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8:アピール

吉田さんを放置してしまっているので、再び保健室へと足を向ける。

もう結構生徒達が登校し始めている。


急ごうと足を速めたのだが、途中でばったり吉田さん本人と出会した。


「吉田さん? 保健室で寝てなくて大丈夫なの?」

「ああ、うん」


なんだか投げやりな言い方だ。

まだ体調悪いのかな。本当に大丈夫だろうか。


「それよりさっき会計さんと、どうなったの?」

「えっ!? べ、別に、どうもなってないよ。何も聞いてないよ。何も知らないよ」

「……………」


こればかりは吉田さんでも言えねぇな。

まさか会計がインp……いや、もう言うまい。多くの人が苦しんでいるデリケートな話だから弄ってはいけない。


私のポーカーフェイスが利いているらしい。

吉田さんがそれ以上つっこんで来ることはなかったが表情は険しい。

保健室へ送り返さなくていいだろうか。

それともあの状況の養護教諭と二人きりは気まずいので無理しているのかもしれない。


「吉田さん、私も付いて行くから保健室に……」

「しつこいわね大丈夫だって言ってるでしょ!」


珍しく苛立ったように叫んだ後、ハッと気付き周囲を見回す吉田さん。

幸いこちらに注目している生徒はいない。

ああ、そっか。人目もあるし私に近寄って欲しくないよね。ごめん。

しかし配慮が足りなかったとはいえ、やはり落ち込むなぁ。今夜も風呂で一人泣きかも。メンタルもっと鍛えなきゃな。



「はるちゃん!」


なんとも気まずくなってしまった雰囲気を突如打ち破る声が響いた。


「やっと見つけた。捜してたんだ」


バックに花を散らしながら小走りで可憐にやって来たのは転校生だ。

少し息を切らしながらもにこりと愛らしい笑顔を私へと向ける。


「昨日あれから帰っちゃったでしょ? 気になっちゃって」


え? 今私に喋りかけてる?

さっきはるちゃんって呼んだ?

半信半疑の私を、目の前の美少女はしっかりと見据えていた。


「あの、イチカちゃん?」


どう対応したものかと戸惑う私に代わり、吉田さんが控え目に転校生へと声をかける。


「私って地味だから覚えてないかもしれないけど、あなたのクラスの委員長をしているの」


ああ。転校生と一緒のクラスだったんだ。

吉田さんとは去年同じクラスだったけど、その時も委員長してたな。

きっと真面目なんだろう。


転校生は私から吉田さんへと視線を移し不思議そうに小首を傾げる。


「知ってるよ? 吉田絵梨菜さんでしょ?」

「うんっ! そうだよ。今まで機会がなくて話しかけられなかったけど、分からないことがあったら何でも訊いてね」

「ありがとう吉田さん」


吉田さんはやはり優しい。

イケメンを侍らす転校生は女子達の間で私といい勝負の鼻つまみ者なのに。


「良かったら絵梨奈って呼んでよイチカちゃん」


え、いいなぁ。

私は彼女からそんなこと言われたことないよ。ずっと吉田さん呼びさ。

吉田さんに笑みを向けられている転校生に羨望の眼差しを送ってしまう。

しかし意外にも転校生は首を横に振った。


「ごめんなさい。女の子は好きな子しか、下の名前で呼ばないって決めてるんだ」

「え………」


吉田さんの笑顔とこの場の空気がピキリと固まる。

えっと、それってどうなんだろう。

名前なんて減るもんじゃなし、呼べばいいと思うんだけど。私なら喜んで連呼しちゃうのに。

何か深いポリシーでもあるのかな。

でもそれじゃあ恐ろしい女子社会は生き抜けないよ。

だから鼻つまみ者なのさ。ああ同志よ。


「それじゃあ、はるちゃんとちょっと話があるから。また教室でね。行こ、はるちゃん」

「え!? ちょっと!?」


突然腕を掴まれ転校生に引っ張られてしまう。

ふんわりした容姿とは裏腹に意外と力強く、またしても吉田さんを残して空き教室へと連行されてしまった。

まったく! どいつもこいつも強引過ぎるよ!

