。

 青、橙、藤、桃、白、紅、紫、黄。快晴に花びらが散らばる。ふうと風が追従し、薫る。

 花弁は滞空し、風におだてられて舞い始めた。広場に引かれた花道を俯瞰する。スピンしながら落下し、一カ所に集まって輪を成すと、弾けて四散、一瞬の後に小集団となって、五つの輪を作り回転し出した。輪は交錯するように近付き、解け、極彩色の竜巻となって空に駆け戻る。高みへ。

 肩車された子供がうんと手を伸ばしても届かない高さに達すると、白い花弁だけがそこにとどまり、卍に列を成してかざぐるまとなった。旋回する。白を欠いた花びら群はかざぐるまの旋風で折り返し、螺旋を描いて降下する。

 その先に、広い金縁のレッドカーペット。年頃の村娘が初めて引いた紅のように、白い石畳の広場にぺったりと横たわる花道だ。

 花びらは勢い良く花道になだれこむように見せて、実際には繊維に触れる寸前で跳ねている。ばらまかれたビー玉のように、ぴんと跳び、宙に制止し、次々並んで立体を作る。最後のひとひらが凍るように止まった頃には、とりどりの花弁で点描された曼珠沙華が一輪、花道の横幅いっぱいに咲いていた。

 しゃあん、金属の優しい音が響く。魔除けの音だ。

 曼珠沙華が瓦解して散り、極彩色の花びらは空に逃げる。白いかざぐるまも解け、雪のように降る。多様と一様は宙で合流すると、整列して球簾の態を成した。

 ファンファーレが沈黙し、魔除けに道を譲る。しゃあん。

 勢い良くすだれを割って、最初の一団が踊り出た。

 先頭の舞い手が、羽衣を模した薄紅の紗を巧みに振り回し、すだれをぬぐい、また掬いとるようにして、花弁を巻き上げ、舞う。

 二列に並んだ十六人の舞い手が牽引する、領主の一団だ。舞い手の衣装は虹を模し、先頭から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。最後の二名が純白ーーかつて虹と袂を分かったと言われる色だ。

 舞い手の後ろに黒衣の一団が続く。六名が二列縦隊し、それぞれが背丈より高い六角形の錫杖を握る。六本とも杖頭の輪の形と、遊環の形状・本数が異なる。魔除けを奏でる、楽隊だ。塗り竹笠を目深に被って、隊員の表情は見えない。

 揺すられた杖がしゃんしゃと合唱した。斉唱にはならない。遊環も杖頭も、全て材質や金属含有量が異なる。よって、音も一本ずつ微妙に違った。

 それぞれの音が複雑な順に重なり、響いてひとつの曲を成す。威圧的なまでに清冽で、ひとつひとつの音は深く柔らかなれど、どこか巌をも感じさせる、祓魔の曲だ。曲目は『俺☆皇帝』という。第一楽章『皇帝様のおなりだ控えおろぅ』は、君主の歩む道から穢れを除くための曲だ。

 杖の石突きを花道に打ち付けると、そこから花弁が生まれて空に迸る。レッドカーペットに吸収される為、道を突きながらも打撃音はない。

 じぁあ、音が産声さながら花に追随する。花弁は天高く、太陽光に溶ける位置まで昇り、領主一行にだけ花吹雪として舞い戻る。そのまま地に落ちる前に、ある者は編隊を作り、波を描きながら舞い手の紗に絡み付く。ある者は楽隊の黒衣に柄を模して張り付いて、奏者から奏者へ、黒の海を泳ぐ。スタッカートのように跳ね、縦横無尽に踊り狂い、ひとつひとつの動作は大きく、花に出し惜しみという概念はない。

 祝福のような光景だった。高みの果て、花びらを降らす元は、眩しくてもう見えない。音は花道と観客を隔てる金のロープの外側、感嘆に湧く人並みに向かい、さざ波のような挨拶をする。

