第2話 <サムライメイデン>
イライラを募らせながら部屋の主はデスクチェアーに腰をかけ、自然にゆったりとPCデスクから背を向ける。自称正義のヒーローを名乗る美少女は勢いよくベッドへヒップからダイブし、悩ましい豊満な乳房を弾ませる。図らずとも対面した状態となった。
「はあ……なんとか勢いで誤魔化したかったけど、あんた中々お堅い性格ね。律儀というか、オタク特有の頑固? 拘りっていうの? 偏見かも知れないけど」
「あんなんで誤魔化せると思ってるお前は中々の大物だな! 悪い意味で、それと俺は律儀でもないし、頑固でもないつもりだ! オタクではあるが……」
こいつ、オタクはみんなこうだと一括りに考えている節があるな……。一番腹立つタイプだわ……。でも俺の息k……身体は正直らしく、目の前の溢れる母性にだらしないようだ。自然と目線がね、おっぱいにね――気になるんです。仕方ないんです。
ごく一般の男子高校生には目のやり場に困るであろう、胸元を強調させる黒色のタートルネックセーターに丈の短い白黒のチェックスカート、大人とは考えられないが、その胸元に似つかわしくない幼い背丈から男性を誘惑する妖しい色気を漂わせる。
「そうね……それじゃあまず、あなたの家……まあ部屋の中ね、窓ガラスを割って入ってきたのは、敵に襲われたからよ……」
「だから、本当のことを話せと!」
まったく、まだ話すつもりがないのか! このおっぱいロリっ子が!
「だから本当のことよ! なんとなく察しが悪そうだから、誤魔化そうと途中で思ったのよ! だってあなた、正義のヒーローなんて信じてないでしょ? まずはこの話を信じないと、話を先に進められないの!」
信憑性が感じられない話をぐだぐだと聞かされる羽目になりそうではあるが――仕方ない、とりあえず聞くだけ聞いてみるか。話がまともに進まないしな……。
「まあ、それが本当だとして、その敵はどこに行ったんだ? お前に襲いかかってきたのに、お前が俺の部屋の中に入った途端に襲われなくなったってのか? そりゃ都合良すぎだろ……その場合、今頃一緒に俺も襲われてんじゃないの? 『――目撃者は一人残らず殺す』とかそういうの」
不審者に襲われて逃げてきたと解釈すると、なりふり構わず逃げてきて、追ってくる不審者を振り切れたかどうか確認する暇は無いのかもしれないが……。途中で追われなくなったのには普通気づくと思う。その不審者が俺の家の前まできて、こいつを襲うのを辞めたのは一般人に気づかれるとまずいってことなのか、それとも単に興味が失せたのか……。
「それで敵というのは……?」
「それは後から説明するわ、まず細かいことは置いといて、私はこの<MUS>を使って正義のヒーローに変身できるの」
「その<MUS>ってのはつまり……何なんだ? それと、何でそのお手軽変身アイテムをお前は持ってるわけ?」
変身とか本当かよ……。
「初めに言ったと思うけど<MUS>は<マスクドユーザーシステム(Masked User System)>の略称よ、ヒーローへ変身するために必要な起動デバイスだと思っていいわ。このデバイスを音声認証で起動<ブートアップ(Boot Up)>することによって強化スーツを身に纏えるの、TVで見る特撮ヒーローのようにね。<MUS>は私の知る限り24機存在するわ。そしてこれが私の持つ24機の内、その1機よ」
24機の変身デバイス……ね。見た目はスマートフォンと同じくらいの薄型タブレットサイズか。こいつの言うことが本当ならば、あと23人もこいつの同類がいるのかよ……マジ勘弁!
どうしてか腕組みをしながらドヤ顔でこちらを何度もチラ見してくる例のおっぱいおばけ。もっと聞いてくれよと目で訴えかけている。チラチラと無駄に鬱陶しい……いや、可愛いけどさ。というかちょっと待て! 腕組みしてることでダイナマイトおっぱいが更にすごいことになってるぞ!? 彼女が着ているタートルネックセーターの効果も相まってはち切れそう! うおぉぉぉぉぉ!! 脳内保存! 脳内保存! よしっ、完了!
