7:お悩み
連れて来られたのは空き教室。
壁際まで追い詰められ逃げられそうにない。
「あのさぁ、俺あんたのこと前から嫌いだったんだよねぇ」
「はぁ」
嫌い宣言されても曖昧に頷くことしか出来ない。
「イチカへの暴言、会長は許したみたいだけど俺はまだ許せてないから」
「はぁ」
あなたに許して貰う必要はないと思う。
許す権利があるのは彼女だけ、私が土下座すべきなのも彼女だけ。
とは口には出さない、この人面倒そうだし。
「だからさぁ会長にしたみたいに、俺にもご奉仕して許しを求めてみてよ」
「はぁ………って、いやいや! 無理です」
適当に打ってしまった相槌を慌てて否定する。
「……なに? 拒否するの?」
普段は甘く垂れ下がっている目尻が吊り上がる。
それと同時に会計の手が私の首、いや首元の髪を持ち上げる。
「会長とはするくせに? そんな噛み跡付けてさぁ」
うっすらと残る噛み跡が露になり会計の目がすぅっと細められる。
ぎゃぁぁぁ! 結構薄まっていたから髪で隠しておけば大丈夫かと思ってたのに、目敏すぎるでしょ。
「会長、お仕置きって言ってたもんね。よっぽど激しかったんだぁ。それでよく俺に貞操観念とか諭せるよねぇ。案外自分だって会長じゃなくても良かったりして?」
「違っ、誤解ですっ!」
色々異議アリ!!
まず吾妻とそういう関係を誤解するのは本気で勘弁して欲しい。
想像するだけで居た堪れないというか物凄く微妙な気分になるから。
そして貞操観念説いたのは私じゃありません。
あなたの貞操とか興味ないです。
病気や使いすぎで腐り落ちようが私には関係ないし。
つーか私が今すぐもぎ取って廃棄処分してやろうかコンニャロがぁぁぁ!!
はっ、イケナイイケナイ。私はファンクラブ隊長を務めるイケメンに夢見る乙女だった。
「んだよ誤解って!」
私が自分を落ち着かせている隙に何やら会計が激昂していた。
え? 思考漏れてた? もぎ取るは言い過ぎたよ。そんなに怒んないでよ。
「会長一筋とか言いたいのかよ。お前なんかオモチャにされてるだけだろ? なのに浮かれてファンクラブ隊長とかしちゃって馬鹿みてぇ」
なんだこの人、何言っているんだ?
だから違うってば!
抗議の声を上げようとした時、目の前に影が掛かる。
「っ!? やだ、ちょ、ひぃっ!」
急に抱き付いてきた会計。
しかも人の首に顔を埋めて噛み跡があるだろう場所を中心に、ねっとりと舌を這わせている。
うわぁぁぁキモいぃぃ!!
全身に鳥肌が立った。
会計の唾液で濡れる首筋に「はぁ……」という艶やかな声と共に吐き出された吐息が掛かった瞬間、一気に焦りがきた。
このままじゃ、犯される。
「嫌だっ離せっ!」
「っ………」
このレイプ魔がっ離しやがれっ!
ただしイケメンに限んないからっ!
私は力の有らん限り暴れる。
すると意外にもすんなりと拘束は解け会計と離れることに成功。
それと同時にドンッと大きな音が響いた。
「クソッ! クソッ! なんでだよっ!」
会計は一人で悔しがり壁を激しく叩いていた。
そして、唖然としたまま動けないでいた私に向かいキツい視線をやる。
「なんなんだよお前っ! 意味分かんねぇ」
いえ、それは凄まじくこちらの台詞なんですが。
反論しようか迷っている間に、会計は座り込んで俯いてしまった。
よっしゃ! 今がチャンスだ。
良く分からないが今の内にずらかろうと足音を極力立てずに扉を目指す。
抜き足差し足忍び足っと。
「俺さぁ」
―――ビクッ
逃げようとしているのを気付かれたのかと肩を跳ねさせたが、会計は未だ俯いたまま長い前髪をクシャリと掻き乱していた。
よし、大丈夫。早く脱出しよう。
「さっき先生とヤろうとして、勃たなかったんだよ………」
「え!?」
しまった。あまりに予想外な言葉に反応しちゃった。
いや、でも聞き間違いだよね?
私相手ならともかく、あのセクシーの塊みたいな先生相手で勃たないとかないよね?
「もう一年もあの調子で誰ともヤれてなかったんだ。でも諦め悪くたまに試してみたりしてさ、笑えるだろ?」
いやいやいやいや笑えないから!
先程までの激昂はどこへやら。
すっかり萎れて自嘲している。
じゃあ私が入学した時からの会計の武勇伝は全部デマだったの?
会計のファンクラブ隊長にベッドの中でのことをメチャクチャ自慢されてたんだけども。
いや、それよりこの歳でED………可哀想に。
使いすぎどころか使えないなんて。
廃棄処分なんて言ってごめんようぅぅぅっ。
あんなにヘラヘラした頭の悪そうな笑顔の裏にこんな闇を隠していたとは。
私は大いに同情した。辛さは分からないが、さぞ苦しんだことだろう。
今私に出来ることは一つだ。
「病院、行きましたか?」
今まで逃げようとしていたことなど忘れ、会計の元まで戻り肩をポンと叩く。
だって勃たないってことは、私の時も試してみただけでしょ?
それはそれで若干腹も立つが、本気で襲いかかられるより許せる。
それよりも嫌いな私に恐らくトップシークレットあろう秘密を打ち明けてくれたことが、少し嬉しかったりする。
うん、誰にも言わないよ。あたしゃ口は固い女さ。
「まだなら行きましょう」
大丈夫。恥ずかしいことじゃないよ。
吉田さんの優しい微笑みを意識しながらグッと親指を立てる。
「いや、でも……朝とかは普通に……それに………」
困惑気味に私を見上げ呟いた後、ボンッと音が出るかと思うほど一気に顔が赤くなった。
人の首筋舐めといて朝立ちくらいで恥ずかしがるなんて今更だろ。
「うーん、私も全然詳しくはないけど、心因的なことが原因じゃないんですか?」
「し、心因的?」
「心と下半身は深い繋がりがあるって何かで読んだことがある気がします」
あ、でも読んだの女性誌の猥談特集の記事だったかも。当てになんないかな?
「心………こころ………」
何かを探るように反芻しながら胸あたりを押さえる会計。
ジィッと真っ直ぐこちらを見つめてくるかと思えば、すぐに目を伏せ悩ましげに息を吐いた。
うん、悩んでるなぁ。
ところでそろそろ去っても宜しいかしら。
私に出来ることはもうないし。
普通に親しくない男女でする話でもないし。
「会計様、悩んでないで病院!ですよ。では失礼します」
「あ……」
まだ何か言いたそうにしていたが、そのまま放置していた私は知らない。会計の呟きを。
「でもこの症状、初めてあんたに会った時からだし、あんたにはちゃんと反応するんだけど………」