23かっちゃんよりたっちゃんより孝太郎
針の筵な食堂を後にした私と吉瀬は、現在風紀室に居る。
実用的でシンプルな室内。
吉瀬と二人並び合い、風紀委員長と対面する形でソファへ腰掛ける。
「食事を中断させて悪かったな。茶を淹れよう。続きを食べくれ」
はて? 続きを食べてくれ?
一体どんな厳しい詰問が飛び出すのかと身構えていたのだが思わぬ肩透かしを食らう。
「残りは家に帰って食べるので、お気になさらずご用件をどうぞ」
「いや、そういう訳にもいくまい」
拒否を許さぬ強引さで切り捨てた風紀委員長は、スッと箸を差し出した。
高級そうな漆塗りの箸を前に瞬きを繰り返す。
「えっと……なんでしょうか?」
「先程箸を落としていただろう。代わりにこれを使え」
おお、そんなことまで覚えているなんて。
出来る人はやはり違うなとか考えている内に、グイグイ迫る箸を思わず受け取っていた。
「ありがとうございます……」
仕方なく再び弁当の蓋を開け残り少ないおかずを平らげてしまう。
その間に風紀委員長が緑茶をすすっと差し出してくれる。
いやぁどうもすみませんな。そうそう、これこれ。この渋さが堪らないんだよ緑茶は。はぁぁ。
濃いめの緑茶を啜り終わり顔を上げると、吉瀬と風紀委員長が二人揃ってこちらをじぃぃぃぃっと見ていた。
うわっ! ビックリしたっ!
「……お、お待たせして申し訳ないです」
だから家帰って食べるって言ったのに。
そんなに無言の圧力で急かすことないじゃないか。理不尽に思いながら素早く弁当を仕舞う。
「あ、これ洗ってお返しします」
「いやそのままで構わない」
さっと取り上げられてしまった箸。
え、いいのかな。駄目じゃない? でも私との関わりを極力持ちたくないのかもしれない。
深く考えても分かんないから好意ってことで、感謝しておこう。
「それでご用件というのは?」
「ああ、先日の転校生の制裁についてだ」
やはり来たか。
予想していた通りの言葉だ。
しかし同時に違和感も感じる。
「あの子が被害を訴えたのですか?」
転入生が自ら風紀に訴える可能性は少ない気がする。
なにせあの子はホラ……何されてもゴニョゴニョとか言ってたくらいだし。
被害者からの訴えがないとなると、現行犯でも無い限り風紀が動く事はない筈だ。
「いや、彼女は何も言っていない。だが制裁の目撃情報が出ている」
「目撃情報……」
「ああ。その情報は生徒会長ファンクラブ……つまりお前のところの元副隊長からだ」
「っ!?」
あのローキックっ!
見事過ぎるローキックだけでは気が収まらず、最後っ屁をかましにきたわけか。
「転校生に暴行を働いたそうだが、どうなんだ?」
淡々とした風紀委員長の質問に怒りはフシュリと萎んだ。
そうだよ、自分の事を棚に上げて何怒っているんだか。
暴行はしていないが好き放題暴言を吐いたのは事実。はじめから処罰は覚悟の上だった。というか生徒会からの処罰は歓迎だったのに、実際に受けたのは首噛みつきの刑だけとはこれいかに。
しかし風紀からの罰―――停学という判断が下されるのは避けたい。
ファンクラブから抜けられるのならば背に腹は変えられないので甘んじて受けるが、そうでないのなら吾妻夫妻に申し訳が立たない。
折角高い授業料を払って下さっているのに、世話をしている子供が素行不良だなんてさぞやガッカリすることだろう。
「か弱いお姫様がそんな事するワケねぇだろ? 舐めてんのか、ああ゛?」
さて、どのように言い逃れるようかと考えているうちに、隣で吉瀬がヤのつく職業の方々のごとく怒鳴りつけた。
そういえばこの人その道のサラブレッドだった。
「普段からお前が嘉川と組んで一般生徒を度々脅迫しているという噂も聞くのだが」
「はぁ? 知らねぇなぁ」
啖呵に一切動じずない風紀委員長と額を合わせんばかりの距離で睨み付ける吉瀬。
暫く緊迫した空気が続くがこれでは埒が明かない。
「転校生からの訴えは出ていないのですよね?」
「ああ」
チッと舌打ちしそうな程不満そうな相槌を打つ風紀委員長に怯みそうになるが、動揺を悟られぬよう無表情を続ける。
「でしたらたった一人の証言だけで私を風紀で処分するのは難しいのでは? 吉瀬様に至っては何の証拠も証言もない筈です」
吉瀬に脅されたなんて風紀に訴える自殺願望者はそうそういないだろう。
「チッ」
委員長、本当に舌打ちしちゃったよ。
「テメェ俺の姫に向かってなんて態度してんだコラ」
あんたのじゃないですけどね。
またまた睨み合う二人にため息を吐く。
「とにかく私達はこれで失礼して宜しいですか?」
「いや、それともう一つ。この件に関しては陽真に聞きたい」
「んだよ……」
陽真とは誰だ。なんて委員長の言葉を訝しく思っていると、隣の吉瀬が物凄く不機嫌そうな低音の声で返事をした。
え? もしかして陽真って吉瀬のこと?
