第9話 <ウィッチライダー>
<ウィッチライダー>は<ジャックマキナ>に対して強い警戒心を抱いていた。早急に止めを刺さなければいけないという危機感に煽られる。災いをもたらす悪しき騎士甲冑の狂戦士。このまま何もせずにこの亡霊を放置したならば、近いうちに<マスクドユーザー>に対しての脅威となる――そんな予兆を感じ取っていた。
「貴方のような存在は危険よ……ここで成仏しなさい」
異形の二駆で巨躯の甲冑を抉り取る。二駆によるその重量を活かした圧力と緋色の<ルーン>による加重圧力。西洋甲冑は押し潰され抉られる。
<ウィッチライダー>は抉られたその甲冑の隙間からあるものを捉えた。
「……そういうことなの?」
勇英高校、その校舎の屋上にて2つの人影が戦況を眺める。
「<ジャックマキナ>の正体が見えたか」
陰りを魅せる傍観者の一人、<クラウンウィザード>はうわ言のように呟く。
「まだ、確信には至ってないわね、あの様子だと……ん?」
<ウィッチライダー>は第三者の存在に気づいていた。<ルーン>による索敵、気配察知を校内に広げていたからだ。彼女が遅れて戦闘に加入したことには理由がある。<サムライメイデン>と<エルフガンナー>が戦闘中の間、彼女は第三者の介入を予想し、隙あらば捕えるつもりであった。それを見越してでの事前行動、彼女は戦略に優れた知謀家であった。
<ウィッチライダー>は校舎屋上を睨む。
「道化がいるようね……ここはサーカスじゃないのよ」
彼女の張り巡らせた<ルーン>は屋上にも展開していた。
「あら、怒られちゃったわ」
「ほう……魔女がギャラリーの存在に気づいたか……。自身の<ルーン>を事前に校内全域へ散布していたようだ。その才覚、私の手元に置きたい」
「しかも戦闘センスも悪くないじゃない? 私、彼女が気になってきちゃったわ。それで、例の<マスクドユーザー>はあの子?」
もう一人の傍観者、<ワイルドジョーカー>は壊壁の影に潜む少年を指差す。
「恐らくはあの少年だろう」
「あらまあ! 中々のイケメンボーイじゃない? ちょっとオタくさい身なりに雰囲気だけど、純情そうで美味しそうだわ」
「だが、妙だ。あの少年には<ルーン>以外の<具現力>を微かに感じる……」
道化師は仮面から覗くその深紅の眼光から少年を見つめ、思考を凝らす。
「あら、どうしたの? <クラウン>ちゃん、彼をジッと見つめて……まさかッ! 恋!? 恋なのね!」
「彼はまさか……」
<クラウンウィザード>は<ワイルドジョーカー>の戯言を完全に無視した。
「……今は放っておくしかないわね」
<ジャックマキナ>の甲冑は凹凸が激しく傷だらけではあった。しかし、致命的な損傷を与えられていなかった。
<ウィッチライダー>は<ジャックマキナ>に対して再度、乗機の<具現武装>を利用した高加速の突貫をしかける。
<ジャックマキナ>は迫りくる異形の自動二輪型<具現武装>に怯む様子は見られない。錆色のエストックを右片手に備え、緩やかに突きの構えを見せる。
「gwy%&$#!?!!」
――刺突。
急所を狙う一突きであった。
<ウィッチライダー>の<マスクドスーツ>、その防護外の左肩から鮮血が吹き出す。
「痛っ!? 呆れたわ、その耐久力に鈍重な甲冑を纏いながらの器用な剣裁き。憎たらしいけれど、賞賛に値する腕よ」
<ウィッチライダー>には目の前の甲冑騎士を倒す手段がある。しかし、その手段をここで使うべきか迷っていた。第三者の存在に奥の手を披露するべきか否か……。
「手の内は見せないつもりだったけれど、そんな余裕は無さそうね……仕方ない」
彼女は右手を広げ、空を掴んだ。掌からは<ルーン>が溢れ漏れ<MUS>を形成する。<ルーン>による<具現化>とは<マスクドユーザー>にとって<MUS>の制御に他ならない。
「<ゲオルギウス>――モード<ペンドラゴン>開放」
「バイクの変形!?」
異形の自動二輪車はその禍々しいフォルムを変形させ赤竜の王を世に放つ。自動二輪車の面影は最早無く、紅玉の瞳を宿す緋翼の赤竜が暴風を纏い、赤熱の息吹が大地を焼き尽くす。震える大地は赤黒い焦げ跡を残した。
「――<赤竜の息吹>。物理耐性は異常のようだけれど、炎熱耐性はどうかしら? これなら跡形も無く消し炭にできると思うのだけれど」
<具現武装ゲオルギウス>は<MUS>の秘められた可能性を曝け出した。それは<具現化>による生命の創造に他ならない。彼女はこの世に機械的神話生物を生み出した。