 楽隊から少し間をおいて、四列に並んだ近衛兵団が一分の隙もない行進を見せる。白金色の鎧に花びらの色彩が投影され、輝く。アーメットの頭頂には紅と金の総飾りが玉葱のひげのように一房生え、風になびいていた。節々に華美な細工の彫られたフットコンバットアーマーの左胸には、藍と紅の、蛇を打つ杭の意匠。この領の国章だ。鎧の所々に流された紅のライン、国章と飾り文字の魔法陣が彫り込まれたカイトシールドとともに、身に着けているもの全て磨きこまれて戦傷がなく、いかにも式典向けだっだ。鎧の擦れる音は遠慮がちで、どこか観衆を安堵させた。流線型のバイザーが花びらをつるりと流す。

 続くのは騎馬だ。青毛に八方を囲まれ、一頭だけが佐目毛。

 青毛は真新しい馬鎧を装備し、色合いは近衛兵団の鎧と揃えてある。額中央部に国章の刻まれたシャフロンは、耳覆いを持たず、ペイトラルも胸部の全てを覆うものではない。鎧というよりは、飾りの意味合いが大きいのだろう。クリネットは絹織で、花嫁のベールのようにそこだけが軽く、長閑やかに、花びらと戯れた。アルソンの下に垂らされた国章のタペストリは誂えたのだろう。馬の脚に触れない長さに切られているのに、前後する馬同士で花道とふちの距離が均一で、タペストリだけを繋ぐと直線を描き、一枚布のようだった。しわのないようまっすぐに垂れ、馬の歩みに動じない。クラッパーはラウンドシールドを左右につけているようで、細緻を極めた立体的な国章を真ん中に、建国物語と呼ばれる十二の物語絵がぐるりを彩っていた。

 金の手綱を引くのは、近衛兵団より軽装だが、目にくどい装飾の近衞騎馬隊だ。先頭のひとりが三角形の国旗を片手で高々と掲げる。その後ろに、九頭。

 八方を近衛騎馬隊に護られ、一段高い佐目毛の鞍上から領主が手を振った。輿はない。盛装に、装飾的な略式の甲冑という軽装備だ。彼の周りで花びらは大人しく、控えめに、ちらりちらりと主役を窺うように降った。

 近衛は兵団騎馬隊問わず、兜のせいで顔は見えない。それが領主の笑顔をより引き立てる。

 領主を中心に、前後でシンメトリを描くように近衛兵団と楽隊・舞い手が配置されていた。後方の楽隊は、杖の代わりに鼓や笛、鈴や琵琶を持ち、一行が花道の三分の一を進んだ辺りで『俺☆皇帝』に滑り込んで調和していった。

 魔除けの章は役目を終えたのだ。第二楽章に繋がる。観衆から拍手と歓声と一部で嬌声も上が「きゃーあありょうしゅさまーぁ!!!」

 花が生まれる。

 花弁の一枚が、領主団のはるか前方にいる龍一の横をすり抜けた。かすかに薫る。

「きれいだよな。花風っていう魔法なんだ」と龍一が伝えれば、「鼻風邪? 薬代かけなくて良さそうな名前な」と隣の衛慈にコメントされた。

「ちげぇよ植物の花に風圧の風! ウインドオブフラワぁ!」

「ういんどーぶふらわーだと華の窓じゃねぇの? 華の窓ってお前さー、こんな公共のトコで聖職者に下ネタふんねぇでくんね。寄付金が減る」

 言葉のわりに迷惑げでもなく、衛慈は冗長な演劇を観る顔で領主団を眺めていた。

 二人は花道のほぼ終点にいた。

 毎年この式典のためだけに設置される、花道に対して垂直な横長のステージ。そこから向かって右の実行委員会テント、左の来賓席、その隣、花道の両方に、関係者席があった。招待されなければ座れない、今年の龍一と衛慈の指定席だ。(貴賓席は地べたにはない。貴人はステージにほど近い貴賓館のバルコニーか、ステージの両側を取り巻くように建てられた櫓から、高みの見物をするものだ。領主の一団も向かう先は貴賓館だった。)

 花道の入り口付近が立ち見なのに対し、関係者席には椅子がしつらえてあった。名のある職人が作ったもので、隣の来賓席には華やかさで随分劣るが、座面と背面にはしっかりクッションが張ってある。これからの惜別を慰めるような柔らかさだ。

