プロローグ いと惜しく、愛(かな)しい
晴天を白鳩が切り裂く。
翼が陽光を反射する。
太陽は南中にあって高く、春の明度が瑞々しい。
遠く青い稜線が集落を守るようにぐるりを描き、悠々と寝そべる。
旅人の足下では靴先から草が薫る。緑に覆われた地面が輝く。
茂った丘の上には、集落全体を見渡せる位置にぽつんと切り株があった。
陽光に温められた切り株は優しく、幾人もの旅人が座ってきたのだろう、真ん中にかけてなだらかに窪んでいる。
おじゃましますよ、とばかりにゆっくりと切り株に腰を下ろす。
顔を上げれば、期待に満ちた顔が爛々とし、小さい者を前に、年かさの者を後ろに、秩序だって座っていた。
いい天気だね! と旅人が語り始める。
風が凪ぐ。
いいね! いいね、子供っていうのは、お兄さん幼児児童は大好物だよ可愛いからねううぇへへへ、やっべ鼻息荒くなってきたやっべ、ちょっとそこのティーンエイジャー引かないでくれる。あっきみエルフだから見た目ティーンでも中身俺より年上だね。そうかそれでもココにいるって事はきみ未成人なのか奥が深いな長命種……。
ああでも嬉しいな、いちにーさんしぃ………27人か。こんな人数に囲まれてこんな青空の下で講演できるってなフロンティアならではだね。外の世界はもう殺伐としててさぁ……戦争中だからね、仕方ないんだけど。
色んな種族がいるねぇ…外の世界では、街村集落ってなぁどこだって大体単一の種族しかいないもんなんだよ。人間の街、エルフの里、妖精の国ってな具合にね。フロンティア以外の集落で異種族が紛れてたら、それは十中八九俺と同じ、冒険者だよ。最近は戦争の影響で、エルフの戦闘部隊が人間の街にいたり、ゴブリンの里に人間の魔法士団がいたりってのがあるみたいだけど。大体現地住民とモメるんだってね。敵が同じなら心はひとつに、てのは昔話なんだそうだ。
昔話っていうかレジェンドだよねそれもう。俺一丸となって云々て基本嫌いだし。世界の敵がひとつだからって俺の敵も同じだと思われたくないわ。勝手に戦力として頭数に入れられるのは迷惑……ああこういう奴がいるから心がひとつになりようがないのか。
自分の頭でモノ考える奴がちゃんといるってだけなのにね。それって素晴らしい事だよね、思考停止した秀才が100人いるより一人の俺がいる方が圧倒的に心強いってうん。やっぱり俺って素晴らしいな。
はい、圧倒的の意味? そっかわかんなかったかごめんね。意味はねぇ、「超」とか「ものすごく」を超ものすごくした感じ。
で、今何の話してたっけ?
………おお、そうだ、種族の話ね。きみ良い記憶力してるね、錬金術とか興味ない? 俺結構教えられるよ? きみ可愛いしねぇぢゅふふふ、やっべよだれ垂れてきたやっべ。いや俺そんな、パッと見程サイコじゃないよ! マッドとはよく言われるけど。
いやはいとにかく話戻そう。
フロンティアは世界各地にあるけど、どこも人種の比が違うんだよ。フロンティアは法の上では多種族共存保護指定自治区つってね、フロンティアは俗称。俗称ってのは、世間一般のアホからバカまで、広く呼ばれてる名前の事です。あだ名っていうとわかるかな? あっこら、アホとバカはどっちがヤバいかで喧嘩しない!
こんな風にちっさい事で喧嘩しちゃうってのに、異種族同士でやってくってのは更に難しいんだよ、寿命違うと生き方価値観全部変わってくるからね。だからこそフロンティアは、世界議会法で守られてる歴史ある貴重な種族混合居住区なんだ。フロンティアは一万と何千年も、それこそ魔物のいない時代からずっと異種族同士で暮らしてる。すごいよね。ところで世界議会を知ってる人はどんくらいいるのかな?
……ああ、名前くらいは聞いた事あるって感じか。正式名称は世界平和維持管理調整実行委員会……いや平和? じゃなくて秩序だったかな? 秩序維持管理調整……微調整? 実行? 執行………遂行?? 委員会? 評議会? 略称が世界議会だから評議会? なのかな? ていうかもっと短い名前だった気もしなくもないな。世界秩序取締役会だっけかな、あれ議会の議の字が入ってねぇな、まぁいーやなんか確かどれか。簡単に言うと色んな国や里や組織から来た、偉そうなおっさん達の集まりです。世界の色んな事を適当に自分らに都合良く決めて大義を被せて世界中丸め込むのが彼らのお仕事です。女性? 女性はいるけど少ないね。時代遅れな組織。以上終わり。後々ちょいちょい出てくる名前だから覚えとこうね。
さて!