とは思うのだが、転校生には色々と迷惑をかけているので強くは言えない立場だ。


「えぇっと、何かしら?」


昨日の報復だろうか。

あれだけ酷いことを言ったので甘んじて受けるつもりではいるが、分かっていても少し怖い。


「さっきも言った通り、昨日のことなんだけど」


ああ、やっぱり。

スラリとしたモデル体型で、身長が高いとは言えない自分を見下ろすその顔からは、いつものホワホワした癒しの雰囲気は感じられない。


どこか責めるような冷たい表情に覚悟を決めた。

だが彼女の口から飛び出したのは私への罵倒ではなく意表を突かれるものであった。


「昨日、会長さんと車で帰ったよね? あの後会長さんと何かあった? まさか乱暴とかされてないよね?」

「え、ええ」


迫力に圧されて思わず頷いてしまうが、転校生の目が据わっており恐ろしい。


「会長さんに脅されてるとかじゃないよね」

「え、ええ」

「嘘じゃないよね、それ」

「ええ」


心の内を覗こうとしているような懐疑の目で見つめられ、必死に頷くとようやく転校生から笑顔が戻った。


「そっか、良かった安心した」


安心したのはこっちだよ。

気が抜けて安堵に肩を下ろすと、転校生の顔が近付き至近距離から囁かれる。


「でも、嘘だったら、許さないから」


ヒィッ目が笑ってない。

ただの美少女かと思っていたけど、なんか恐いよこの人!


もう尻尾巻いて逃げ出したいが、このままでは私のキャラが崩壊してしまう。

私は学園一厳しいファンクラブ隊長なんだ。

美少女にビビってどうする。

自分を奮い立たせた。


「会長様がそのようなことするわけないわ! 失礼なこと言わないで!」

「………はるちゃんは会長さんのファンクラブ隊長なんだよね? なんでファンクラブなんかに入ったの?」


この子吾妻のことばかり訊くな。

もしや脈ありなんじゃ?

そうだとすれば凄いよ吾妻! よし! ここは一肌脱ぎますか。


「だって会長様はとっても素敵ですもの。成績優秀で運動神経抜群な文武両道に加え、完璧な容姿。何よりあの吾妻家のご子息でいらっしゃるなんて、女子ならみんな憧れるわ」

「………彼のこと、好きなの?」


おお! さりげなく吾妻アピール作戦に食いついてきた。

転校生の目はやたらと真剣だ。


「勿論私も憧れているわ。だって会長様は男らしくて自分を持っていらっしゃって」


まぁつまり俺様自己中ってやつだけど、ものは言いようだし。

よしよし、もっと褒めるぞ。


「えーと、暴れん坊な将軍様より流し目が痺れて、ファッションセンスがよくて、えーとえーっと、背が高くて足が長くて気前が良いですもの!」


ふぅ、疲れた。

吾妻は完璧人間だと思ってたけど、いざこうして長所を並べようとすると結構難しいものだ。


「憧れているだけ? 恋愛感情はないの?」


うるうるした瞳で見つめられて少し息がつまる。

難しいところなんだよなぁ、そのへん。

恋愛感情はあることにしておいた方がいいだろうけど、それは私の精神衛生に悪い。


「そのようなおこがましいこと、考えた事ないわ」

「そっか」


よし、吾妻への盲目さが上手く表現出来た。

転校生も私の回答に満足したらしく、愛らしい笑顔が戻ってきた。


「はるちゃんが会長さんを好きじゃなくて良かった」


私のことをライバルだと思ったのだろうか?

あなたに敵う女子なんてほぼ居ないよ大丈夫。


「ずっとはるちゃんと仲良くしてみたかったんだ。友達になってくれるかな?」


照れくさそうに頬を染める転校生は、もう兵器かと思うほど可愛い。

友達? 昨日あれだけ酷いことを言ったのに? なんて良い子だろうか。

こんな可愛くて性格の良い子と友達……カラオケとテーマパークではしゃいでみたい。放課後に寄り道してみたい。しかし――――


「無理よ。あなたは私達の敵なのよ、仲良くなんて出来ない」


あああ、そんな悲しい顔しないでおくれっ!

あなたと友達になったら、イケメン共とファンクラブメンバー全員から袋叩きになる。

弱い私をどうか許して下さい。


「………でも、昨日は少し言い過ぎたと反省してるわ。ごめんなさい」


上から目線ですみません。

ツンデレってことでどうか一つ許してやって下さい。


こんな私の自己満足な謝罪に、転校生は儚く微笑んで言った。


「そんなこと、いいの。はるちゃんになら何をされても、嬉しいんだから」


………ドM?





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