「ほう、これは……彼女は既にその段階まで達していたか、これは思わぬ収穫だよ。見物に来た甲斐があったようだ」
「見知ってる限りじゃ、<具現武装>の使い方を知らないお子ちゃましかいなかったものね」
赤竜は機械的な咆哮音を轟かせ、<ジャックマキナ>に向けて<赤竜の息吹>を放つ。騎士甲冑は避けることも無く、灼熱の炎を全身に浴びる。甲冑は融解し始め高温度の金属液と変化し地面に滴り落ちる。騎士の悲哀な咆哮が痛々しく響き渡る。
「私はもう必要なさそうね」
<エルフガンナー>は抑揚の無い声でつまらなそうに呟き、両手に握る銃を収めた。
「<ジャックマキナ>……これで終わりにしましょう。緋璃、止めを刺しなさい」
緋璃は<ジャックマキナ>の有様を見て、一旦躊躇しながらも頷く。
「貴方に罪が有るのかは分からない。貴方が悪かどうかなんて私には分からないわ。でも人々に被害を及ぼす危険性がある以上、見過ごすことはできない」
<サムライメイデン>は居合の構えを取り、暫しの静寂を司る。
――抜刀。
続く八相の構え。
内に隠れた彼女自身の眼が見開くと同時に強化マスクの翠眼が煌めく。
「セイヤァ!! ――炎刃一閃ッ!!」
「『whgk&#%$%!!!!』」
炎刃による斬撃、融解し続ける甲冑に深く斬り落とす。
燃え上がる切り口、<ジャックマキナ>の悲痛な咆哮は序々途絶え、遂には膝ごと崩れ落ちた。
「私の正義は私が子供の頃から見てきたヒーロー、その姿」
彼女は変身を解き、瓦礫の陰に半分隠れる俺に向けて大きく手を振り、疲労を無理やり隠した笑みを見せる。そして、天に向かって拳を振り上げ、声高らかに叫んだ。
「これが特撮部のヒーロー活動よ!!」
「死、死んだのかな……?」
緋璃は<ジャックマキナ>を本当に倒したのか心配のようだった。
恐る恐る彼女は動かなくなった<ジャックマキナ>のアーメットヘルム、その頭部を足先でつつく。
「B級映画や漫画とかなら、ここで再度復活するのよね」
「……さすがに復活は困るよね。だってこの甲冑タフすぎるもの……」
<エルフガンナー>も彼女を真似して、足先で腕や足をつつく。
「なぁ……これどうするんだ?」
「……ちょっと待って」
<ウィッチライダー>は倒れた<ジャックマキナ>に対して、両手で掴んだ<MUS>から緋色の<ルーン>を浴びせる。彼女は<ルーン>情報の読み取りを行い、<ジャックマキナ>の『死』を確認する。
「<ルーン>の流れが不自然、<ルーン>ではないそれ以外の力によって干渉を受けているわね。この木偶人形、恐らく……」
<ウィッチライダー>は未だ変身を解いていないがために、彼女の表情は分からない。だが、その表情は険しくなっていることは容易に想像できた。
「心当たりがあるみたいだな」
「あの<具現者>が関わっている。これは我々の正義が試される時がきたようだ……」
彼女は<具現者>との関連性について知っている素振りを見せるが、そのことについて語るつもりはないようだった。
「何にせよ、私達は<マスクドユーザー>としての責務を果たすだけよ」
不意に殺気めいた視線が背後に刺さる。不気味な人影が足下の大地を覆い尽くした。
「――私達を知っているのかね?」
!?
背後から聞こえる微かな呟き、その嫌悪感で咄嗟に俺は後ろを振り向き身構える。
「お前は!?」
俺はその存在について、先程まで俄かには信じていなかった。だが、俺は目の前の人物が<具現者>であるという事実に疑いを持てなかった――。言葉では表せない異質な『何か』をその身に宿していることを理解する。<具現者>とは『人』であって『人間』ではなかった。
「初めまして――<ルーン>の申し子達よ」
初めて遭遇する<具現者>は『力の塊』であった。目に見えない威圧感が、足下を竦ませる。<具現者>に対抗する力を持たない栄治英次に至ってはまともに立つことすらままならない。
「ハッ……冗談きついぜ」
「今日はお客さんが多いこと……商売繁盛で泣けてくるわ」
「それ商売敵の間違いじゃないの?」
<具現者>との遭遇、それは<マスクドユーザー>と<具現者>の戦いを意味する。
屋上でその様子を眺める二人の<マスクドユーザー>は静寂を保ちながら、その驚嘆を露わにしていた。
「きたわね……まさか今日が<具現者>との開戦日になるとは思わなかったわ」
「<フェニキアの具現者>――遂に表舞台へ顔を出したか」