そういう話をしたいわけじゃなくてだね。
ここにもあるだろう、古い風習。「成人したら名を上げるまで帰って来るな」つって成人男子を華々しく集落の外に送り出すやつ。え、女子もありなの? 珍しいね。でもそういうフロンティアは何回か行った事あるよ。時代だね。
ああいう風習の起源は一万年以上前でね、元は故郷の為だったんだよ。
魔物が現れてそれまでの世界が一回終わって、新たな文明の黎明期……黎明ってな夜明けって意味ね。これから始まる、その頃だねぇ。「国」て大きい括りさえできる前だよ。世界中、それこそこのフロンティアみたいな小規模集落だった頃ってのがあってね。そういう集落の多くは知識や技術獲得のために、自分とこより発展してる集落に使節団ていう勉強部隊行かせてた。
勉強させてもらうお礼に、その集落でしか採れない珍しい物や工芸品なんかを差し出してね。
でも、そんな気のきいたもんがある集落ばかりじゃないからね。取り立てて相手集落の求めるもんも、珍品名品もない弱小集落は、強い戦士を贈ったんだ。勉強部隊3人、護送につく用心棒が3人、贈り物になる若い戦士が3人、道案内が一人。それが一般的な使節団の構成だったんだ。贈り物以外は集落に帰って良かったけど、贈られた側は一定の功績を上げて初めて帰郷の許可が貰えた。
戦闘員てのはそんだけ重宝されたとも、人権侵害もいいとこだともとれる話だよね。まぁ実際、魔物と戦える戦力は貴重だ。
戦う術を持たないひとは基本、生まれた土地から一生一歩も出られないんだ。魔物と渡り合えないからね。それが昔も今も、世界のスタンダードです。
冒険者ギルドで護衛に冒険者雇う事はできるけど、高いんだよ。ギルドが暴利だから、仲介料が情け容赦ない。俺達冒険者側も今は、戦争特需ってやつで。個人に雇われるより組織に雇われた方が稼げるから、個人依頼に対応できる人が少なくなっててね、余計に値上がりしてる。ギルド介しない冒険者直接依頼ってのもあるけど、冒険者の言い値が相場だから、ぼられるしあんまりお薦めしない。
冒険者的にはね、今の内に、ていう思惑があるのさ。金銭で物が手に入る内に可能な限り物資手に入れて、戦況に左右されない生き残り方を見つけるつもりなの。この戦争、負けたら貨幣経済も終わるだろうからね。すると物を手に入れるのが難しい世界になる。それを見据えるって事は、うんそう、冒険者の大多数はこの戦争、敗戦とみてる。今までがそうだったからね。
世界議会も戦ってるのは建前だけで、負け戦と見て生存者を選んでるって噂だね。大金がモノ言わないから、王侯貴族が選んでもらえなくて苦労してるんだって。ほんとかどうか怪しいとこだけど。
えー俺? 俺は………そうだなうーん、別にこんな戦争、負けたって全然構わないけど、勝つだろうと思ってるよ。勝因に心当たりがあってね、今生は勝つ。
話を元の時間軸に戻そうか。
時間と共にね、戦士の方が特産物や工芸品より喜ばれるようになって、世界規模で使節派遣に戦士つけんのが主流になっていったんだ。こっからだね。「成人男子はすべからく戦士となって名をあげよ」てノリになったのは。
多くの場合、戦士はそれなりの待遇で迎えられたんだよ。集落の発展・拡大にはどうしても魔物との戦いがついてまわるからね。集落の拡大っていうのは物理的に、魔物がうようよいる集落外に踏み込んで柵立てて集落拡げてくって事なんで。
危険だけどね、拡大はせざるを得なかったんだよ。発展した集落ではどうしても人口が増加するからね。まず農地が不足する。ちなみに当時の先進集落は一夫一婦制で平均出産人数がひとり8人でした。
戦士を贈られる事だって人口増加の一因にはなったけど、集落拡大のが優先事項だったからね。戦士は歓迎されたよ。
所帯持つまでは、戦士なんて屋根と壁があるとこなら余裕で生存できたから、戦士が増える分にはあんまり問題はなかったんだ。きちんと住居は与えられてたけどね。贈られた方の集落だって、戦士に出て行かれては困るから。今で言う独身寮みたいなもんがあったんだって。
戦士をいいようにこき使うってのはほぼなかった。結局当時のひと達って一回終わった世界の生き残りなわけだから、力合わせて摩擦なく何でもかんでも穏便に、みんなで頑張ってこう、てノリだったんだってね。争う事にも疲れてたんだろ。今と違ってはっきりした階級がなくて、長老がトップにいる以外はみんな平等、集落の事は話合って決めてこうね、て良心的な時代だったのさ。どんな終わり方したらそんな気持ち悪い世界になるんだか。
