第8話 <ジャックマキナ>
<ジャックマキナ>は変身した<エルフガンナー>に強い敵意を露わにした。<サムライメイデン>から<エルフガンナー>へと標的が移る。
「緋璃! 助太刀するわ!」
「え? ふぇありも闘うの? ってその<マスクドスーツ>、まるで宝石ね!」
「考えがあるわ、鉄屑を逃がさないように少しの間引き止めて!」
「私が囮ってわけね! わかったわ!」
<エルフガンナー>は両脚太腿側面に固定されているレッグホルスターからリボルバー拳銃二丁を引き抜き、念じるように呟く。
「<歩く銃火器庫>」
彼女の周囲一帯にエメラルドグリーンの<ルーン>が煌めき舞い上がると空間に歪みが生じる。その歪みから無数の様々な銃火器が具現化される。そして、その銃口はすべて<ジャックマキナ>に向けられる。
「牽制は任せて!」
もう一人の彼女は<ジャックマキナ>に対して執拗に斬りかかっていく。その誘いに乗った<ジャックマキナ>は<エルフガンナー>に向け始めた敵意の視線を<サムライメイデン>に再度変更する。<ジャックマキナ>はその誘導に気づかずに、エストックによる剣突きとガントレットによる拳撃を織り交ぜ反撃する。<エルフガンナー>が構えるその銃口に気づく様子は見られない。
「今よ、離れて緋璃!」
<ジャックマキナ>が<エルフガンナー>に対して背後を見せたとき、それは死角となり引鉄が引かれる。<サムライメイデン>は咄嗟に<ジャックマキナ>から距離を取り下がる。
一斉砲火――。
そして轟く爆音――。
<ジャックマキナ>を蜂の巣にするべく放った弾丸と跡形も無く消し飛ばすために放ったミサイルの嵐は爆風を巻き上げ、俺達の視覚をも奪い去る。だが、<ジャックマキナ>の咆哮は止まない。
「なんて奴……」
「<ジャックマキナ>、その正体は一体何者なんだ……? 本当に只の狂人なのか? いや、それにしては機械的動作が気になる。奴は人間なのか?」
<ジャックマキナ>は仰向けで倒れ狂声をあげ咆哮していた。騎士甲冑の装甲は一部が剥がれ、凹凸が増した分、ダメージは通っているように見える。しかしながら、狂人は不死身の骸の如く荒れ狂い立ち上がっていく。
「出し惜しみはしていないつもりだけど、とんでもないくらいタフね……」
今の戦闘で俺は気づいた。<エルフガンナー>は明らかに<サムライメイデン>よりも武器の使い方について熟知している。それはこれまでの経験の差か、それとも……。
「種子島! 闘ってる最中悪いが、君はどこまで事情を知っているんだ?」
俺は思わず、種子島に向かって駆け寄っていた。
「ちょっ、エイジ君! 離れてって言ったでしょ!? それにその話は私が君に聞きたいところなんだけど?」
まあ、そうだろうな……。
「俺達はニュースで悪の組織が活動を始めたことくらいしか情報が無い。あとは<アイオンランサー>から聞いた与太話くらいだ……」
「何も知らないわけね……となると緋璃かエイジ君が最後の<マスクドユーザー>なのね」
「それはたぶん俺のことだ、<MUS>は持ってないけどな。そういうことで、俺達はあまりにも戦いに関して無知なんだ。頼む、緋璃に戦いながら<マスクドユーザー>の本当の力、その使い方を教えてやって欲しい。俺にできることは今は何もないから……」
<マスクドユーザー>に選ばれたことに関しては俺自身良く理解していない。はっきり言って、<マスクドユーザー>関連について自力で調べるのはお手上げだと思う。情報化社会が著しい現代の検索技術を駆使しても、その項目について調べることは困難だった。
「それはどういうことなの? <マスクドユーザー>に選ばれたということは<MUS>所有者だということよ。なのに持ってないなんて……」
