第5話 勇英高校
異形の自動二輪車がマフラーをふかし、隧道で怒号を響かせる。
隧道を抜け、異形の自動二輪車に跨るのは、黒色の魔女。魔女は山頂を目指し、高架を駆ける。彼女の名は<ウィッチライダー>――。
暗闇の中を異形の自動二輪車で駆ける<ウィッチライダー>はヒーロー足り得るその力の象徴、強化スーツ――<マスクドスーツ>を身に纏い、黒色のローブを風に揺らす。ローブから見え隠れするのは緋色のメタリックボディ。黒系の鍔の広い三角帽子を被るフルフェイスマスクから覗く深紅の眼が妖しく発光する。
傍らで魔女に囁く、自動二輪車の後部に座るもう一人。<エルフガンナー>――。
焦茶色の鋼鉄かなにかでできたカウボーイハットを左片手で押さえながら被る女性フォルムのガンマン。エメラルドグリーンの硬質なボディに月光を浴び、上品な輝きを反射する。強化マスクで頭部を覆われた女性ガンマンは鼻歌を口ずさみ、もう片方の右手でリボルバー拳銃を握りガンスピンを行う。マカロニウェスタンを気取るかのように……。
気づけば自動二輪車の怒号は止み、静穏の中で二人の<マスクドユーザー>は微かな光に誘われて歩き出した。見下ろすと慣れ親しんだ夜の市街が一望できる。既に山頂に到着していた。
「これで良く見えるわね、<ウィッチ>はどう思う?」
「とても夜景が綺麗ね」
「そこじゃないわよ! ……槍使いの紳士のオジ様」
「<アイオンランサー>ね……信用できない男よ」
「私達が<マスクドユーザー>に成ってから約1年、彼らの存在を世界に公表するつもりなのかしら? でも今になって何故?」
「最後の<マスクドユーザー>が誕生したと<アイオンランサー>は言っていたわね」
「それも気になるところだけど、今は私達の居場所を守る事が大事よね」
<エルフガンナー>は何時の間にか、肩に押し上げている長々の狙撃銃を下ろし、スコープを覗きこみ、鏡光を煌めかせる。
「これが私達の守る世界――」
<ウィッチライダー>は山頂から、深々《しんしん》としながらどこか華やかな夜景を魅せる市街を眺めながら、ポツリと呟く……。
「見える? <エルフ>」
「ええ、<具現者>を確認……」
<エルフガンナー>は標的に狙いを定める――。
「私、スナイプは苦手なんだけどね」
暗闇の中で彼女の握る狙撃銃から細やかな閃光が放たれる――。
「今日から学校か……結局昨日はアニメ見て終わっただけだったな」
本日は月曜日、一般男子高校生である俺にとっては最悪の登校日である。結局日曜日は再度お互いに簡単な自己紹介しながら、現状とこれからについて話あった訳だが……。結論から言えば、途中で彼女が飽きてしまい、俺の部屋でアニメ三昧な一日となった。
ちなみに『プリデュアッ!!』見ました……。
「ねぇ、ところで『エイジ』は高校生なの?」
今頃、それを聞くのか……。
エイジというのは俺の名前、栄治英次の苗字にあたる。彼女曰く、栄治の方が今時の名前っぽくてかっこいいらしい。ちなみにカタカナでエイジと呼ぶそうだ、知らんがな……。それ以来、俺は彼女にエイジと呼ばれる次第だ。
「勇英高校だよ、つーかお前学生なのか? まあ、見た感じそうだと思うけど」
「え? エイジも勇英高校なの! 私も!」
「そ、そうなのか? 何年生だよ、そういやお前の年齢聞いてなかったな……」
「16歳よ! 今年から2年生! エイジは?」
「俺も2年だよ、まさか同い年とはな……もしかしたら同じクラスになってるかもな」
「そっか! 今日からだよね新クラス! 楽しみ~♪」
まさか同じ高校でしかも同学年だったとは……しかし、1年間こんな美少女に気づかないとは俺は一体何をしていたんだ! (帰宅部でアニメに夢中だった)
おっぱいを拝め損なかったその1年間を返して欲しい! いや、切実に。
ちなみに彼女は一昨日から自分の家に帰っていない。現状を打破するまで、つまり、俺の<MUS>が見つかるもしくは進展があるまで、俺のボディーガードをするつもりらしい。今日からは普通に帰宅するらしいが……。
そうだ、聞いてくれよ……。彼女は無防備すぎると思う……2日も男女部屋一緒で寝食共に過ごすなんて、健全な男子高校生の俺でも不健全に成らざるを得ない! ムラムラを抑えるのに必死だったのだ。
そうだ、俺はこれまで十分我慢したのだ、暴走しても可笑しくない! 彼女がお風呂に入りたいと言うのでお風呂を貸してあげた際に、俺は決心(暴走)した。
俺は彼女の入浴中にちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、裸体を拝もうとバスドアを少し開いた瞬間――彼女の顔が目の前に。
そして、当然の如くボコボコに殴られて、お陀仏になったのは言うまでも無い。こんなの人の死に方じゃあありませんよっ!
俺はあの奇跡のおっぱいを拝めることは叶わなかったのだ……。
彼女が俺の家に居座る以上、オナニーの一つも出来やしない! なんてこったい!
「それで、もう少ししたら登校時間だけど、どうする?」
「私、制服ないから、一旦家に戻ってから学校いくわ! じゃあ、またあとでね♪」
朝から慌ただしい奴だよまったく……。
両親がいない家庭は朝が辛いんだけどな……。
自宅を出てから、勇英高校の校門をくぐると屋外掲示板の周囲に人が集まり、クラス発表掲示されていた。
俺はそのまま掲示板の方へ向かって歩く。すると、ここ最近見慣れた背丈の女子が俺に視線を向けた。どうやら彼女は先に到着していたらしい。随分早いな……。
掲示板を見入ると、彼女と俺は偶然にも同じクラスのようだった。
「まさか同じクラスになるとはな……一応言っとく、これから宜しく」
「当然! あなたも私と同じヒーローだもの、助け合いは大切よ!」
「おい!? あまりヒーローどうこう大きな声で話すな!」
「あっ! ……そうよね、正体は秘密だものね、忘れてたわ……。ってあれ? そもそも正体隠す必要なんてあるの? ん? あれ?」
大丈夫なのか、このおっぱいボイン娘ちゃんは……。
「それに俺はあの変身デバイスをまだ手に入れていない……自衛手段がないまま俺達の素性が他の<マスクドユーザー>にバレる訳にはいかない。例え緋璃が俺を守ってくれるとしてもだ、一人で戦わせる訳にはいかない。それに、敵は一人とは限らないしな」
何故か知らないが、俺もこいつと同じヒーローということになってるらしい。絶対にそんなものになるつもりはないが、自衛手段くらいは用意しなければ、どこの誰かも分からん輩に最悪殺され兼ねない。
「おまけに追加情報で<マスクドユーザー>の他に悪の存在がいるってことよね……」
「ああ、昨日のニュースな。正義のヒーローの次は悪の組織か? 大変な世の中になったもんだよ……まったく」
<アイオンランサー>からは悪の組織が存在するなんて情報は貰っていない。あえて、言わなかったのかもしれない。悪を滅ぼすとはその悪の組織を倒せってことなのか? まるで、特撮ヒーローの世界に迷い込んでしまったようだ。
俺は彼女との今後の活動について頭を悩ませながら、新クラスの教室に向かい始業式を待った。