階級社会や貨幣経済が興ってきたのは何百年も後でね。その辺の時代が、世界の終わりを生き延びた人やその孫世代が亡くなってった時代だったせいもあるだろね。特にエルフや妖精なんかの長命種に、世界の終わりを実体験として語れる人がいなくなった、てのは大きかった。長命種といえど、現在よりずっと寿命は短かったんだよ。どの種族でも、経験者から直接聞くのと又聞きとでは大違いだったんだろうね、旧来のみんなでどうこうって考え方やなんかは、時代遅れになっていったんだ。みんなでどうこうでなく、一部のそういうのに適した人がリーダーになればいいじゃない、みたいな時代になったんだよ。
併せて戦士は贈るものから育てるものになっていった。戦士が戦術教えて、戦闘部隊が育てられるようになったの。つまりそんだけ人口が増えたってのもあるし。
そうなってからは、戦う者は富める者ってね。
この頃の戦士は、今の冒険者っていうよりは、今の……魔法使いの扱いに近いかな。つまりなんか有難い存在っていうのかな。やっぱり魔物がいる限りはね、戦力は必要なわけだから。でもそれはもう、集落の利益じゃない。時代は個人になった。貨幣経済になって以降、戦力をうまく使える事が金銭を集めるようになった。
そもそもその頃には「魔物がいる世界」とうまく付き合うメソッドが出来上がって、街や村を結んだ国ってシステムができ上がっていってたの。だいぶ今の世の中に近くなったんだ。そうして戦士送りだすってのが風習としてだけ残ったんだよ。
はい、ここまでは当たり障りない話で進めてきたけど。あくまでギリッギリで人身売買じゃなかったてだけで、少数だけど不本意に戦士として送り出された人もいたんだよ。集落の厄介者だから戦士に仕立てられた、なんて事もあったみたいだしね。
贈り物の戦士が旅の途上で死んじゃえば、使節団が受け入れてもらえなくなる事もあったから。厄介者が魔物に殺されるように仕組んで、そいつが死んだら使節団全員さめざめを装って集落に戻って来るって事もあったそうだよ。
後期には、戦士の待遇に不満もった奴が長老を殺害した、とかもあったんだって。戦士の親が息子の贈与に反対して、集落中敵に回したって事もあった。助け合いって言葉は脅迫の隠語になった。戦士の贈与が廃れていったのはそういう事情もあったんだろね。
他方、地元にいるのが苦痛だった人は当時からいた。問題児とか腫れ物とか呼ばれるひとだよ。そういう人は男女問わず戦士になって余所へ移ったっていうね。そ、女戦士も極少数だけど、いた。性別を理由に戦士になれなくて、自分の戦闘力を信じて集落から逃亡した女性もいた。
つっても問題児って故郷が肌に合わなかっただけだったりするから、故郷出たら大活躍して、ガンガン語り継がれて名前だけ故郷に帰ってったみたいだけど。良かったよね。
でも忘れないで。戦闘のスペシャリストは苦労してなるものなんだ。
生まれた場所で息苦しさを覚えたら、そこを出る為に努力に努力を重ねるしかなかったんだよ。
努力する間も、息苦しさが和らぐわけでは絶対にないし、努力は返報を約束しない。
お金を貯めて冒険者を雇って故郷を出る。そういう事ができる現代でもそれは変わらない。
ここでは成人したからって必ず里を出なきゃないわけじゃないでしょう? だよね、今は原則、誰かに職業を強制していい時代じゃない。それもいつまで続くかわかんないけどね。戦争中で、しかも去年世界議会が非常事態宣言出しちゃってるから尚更。非常事態宣言。ふ、今更って思ったけどな。
俺らが探してる人も、戦争の為にとられちゃった。だから探してるんだ。ここに寄ったんじゃないか、て話だったから寄ったんだけど、どうかな。これからの話を聞いて、心当たりがあったら教えてくれると嬉しいな。
これから話すのはね、開戦前の話だよ。
ここからずっと北の国の地方都市なんだけど、そこにも少し変わった形で「戦士を送り出す」てお祭りがあったんだ。うん、お祭りだよ。その街はそんなに古くからあるわけじゃなかったから、風習として残ってたわけじゃないんだ。
その街の英雄みたいな人達が、そのテの慣習で故郷離れた外国人だったからとか、そんな理由じゃなかったかなぁ、お祭りに使われてたのって。でも結構神聖視されてたよ。それには昔の習いとはまた別の理由があったんだけど。
このお話の主人公にとっても、それはそれは神聖なものだったんだ。
懐かしいな。彼にも、ここにいるのと同じくらいの弟妹がいたんだ。兄貴分含めたら30人兄弟になるのかな、大所帯だろう?
大家族? うーん、どうだろ、俺家族っているようでいなかったからよくわかんないんだよね。下の弟妹はそう思ってたのかも知れないけど、彼個人にはそういう甘えってあんまりなかった気がするな。
共同体とか、仲間とか、酒酌み交わしてなるような兄弟、友達。任侠一家的な意味でのファミリー? そういう括りの方がしっくりくる気がする。
仲間はいいよね。俺森ん中で立ちション中に魔物に襲われてさー、当時の仲間に助けてもらった事あるよ。あの時は本当死ぬかと思っ
……………今だせぇとか言った奴全員起立!