表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
序章 壮行式  作者: や
16/69

2、 glimpse/友達でいるということ(1) なくしたものの夢をみる

それで? なまえはどうするの?


この世界に来て2日しか経たないふにゃふにゃの生き物は、龍一に初めてできた弟だった。

弟は、赤くて、ぐねぐねして、目元が腫れぼったくて禿げていて、まだ世界を拒絶しているみたいにしっかりと目を閉じて、じっと母の腕に抱かれている。

何考えてるかわかんなくてこわい、と言ったら、まだなんもかんがえらんねーよと兄の蒼一に小突かれた。十以上年の離れた兄は、痛くなく龍一を小突くのがうまい。

自分にあんな不気味なものだった時期があったなんて俄には信じられなくて、龍一は兄に隠れるようにして、弟を見守った。

弟は、お年寄りでもないのに禿げている。

厳密には、毛らしいものがあるにはあるが、祖父の頭頂よりも薄い。あれがふさふさになって龍一みたいになるなんて、やっぱり信じられない。赤ん坊は何度か見たことがあるが、髪はもっと多かったし、目はくりっと黒目が多くて、肌は白くて清潔そうで、どこらへんが赤ん坊と呼ばれるほど赤いのかわからなかった。弟が赤ん坊と呼ばれるのは、実際赤いからとても納得がいくが、自分の知識範囲内の赤ん坊と同一ジャンルだと言われても、不可解すぎて納得できない。

お兄ちゃんになるということは、あの謎の生き物を守ることなのだという。


『強そうな名前がいいなぁ、濁点つけるとかさ。甚左衛門さんとか渋くていい名前じゃね? 貰おうよ』


蒼一が無責任な事を言う。甚左衛門さんは確か、祖父の部下のひとりだ。何度か祖父の邸宅で見かけたことがある。厳めしい顔の、父のより痛いげんこつが繰り出せそうなおじさんだ。

そうだなぁ、と母が聞いてるんだか聞いてないんだか、いい夢を見てる時の寝顔のようなふわふわした眼差しで生返事をした。

適当でズボラな母のことだから、名前なんかどーでもいーじゃん任せるわ、とか言いそうだ、と龍一ははらはらした。兄に任せたら甚左衛門に決まってしまう。兄は意見を押し通すのがうまい。飼い犬のバーナード犬の名前も、龍一は可愛い名前が良いと沢山候補をあげたのに、強そうでいいべとベギラと呼び通して、今ではすっかりベギラにしか反応しない犬にしてしまった。ベギラは女の子なのに。

甚左衛門なんて駄目だ。

龍一だって、兄になったからには、自分が何度も弟を呼ぶことになるのだ。その時弟の方が自分より強そうな名前だなんて、絶対に駄目だ。

龍一は小さな頭をフル回転させて、自分より強そうじゃないけどかっこういいなまえ、を考えようとした。知らず、むむむと下唇を噛んでいた。

目の端で何か光った気がして、「あっ」と声をあげた時に、下唇がひりひりして、噛んでいた事に気が付いてまた「あっ」となった。しかし後者の「あっ」を凌駕するほど、前者の「あっ」はエモーショナルだった。


あれ見て、オーロラ!


龍一はつい大きな声をあげて、しぃっと父に人差し指を立てられた。温厚な父は怒ると怖い。龍一は反射的に兄の後ろに隠れた。今までも隠れがちだったが、今度は頭まで全身隠れた。

ちら、と母の腕の中の弟を見ると、微動だにしていない。


『へぇ~、ホントだ。オーロラじゃん。こんな真っ昼間にねぇ』


兄がオーロラを見ようと窓に寄っていったので、龍一は隠れる場所を失った。一瞬慌てたが、その場の全員の関心は、突如現れたオーロラに向いていた。父が怒っていなかった事に安堵して、龍一も皆に倣う。

オーロラは、今まで見た中で最も大きく、七色に光を揺らしながら、まるで街の外周に滑らかなカーテンレールでもあるかのように、さぁああっと街を囲んでいった。


『あれ、お義父さんの魔法じゃないか?』


父が首を捻った。祖父に師事していた父は、祖父の魔法に詳しい。


『ぽいね、私何もきーてないけど』


母が頷く。


『えーちょっと、じーさんサプライズハピバ的な何かなんじゃねぇのぉコレ、やるねー!』


兄が口笛を吹いた。

オーロラがぱぁっと光り輝いて、果ての見えない高い高い光る壁になった。

一家は上気した気持ちで、次の展開を待った。

普段家族に興味のない祖父が、どういう心境の変化だろう、と他愛もない話をした。この時点で、家族は誰も、かの魔法は祖父なりの孫誕生祝いという前提を疑っていなかった。


壁は皓々と白く、いつまでもいつまでも輝いていた。


いつまでもいつまでも。

戦争が終わるまで。


その日から、日高み市は光る奈落の最底辺と化した。


******


どうしてか人間は、ひかりがあるとそちらを見てしまうものらしい。

龍一がゆっくりと目を覚ますと、首が勝手に光源を求めてゆったり向きを変え、産後の母の病室と、同じ窓が見えた。

さんとした陽光が差し込んで、日焼けした壁を照らしている。直線を描いて進入してくる、朝の光だ、と思った。


(朝かぁ……)


ぼにゃりと呆けた頭で現実を受け止めて、まだ寝ていたいと思いながら今日の予定を思い出そうと意識をかきあつめる。

何だか懐かしい夢を見ていた気もするが、忘れてしまった。

そんな事より今日は、なんの当番だっただろうか………………、


(いや、うん? 朝???)


はた、と音が出そうな勢いで、龍一は覚醒した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