何事も無かったかのように俺は冷静に戻る――。
「続けて」
ふっ、ポーカーフェイスはお得意のものさ……。
「この<MUS>には<ユーザーシリアルコード>というものが存在して、ルーン文字を使用した<コードNo.>が刻まれているの! それぞれの<MUS>には<ルーン>の特性があり、<マスクドユーザー>としての資質によって変身時の姿や強さ、能力が反映されるってわけ!」
「待て、熱くなって話してるとこ悪いが、まずはその<マスクドユーザー>が何なのかよくわからない。それにルーン文字がどうこう辺りからなんか胡散臭い」
ルーン文字とか如何にも厨二病が考えた設定ですわ(苦笑)。専門用語も多いし、こいつが只の厨二病だったというオチか? 真面目に聞いて損した気分だ……。
「本当に君って失礼ね! また、嘘だと思ってるでしょ! 顔がそう言ってるわよ!」
少女はベッドの上で仁王立ちになり、再び腕を組みなおす。たわわに膨らむおっぱいが再度はち切れんばかりに強調される。彼女は呆れた表情の少年を一睨みし、可愛らしい顔を強張らせ口を開く。
「<マスクドユーザー>とは<MUS>所有者もしくは<MUS>で変身した状態の人を指しているの、<MUS>を使う変身ヒーローの総称――だと思ってくれればいいわ」
つまりはその変身ヒーロー達をそう名付けたと。
「あぁ、そういうこと……お前が自己紹介で名乗ってた<サムライメイデン>ってのはその変身ヒーローの固有名ってわけか」
彼女は途端に強張っていた表情から一転、破顔しニヤケ面で明るい表情を取り戻す。少しでも興味を持たれたことが余程嬉しいらしい。なんとも喜怒哀楽がわかりやすい奴だ……。しかも、ちょろい。
「君なかなか冴えてるじゃない! いちいち説明するのが省けるわ。その通り、<サムライメイデン>は私が<マスクドユーザー>に変身した時の<ヒーローネーム>よ! 次は<ヒーローネーム>について詳しく説明をしましょうか?」
「いやそれはいらない」
「何で!?」
「長くなりそうだからな、要点が聞きたい」
これ以上長話はしたくない……。眠気も限界に近いし。
「仕方ないわね……じゃあ要点だけ、<ヒーローネーム>のことだけど、<MUS>は初回起動<ブートアップ>時に所有者の個性、身体能力等様々なステータスをスキャニングするわ。そして、それぞれが持つデバイスの<ルーン>特性から<MUS>が自動的に本機へネームエントリーするの、その時のエントリーネームが<ヒーローネーム>でそのまま<マスクドユーザー>個人の呼び名になってるわけ」
「説明ばかりで実際にそれを体験しないと何とも言えないが……。それで、お前はどこでそれを手に入れた?」
「穂村緋璃!」
「え?」
急にどうした? すごく不機嫌顔になっているぞ。何か気に障ることでも言ったのだろうか? 特に言ったつもりは無いが……。
「私の名前は『お前』なんかじゃないの! 自己紹介したとき最初は穂村さんって呼んでたのに! 私は穂村緋璃なの! 穂村か緋璃かどちらかで呼びなさい!」
……そういうことか、面倒だな。
「はあ……じゃあ穂村で」
「穂村ちゃん!」
「……」
「……」
「…………」
「緋璃ちゃん!」
「めんどくせえな! 緋璃でいいだろ! 緋璃で!」
初心なんだよ! 恥ずかしいんだよ! 童貞高校生が同い年くらいの女の子にちゃん付けとかレベル高いだろ!
「ん~、まあいいわ、ひとまずそれで。慣れてきたらアッカリーンでもいいわよ?」
「それはない……」
それ以上は色々とまずい!
「それで何だっけ? あぁ、どこで手に入れたかってことよね? 知らないわ」
「は? じゃあ何で持ってるんだよ」
気づいたら持ってましたとか言うなよ?
「気づいた頃には何故か持っていたのよ私。……ちょっと不気味だけど本当なのよ」
「一気に胡散臭くなったな……」
がっかりだわ!
「君! またまた失礼ね!」
「じゃあ、とりあえずその変身ってのを見せてくれよ、ここで」
「無理よ! 正義のヒーローたるもの一般人に正体をバラしてはいけないの!」
今更、何をほざいているんだこいつは……。自ら正体語りだしているだろうが!
「証拠が無いと信じられないのはわかるだろ? 脅すつもりはないが、そろそろ白状するのが身の為かもしれないぞ」
こちらは家の窓ガラスを割られてる被害者だし、弁償代くらいは払って貰わないと……。
「本当よ! もしかしたら、私だけが気づかないうちに持っていたのかもしれないけど、他の所有者がどういう経緯で変身デバイスを手に入れているのかまでは知らないわ!」
「今、他の所有者って言ったよな? 他の所有者には会ったことあるのか?」
途端、彼女は鬼気迫るように、勢いよくこちらに顔を寄せる。キス一歩手前という所。
「やっとここでさっきの敵の説明ができるわ! そうなのよ! 敵なのよ! 初めて会った他の所有者が敵だったのよ! 信じられる!?」
ち、近い顔が……男はこういうことで勘違いしちゃう乙女思考な奴らばかりなんだからやめるんだ!
「お、おう……ん? っていうことは待てよ、お前は正義のヒーローじゃないのか?」
「正義のヒーローよ!」
「じゃあ、お前の会った敵は何者なんだ?」
「正義のヒーローよ!」
「……どうしてそうなる? 正義のヒーロー同士が戦ってるのは何でだ!」
「知らないわよ! 折角、初めて他の仲間に会えたと思って声掛けたら、いきなり襲ってくるんだもん! ほんとアッタマきちゃう!」
どうやら敵さんも正義のヒーローらしい……。え? つまりどういうことだってばよ? 助けて! 正義のヒーロー! というかこいつが気に障ること言って怒らせたとかそんなくだらないオチじゃないよね? ……ありえる。
途方も無い話を延々と聞かされ続ける彼の肉体と精神は既に限界に等しい。反して、少女は疲労の様子を一切感じさせず、先程の怒りの様相から打って変わり、再び眩しい笑顔を彼に振る舞うばかりであった。