第3話 <マスクドユーザー>
彼女の聞くに堪えない長話は要約するとこうだ、正義のヒーローを襲った敵は他の正義のヒーローだったということ。
「ホントに<マスクドユーザー>ってのは正義の味方なのか? そもそも何で正義の味方なんだ? その力を使って悪用するやつもいるだろうに? それにヒーロー活動なんてしているのか?」
「あっ! ほんとね、考えてなかったわ。まあでも<MUS>初回起動時にそう頭の中で説明されたもの、信じるじゃない? あっ、ちなみに私がヒーロー活動を始めたのは1週間前からよ!」
こいつが勢いだけの考えなしだということはわかった……。しかも、ヒーロー実績はほぼ無いに等しいと。
「頭の中で説明? <MUS>ってのはそんな便利な機能やシステムもあるのか? まぁ、それは今はいいや。つまり、まとめるとだ。<マスクドユーザー>は正義の味方には成れるが、正義の味方に成る必要性が無く、その上行動制限が特に掛からないと。しかし、それだと個人で使える凶悪兵器じゃないか? もしもやばい奴が<マスクドユーザー>になったら人や街を襲いだして、とてつもない被害を生み出す可能性が有るぞ。何かしらの適正ってのも必要なのか<マスクドユーザー>には?」
なんつー危険な奴らだ! 正義の味方が一歩間違えると破壊神になりかねん……。実際に戦う姿を確認していないから、<マスクドユーザー>がどれほどの力を宿しているのかは想像できないが。
「そうね、そうだと思う」
「思う? 違うかもしれないってことか?」
なんとも曖昧だな。
「いいえ、う~ん何て説明したらいいかわからないのだけれど、言うなれば選ばれた者しかそもそも使えないというか、適正がないとそれを使って変身しようとも思わないっていうか……」
何が言いたいんだ? 普通の人間には扱えないってことか? アニメや漫画、ゲームで良くある設定の選ばれし者、適正者が実在するのか……。
「要領を得ないな……つまり、なんだ? 所有者だけが<MUS>に関心を持てるってことなのか?」
「そう、それ! 普通の人にはそれを使って変身しようとか、悪用しようとか、そもそも思わないのよ!」
俄かには信じがたい現象だな……。
「誰かに試したのか?」
「してないわ、初めて変身した時に頭の中にそういう情報が流れ込んできたのよ」
また、その便利機能か……。未知のテクノロジーとしか思えないなその変身デバイスは、現在の人間に生み出せる技術なのか? ファンタジーの領域に近くないか、それ。
「なるほどね……なんとなくわかった。じゃあおま……緋璃を襲ったマスクドユーザーはどこに消えたんだ?」
「よくわからないの……私があなたの部屋に入った途端に何か呟いて逃げ去ったわ、いえ、消え去ったの間違いね、私が逃げていたもの」
「応戦しなかったのか?」
「だって本当に敵かわからないじゃない? 逃げながら私は敵じゃないって何度も言ったけど、聞く耳持たずで攻撃してきたのよ! 防戦一方になって逃げざるを得なかったのよ」
聞く耳持たずねぇ……。少しずつ信憑性は増してきたが、まだこいつが変身する所すら見てないからな。
「……ふむ、そいつが何者かはさておき、窓ガラスは緋璃、お前が割ったんだよな?」
「ギクリ!」
「ギクリじゃない! お前が俺の部屋の窓ガラスをぶち破って侵入した事実は今までの話で具体的に説明が無くとも察した! 敵の攻撃を避けるなりして逃げ込んだんだろ!」
「そうです……」
やっぱりか……。
「どうやって音もたてずに窓ガラスを壊せたんだ?」
「え? なんのこと?」
「とぼけるな! 今までの話を総括すると変身すれば、おそらく何かしらの能力を一つ二つは使えるんだろ? 音を消す力でもあるんじゃないのか? それで不法侵入したんだろ!」
「不法侵入なんて失礼な言い方しないで! それにそんな力は持ってないわよ!」
それはおかしい? 辻褄が合わない……。
「何だと? どういうことだ……俺がお前に気づいたのはお前がベッドで寝転がっているのを知らずに、眠ろうとしてお前に接触したからだぞ……」
「そうよ! そうだわ! 君が所有者だと気づいて忘れてたけど、君! わたしのおっぱい触ったでしょ!」
何だと!? 今頃その話を持ち出すのか? しかも気づいていただとっ! やはり孔明の罠であったか! なんと卑劣な……。どうせならもう一度触っておけば良かった――南無三!
