第4話 <アイオンランサー>
少年、少女の前に突如現れた謎の紳士。自らをフリーランスのヒーローであると語る。
氷青色の鋼を纏う鋭利なフォルムに相応しい精悍な槍戦士の出で立ち。一見細身でありながら、隠しきれない筋骨隆々な肉体に滲み出る威圧感、紳士もしくは執事を気取った言葉遣いから恐らく男性であると思われる。
<アイオンランサー>を名乗る紳士は老人であるかのように抑揚のない合成音で、淡々と呟く。
「『<クライアント>は<マスクドユーザー>の皆様に多大な御期待をされております』」
「それはどういうことだ?」
どうやら<マスクドユーザー>という正義のヒーローは実在するらしい、現在、目の前に立っている。
そして、俺はこの男の語る意味が理解できないでいる。正義の遂行、悪を滅ぼす、最後の<マスクドユーザー>――答えを導き出すための引き出しがそもそも存在していないのだ。理解できるはずがない……。
「『申した通りで御座います栄治英次様。正義を遂行して頂きます』」
「……質問が多々あるが、聞いてもいいか?」
「『どうぞ御質問を』」
「正義の遂行ってのは、具体的に何を指す? 悪を滅ぼせとはどういうことだ」
語る内容があまりにも抽象的すぎる。まるで、雲の上を歩くみたいに足元が定まらない? いや違うか、でもそれに近い意味合い、ふらふらとした表現に己の結論が固まらない不快感。あやふやな言い回しが俺の脳内に警告を、紳士に対して警戒音を響かせる。このまま、何も聞かずに帰す訳にはいかない!
「『御答え致します。この度、すべての<マスクドユーザー>の皆様は御自身の信じる正義を遂行する権利を与えられました。それは各国政府の要人達から与えられる最高峰の権利で御座います。その権利とは<MUS>所有者となる資格で御座います。<マスクドユーザー>の資格を用いて、御自身の御考えになる悪を正義の意志で滅ぼして頂きます』」
国家公認となった<MUS>――その力で悪を滅ぼせだと? 自分の考える悪を正義の名の下に迫害できるとも聞こえるな、その言様は……。
「例え話だが、それは自分が気に入らない奴を悪だと断定し、殺してもいいとか物騒な話か?」
「『その寓話についてですが、可能で御座います。<マスクドユーザー>としての権限は絶対で御座います。各国の軍隊、警察等の武力介入をされる御心配も御座いません。例えその行為が第三者的に見て正義ではないとしても、御自身の信じる正義として認められます』」
「マジかよ……とんでもねぇ話だぞ」
世界規模でこの与太話が罷り通る事実に唖然とするばかりだ。
「ねぇ? <マスクドユーザー>同士で争った場合はどうなるの? 私は既に戦っちゃった後だけど……」
確かに……それは気になるところだ。
「『その御質問は重要事項で御座います。<マスクドユーザー>同士の戦闘行為は禁止致しません。戦闘での勝利者が正義と判断されます。敗北者は悪と見なされ、勝利者に敗北者への生殺与奪の権利を与えられる次第で御座います』」
「勝者と敗者の明確な基準、区別は何だ?」
「『生か死、二つに一つ、只それだけで御座います』」
「……」
「……」
「『当然ながら、戦闘行為の中止は可能で御座います。ただし、相手方が戦闘行為を続ける次第であれば、戦闘行為の中止は不可能で御座います。相手から逃げ切れることが可能ならば別ですが』」
「逃げ切れる自信があればか……つまり、<マスクドユーザー>同士の戦いってやつは、負傷した状態では呆気なく勝敗が決まってしまうものと捉えられるが……」
「なんだか、大変なことになりそうね……」
まるで、人ごとのようにポカンと呟く彼女。己も当事者であることを意識していない様子であった。
「『御質問は以上で宜しいでしょうか?』」
「俺達しか質問してないが、他の<マスクドユーザー>にはどう説明するんだ?」
「御心配は要りません。既に他の<マスクドユーザー>の皆様には御説明済みで御座います。残りは貴方がたのみとなっております』」
他の<マスクドユーザー>には説明済みか。しかし、他の奴らの情報は気になるな、遠回しに探りを入れたほうがいいか……。
「『すべての<マスクドユーザー>の皆様に~』って言ってたけど、あれは何だったの? 何かしらの通信機能でみんなに知らせてたとか?」
「『只の演出に御座います。通信機能で御伝えすることも可能で御座いますが、貴方がたの御問答の前に全て御説明が完了してる次第で御座います』」
何? ということは……。
「まさかお前、ずっと俺達を見学してたのか?」
「『左様で御座います』」
「なんで、わざわざ……」
「『御恐縮ですが、穂村緋璃様の御説明で私の労力を省ける次第で御座います』」
「あんたの説明の方がわかりやすいと思うぞ」
「『左様で御座いますか、恐悦至極で御座います』」
胡散臭い弁口をする男だ。尊敬語、謙譲語、丁寧語をすべて取って付けたかのように話す。日本語としては使い方が間違っている。こちらを馬鹿にした態度にも取れるのだ。はっきり言って信用できない……。
「最後に、一番聞きたいことだ。俺が最後の<マスクドユーザー>とはどういうことだ? 俺は<MUS>を手に入れた覚えはないぞ」
これは本当のことだ。
「『その御質問は御答えし兼ねます。栄治英次様は既に<MUS>所有者であると<クライアント>から事前に聞かされております』」
「そうなの?」
「そんな訳あるか! その<クライアント>ってのは何者だ?」
「『その御質問には<クライアント>との契約違反に抵触する恐れがあるため、御答えし兼ねます』」
「何だと? <クライアント>のことは気になるが、まず、俺は<MUS>を持っていない、この状態で、他の<マスクドユーザー>が俺に戦闘行為を仕掛けてきたらどうなるんだ?」
俺は無抵抗に嬲られろとでも言うんじゃないだろうな?