「そのことなんだが……」
「ちょっと! あなた達、何話してるのよ!」
「すまん! そいつの足止めをしてくれ!」
「ちょ、ちょっとー!?」
俺達二人は緋璃を無視して瓦礫の陰に身を潜めながら先程の会話を進める。
「さあ、俺にはさっぱりだ、<クライアント>様に聞いてくれ。そいつによれば、俺は既に手に入れてるらしい。なんのこっちゃって話だ。まあ俺は正義のヒーロー様になりたいとは思わないけどな」
そうだ、俺は正義のヒーローごっこに、こいつらに付き合うつもりは毛頭ないんだ。本当なら俺は今頃家でアニメを見たり、ゲームをしているはずだ。正義のヒーローの資格なんてこれっぽっちも持ち合わせてはいない只の高校生に過ぎない。
「……そういうこと」
彼女は俺を強化マスク越しに凝視すると、何かを悟ったように頷く。
「種子島、何か知ってる素振りだな?」
「エイジ君は<ルーン>を拒絶してるのよ、心当たりはあるでしょ?」
「<ルーン>を拒絶? それはどういう……」
「受け入れればいいの。<ルーン>とは自身の心の在り様、すなわちパーソナリティー。君はそれを無意識にもしくは意識的に否定しているのよ。自覚あるんじゃない?」
それは――。
「……」
沈黙が答えだった。
「……ある出来事に対しての心因性ストレス、それが拒絶という形で俺の中に存在するのは確かだ。だけど、それが種子島の言う<ルーン>と直接関係しているとでも?」
「エイジ君が<ルーン>の<具現化>に成功していないのは、認めたくない、消し去りたいという強い思い、意識や願望が<ルーン>の拒絶という形で自身の深層心理に影響を及ぼしているからよ」
心理的外傷が<ルーン>の拒絶に関係している……? それに……。
「<ルーン>の<具現化>? それは<MUS>のことを指しているのか?」
まるで<MUS>が只の機械、変身デバイスではないと聞こえるではないか。
「エイジ君が<ルーン>を受け入れれば自然と理解するわ。私が君に語れるのはここまで。あとは自力で理解するしかないの」
<ルーン>を受け入れる? 俺に正義のヒーローを認めろっていうのか……。そんなことできるはずがない……!
「君は戦う術を欲している。自分を認める理由なんていくらでもあるのよ」
「でも、俺は迷う……本当に認めてしまっていいものかと。一度認めてしまったら、もう後戻りはできないかもしれないだろ……?」
「そうね。それが迷い迷った結果なら仕方ないのかもしれない。今すぐ決められることじゃないかもね。でもそれでいいの君は?」
「俺は……」
どうすればいいんだ? このまま戦力外で女の子達に守られる――それでいいのか俺は? お前はそれでいいのか? そんな情けない人間なのか?
「それよりも今は<ジャックマキナ>を倒すことが先決よ! このままにしておけないけど、エイジ君はとりあえず戦力外ってことで! 隠れて……」
「そうよ、隠れていなさい新入部員――」
「え?」
黒衣のローブが風に揺れて、緋色のメタリックボディが煌めく。黒色の尖った三角帽子を被るフルフェイスマスク、そこから覗く深紅の両眼が過剰に発光する。異形の自動二輪車に跨り、<ジャックマキナ>を轢き倒していた跡だった。
「<ウィッチ>! 遅いわよ!」
「すまない、待たせたみたいね」
「誰なの? え、もしかして……? 『芽衣蒔』?」
「えーと、誰だ?」
「特撮研究部副部長、騎本芽衣蒔よ、宜しく新入部員君」
<ウィッチライダー>は緋色の<ルーン>を自身に浴びせながら、立ち上がろうとする<ジャックマキナ>に向かって容赦の無い追撃を試みる。異形の自動二輪車で甲冑騎士を轢き殺そうと突貫していく魔女の姿に微かな残虐性が垣間見える。