「い、今はそういう話じゃないだろ!?」
「あぁ~! 誤魔化すつもりね! そうはいかないわよ! 私の美しい巨乳おっぱいをタダで触ったのだからそれ相応の代償をね……」
やっぱり自分でもデカイと思っているのか……なんかエロイな。
「正義のヒーロー様が代償とか言っていいのかよ! あれはたまたまだ! たまたま!」
「そんなこと言って! 誤魔化せると……待って! そういえば、窓ガラスの破片はどうしたの!? ベッドに突き刺さってたはずでしょ!」
は? そのまま突き刺さっているに決まって……いや、おかしい。ベッドの上はガラス破片まみれで、まともに居座れるはずが無かった!? こいつが俺とまともに会話してる頃にはベッドで立ち座りを繰り返していたはずだ……。
俺はすぐさまベッドに駆け寄りガラス破片が刺さった痕跡を辿る――しかし、その痕跡は跡形も無く消え去っていた。
「なっ!? ばかな! ガラス破片はどこに消えた!?」
「そうよ、おかしいわ! 私が目覚めたときには勝手に刺さりまくってたもの!」
おい! お前が原因だろうが! 自分は関係ないみたいな言い方をするな!
そして、俺は気づいてしまった。ベッド上に映る俺たち以外の人影が存在することに……。
「誰かいるぞ!?」
俺は天井を仰いだ。そして、天井から逆さ吊りになってこちらを覗く眼光を捉えた。
いつから部屋の中にその者は存在していたのであろうか? どこから部屋の中へ侵入したのであろうか? どのようにしてそのような態勢を保っていられるのだろうか? いくつもの疑問が頭の中に浮かび上がるが、その疑問は<MUS>の一言に尽きた。
「そういえば聞きそびれていた……何で俺が<MUS>の所有者だと思った!」
それは至極当然の疑問であった。
「近くに<MUS>所有者がいるとデバイスが反応することがあるの! それで、私はさっき話した敵に会ってきたのよ!」
「それを先に言え! こいつがその敵さんじゃないのか!?」
「いえ、別の<マスクドユーザー>よ! 私はこの人を知らない!」
「じゃあ、窓ガラスの割れる音を消したのはこいつってわけか! しかも、ご丁寧にガラス破片の掃除もしてくれる便利な清掃員らしい」
「どうやら君じゃなくて、この人に反応したみたいね……」
逆さ吊りの<マスクドユーザー>は俺達が気づくのを待っていたかのように軽やかに天井から床下へ降りる。こちらへ振り向くと片手に持つ槍状の得物を腰に下げ、深く一礼する。まるで、紳士を気取るかのように……。
「『……そう驚く必要は御座いません』」
紳士の顔を覆うフルフェイスの強化マスクから流される、不気味に耳に残る合成音。
「あんたは?」
「『これは誠に失礼致しました。まずは自己紹介を。私の名は<アイオンランサー>と申します。フリーランスのヒーロー業を営んでおります。以後お見知り置きを』」
<アイオンランサー>、それがこの紳士の<ヒーローネーム>か……。
「『さて、それでは歓迎致しましょう栄治英次様。おめでとうございます。あなたはこの度、最後の<マスクドユーザー>に選ばれました』」
「あっ、君の名前って栄治英次って言うんだ! 聞きそびれてた」
「今はそれどころじゃねぇ!」
最後の<マスクドユーザー>だと?
「『<クライアント>からの令状になります。これより、選ばれしすべての<マスクドユーザー>の皆様は正義を遂行し、悪をこの世から滅ぼして下さい――』」