「……華の窓って下ネタなの?」

 龍一が声のトーンを抑え、口元に手をかざして衛慈の方に身を乗り出した。衛慈と龍一は左右と後方を二十五人分の空席に囲まれているのだが、目の前は花道、対岸は別の招待客で埋まっている。何者からも距離しかないが、堂々口にするのは龍一には憚られた。

 幼馴染みの衛慈が、自称する通り、白い祭服を着た聖職者だからだ。例年なら教会が建てる櫓の上で、瞼に目を描いて出番まで昼寝をする立場にある。教会のものより高い櫓を建てるのは禁じられているからだろうか、貴人連中に居眠りは気付かれていないらしく、問題になった事はない。ーー公の場では。

「華の窓ったら隠語じゃん。潜望鏡の入り口ー…、みたいな?」

「……………………潜望鏡って何」

「あ? なにお前そんな事も知らねぇの」

 初めて衛慈がこちらに関心を向けた。意外だと顔に書いてある。龍一の鼻穴は若干広がった。

「知らないし何で聖職者がそんな事知ってんのかも知らない」

「あーぁはは………告解は耳年増の生みの親つってなぁ………。

 残酷だよな、聖職者なんか一生花街には行けねぇっての。行く金もねぇけどな……告解って何で金とっちゃダメなんだかなああコレ失言だな、寄付金が……」

 衛慈は厭世的に笑ってうつむいた。それ以上の明言をあからさまに避けて「で、魔法がどうしたって?」

 目が、家計簿ごしに現実を見てしまった時の色をしていた。

 龍一はぜひとも耳年増の詳細を伺いたかったが、生活苦の話にしかならなさそうなので吹っ切った。未練を打ち消すように、勢い良く領主団の方を向いて、指差す。

「ぉらあの黒い人達が持ってる杖! 柄に魔方陣がはいってんだろ? あれでー、花びらが落ちないように風の巡る魔法を出してんの! どんどん花が生まれてるように見えんだろ、違うんだ、循環してるだけなんだ、だからどんなに花が散っても花びらの量は増えねぇんだ。全部魔方陣に設計してある」

「ふーん、お前目ぇいいのな。何かそれって金にできそう」

「感動ポイントはそこじゃねぇよ、魔方陣!」

 抗議を込めて、何度も指を差し向ける。「領主指差したら不敬罪になんぞ」衛慈がさして興味もなさそうに背もたれに頬杖をついた。

「あれはさ、陣によって、微妙に風の流れ方が違うんだ。違う陣が刻まれた杖を持って隊列組めば、杖と杖の位置によっても、持ち手の魔力によっても、無数のバリエーションが生まれるんだって。全部風の魔法なんだ。花が止まるのは、風向きの違う風とか温度の違う空気とか湿度とか気圧とか……そういうのの組み合わせでさ、細かい計算の集大成なんだよ。陣の種類は十三種類しかないんだけど、花の舞い方はそれぞれその時一回限りしか見られないんだ。

 ほら魔法って、その時の気持ちとかにも左右されるからさ。全く同じものを何度も生み出すのって、基本難しいんだ。

 曼珠沙華も、あの色合わせで同じ形はもう組めないだろうな。似たような形なら作れるとは思うけど……」

 喋っている内に目頭が熱くなってきた。少し潤んでいるかも知れない。しかし衛慈の方は「ふうん」と生返事をするのみだ。声音が「はいはいわかったわかったこれだから魔法使いは」という音階で、言葉より雄弁だった。

 だが龍一としても、ここまでの反応は予想済みだ。だからこそあえて視線を領主団に据えたまま、放つ。

「アレ作ったのがハルなんだよ」

「マジか!」身を乗り出すのは衛慈の番になった。

 龍一はしてやったりと隣を見て笑った。予想通りの表情の幼馴染がそこにいた。

「うん。よく見ると青い花びらが一番多いんだ。花なんか赤っぽい種類のが多いのにな。ああなるのはハルの癖。何でだろうな、青いものが一番、ハルの魔法の影響受け易いんだって。つっても魔法のかかり具合とかってさ、僅差過ぎて俺にはよくわかんないんだけど。