「『もちろん、戦闘行為での勝利者が正義となります。栄治英次様は<マスクドユーザー>の資格者の御立場になられておられます。既に一般者の御立ち場ではないことを心して頂ければと思います』」
なんてこった……。どうしてこうなった!?
「だから、その<MUS>を持っていないって言ってるんだよ! どうしろっての!」
「『心中御察し致します。ですが、私からは何とも言えない次第で御座います』」
この狸が! 自衛手段が無いまま、これから普通に過ごせる訳がないだろう! いつキ○ガイの<マスクドユーザー>に襲われるのか、わかったもんじゃない! それに、俺は『あいつ』のようにはならない……。絶対に正義のヒーローなんかにはならない……絶対にだ!
そんな大それた能力なんて必要ない! 俺は心の中で強く頷く。
――ん? 待てよ、能力……。
「そういえば、あんた確か<アイオンランサー>と言ったな? どんな能力を持っているんだ? 音を消したり、ガラス破片を消した力はどういうものなんだ?」
「『……私が御申しできることは、自身の<MUS>の<コードNo.>が<イズⅩⅠ《イレブン》>であること――この事実のみで御座います』」
<コードNo.>が<イズⅩⅠ《イレブン》>? それだけで分かるはずがないだろ!
「それはどういう意味だ?」
「『御申し出来ません』」
「<コードNo.>に能力が関係しているのか?」
「『御答えし兼ねます』」
「……見事にはぐらかされたな」
とんでもない腹黒狸のようだ。これじゃあ、何も分からないままだ……。
「『最後に私からの御願いで御座います。私はこの度、<クライアント>の命令で<マスクドユーザー>の統制、監視者としての役割を与えられております。時と次第によっては、<マスクドユーザー>の皆様を招集することもあるでしょう。その際は是非とも宜しくお願い致します。では、御恐縮ですがこれで失礼致します』」
紳士は一礼する。そのまま一瞬にして、この場から自身の存在そのものを消失させたのであった。
「「んな!?」」
呆然とする残された二人。
「……どうなってるの?」
「わからん、手の内を全く明かしてくれなかったからな……それにあの男の立ち位置も不明のままだ。もしかしたら敵になる可能性もあり得る」
「え? そうなの」
これから俺はどうすればいいというんだ……。今後の生活に支障をきたし兼ねない。
「それで、これからどうするの?」
「お前の言ってたことはすべて本当の事らしいしな、とりあえず、お前の事は信じるよ」
「いや、そういうことじゃなくて、もう朝になってるけど……寝るの? もう帰るの面倒だし、とりあえず私もここで寝ていいよね?」
「……」
「……」
部屋を見渡すと、朝日の色に染まった白壁。大きな傷跡を残す窓から景色を覗くと、朝の明るみが果てしない遠方からにじむように広がってくる。まだ家中の誰もが眠っているような時刻。しかしながら、二人は和やかな朝の光に包まれるのであった。
「全然触れてなかったが、お前最初、俺と行動を共にするとか言ってたな。あれはどういう意味だったんだ? もしかして……アダルトな話?」
まさかのモテ期到来? な訳ないな。すみません、調子に乗りました!
「――え? ち、ちち、違うわよ! そういうことじゃないわよ! い、一般人とせ、接触してしまったから、敵に狙われたり、危ない目に遭わせないため、あ、安全を考えてのことよ! 別にあんたと一緒に寝たいとかそういう、ふ、不埒なことじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! 不純異性交遊するような女に見えるの? この私が! そんな訳ないじゃない!」
冗談で言ったつもりだったが、なにこれ……もしかして脈あるの?
「そ、そうか……」
「そ、そうよ……!」
「「…………」」
「寝るか……」
「そうね……」
まあ、当然何もなかった。そんなもんよ。
俺達が目覚めた頃には既に夕方で、赤く眩しい西日の光が両目に射しこみ、俺は充血した目に軽い痛みを催すのであった。刻々と色を濃くしていく夕焼けを眺めながら、ぼやけた目を直すために目やにを擦り落とす。
ちなみに彼女はベッドで、俺は床下だった。これが男女格差だ! これほど男女平等が如何に難しいのかが良く分かる実例はないだろう。
穂村緋璃、不思議な女の子だ……。彼女とは今後について、きちんと話し合わないといけないだろう。
「ふぁ~、もうちょっといいよね~」
そのだらしのないわがままおっぱいをぶらさげる当の本人は彼のベッドで二度寝するのであった……。
窓は空のダンボールで塞いで置くか……。