 花風の特許がおりた時、俺らお祝いもしてんよ」

「えっ何時いつ。ハルの特許取得記念なんて数えきれなさ過ぎて覚えてないんだけど」

「ハルが魔方陣で特許とったのはこっち来てからは六十二回だよ。

 花風は半年くらい前。三十八回目のじゃなかったかな。商工会の依頼でさ、ハルって基本断んないから。

 レンが実用性ないって文句言ってたから、セリと俺で試作手伝ったんだ。

 実用されてんじゃんなぁ。しかも自分の壮行式で」

「はー、ハルが。あの朴念仁がなぁ」衛慈がまじまじと花弁の舞を見つめた。身内が作った、となると見え方が違う。龍一も近づいてくる一団に視線を戻した。花が踊る。

「さすがにコレは演出家か何かいるって。ハルは技術提供、魔法陣までだよ」

「ああ。それもそうか。レンが何かアドバイスしたんかと思った」

 う、と龍一は呻いた。

 しかし衛慈は気づかず「ハルは芸術からきしだろ」同意を求める。

 そうね、と返しながら、龍一はどう応えたものかと迷った。「…………………………………レンね……………」

 視線がさまよう。

「レンにしちゃ小綺麗にまとまりすぎてんなとも思ったけど。あいつはもっと、何つか何にでも自分出すから」

「………………………………。」

「レンの料理とかさ、すげーうまいのに見た目がいかにもレンって感じで。あーこれは金になんねぇデザインだなって残念だったなー」

「…………………レンは不特定多数の為に料理作るタイプじゃないって、だって、………。……………………………。……………………」

 龍一の脳裏に、とても忘れられそうにない言葉がたった今聞いたかのように蘇る。

『お前は俺の助手って立場をわかってんの? わきまえてんの?

 いい? お前の時間は有限なの。そのくっだらない商工会の見栄全開な出し物魔法陣作ったせいで俺の研究に差し障り出たら人類の損失だからね。わかる? 虚飾でしかない魔法陣より、一分一秒でも早く、俺の研究成果が必要な人ってたくっさんいんの。特定の用途にしか使えないもんにてめぇの優秀な頭貸すってのがどういう事か自覚したら? この世の全てに損害賠償請求される覚悟があるなら作ったらいんじゃない、ただし目障りだから俺の見てないところでやれや、試作品の一片でも見せようもんなら即刻燃やすからね』

 ああいう事を言う大人が本当にいるとは思わなかった。

「リュウ?」

「………。いやその………レン、は……今回直接制作には関わってないっていうか……反対してたっていうか………むしろたまにボイコットしてきたって言うか……………。

 あの、さっきも言ったけど、実用性がレンにとっては、薄かったわけだから………」

「………………………。」

 呆れてものも言えない、てこういう事をいうんだろうな。龍一は衛慈を見て思った。

「レンはアレだろ、要するに自分の為以外でハルの時間とられんのが気に入らねえんだろ、ハルが都合良くパシらされてくんねーとてめぇの研究進まねぇから」

「えっちゃんの評価って身も蓋もないよね」

「俺は家計に貢献してくれた奴に公平なだけだ」

「レンだって結構貢献してたじゃん。いいんだよ? ハルが落としてくれた大金が好きって正直に言って」

 ってあー、結局金の話かよ………、二人はげんなりため息をついた後、しょうがねぇなと笑い合って、どちらともなく花道に視線を戻した。

 しばし花風に見入る。


 しゃあん。杖がうたう。

 笛が重なる。

 鼓が締め、五絃琵琶だろうか、四弦か、主旋律を弦楽器が担う。


 最終楽章だ。


 領主の一団が龍一と衛慈の前を通過した。

 初夏の風が全てをはこぶ。

 あおい花びらがよぎる。

「……………レンもハルもいなくなったら、さびしくなるね」

「………………………………………………………静かにはなるかもな」

 レンはたまにうるせーから、と衛慈が強がった。龍一は応えられなかった。のどが熱くて痛かった。


 元の生活に戻るだけだ。

 しばらくして衛慈が吐き捨てた。声音にはしわが寄っていた。

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