「先程お前のクラスの生徒が保護された」
「それがどうしたんだ」
名前呼びという二人の思いがけない距離感に目を丸くする私を気にすることなくやり取りは続く。
「発見されたのはゴミ置場だ。どうやら暴行された形跡があり、意識はあるが怯えて何も語ろうとはしない。心当たりはないか?」
ん? ちょっと待ってそれって、さっき吉瀬からシメられてた人じゃない!?
ちょっとなにやってんの!? 捨てて来いとは言ってたけどリアルに捨てる奴があるか! どんだけ鬼畜だ!もう本当にあのクラスはぶっ飛んでる。
「なんだソレ?知らね」
「……そうか。陽真のクラスの生徒なのだが」
この人一切悪びれる様子もなく言い切りおった。よもやさっきの事をもう忘れたわけじゃないよね。
この様子では委員長は全く納得していないようだ。
「用件は終わったようですので私達はもう去りますね」
あまり長居するのはマズいと判断し吉瀬を引っ張り立ち上がる。
「待て」
しまった逃げ遅れたか。
外への扉へと手をかけた時、制止をかけられ恐る恐る振り返る。
そこには強い眼差しをした風紀委員長が居た。
その眼差しが憎悪なのか嫌悪なのか読み取れないが、それは吉瀬ではなくしっかりと私へと向かっている。
「いつか捕まえてみせる」
低い声で呟かれ、改めて委員長に嫌われている事を実感し切なくなってしまう。
吾妻の名に手が出せないのか、絶対に風紀からマークされている筈のファンクラブ隊長である私が捕まった事は一度もない。
その事を風紀委員長が忌々しく思っているのは明らかだ。
男前で頼りになり正義を貫く風紀委員長。
私や吉瀬は蛇蝎の如く嫌われているが、それ以外はファンクラブであっても不良であっても生徒会であっても全てを平等に扱う。強気を挫き弱気を助けるとても素敵な人だ。
多分吾妻なんか関係なくファンクラブに入れって言われたら、絶対にこの人のに入ったであろうぐらいに慕っていたりする。
いや、風紀委員にファンクラブは作れない決まりだから、きっと風紀入りを望んだだろう。
そんな密かに尊敬している人に負の感情を向けられるのは正直ツラい。
せめて某三世の泥棒と某とっつぁんのような熱い関係になりたいものだけど……無理か。
私がファンクラブ隊長なんてやっているのが悪いのか。
諦めの胸中で苦笑し風紀委員長へ頭を下げ、風紀室を後にした。
「あー緊張したぁ」
廊下に出ると張っていた気が一気に緩む。
「楓月の野郎……こんなくだらねぇことに姫の手を煩わせやがって」
苛立たしげに吐き捨てられる吉瀬の言葉にまたしても違和感を感じる。
楓月ってもしや……
「あの、吉瀬様と風紀委員長様は仲がよろしいのですか?」
「ん? 何故だ?」
不思議そうに目を瞬かせる吉瀬。
いや、なんでってアンタ……。
「だってその、楓月って風紀委員長様のお名前ですよね? 先程彼も吉瀬様をお名前で呼んでいらっしゃいましたし……」
「確かに楓月はあいつの名前だが、仲が良いとは言えないな」
だったら何故に名前呼び?
片や不良の元締め、片や生真面目な風紀委員長。二人の関係性が全く読めない。
首を捻る私にふっと優しく笑いかける吉瀬。
「姫は俺のことが気になるのか? それとも楓月の方が気になるのか?」
「ええっと、どちらもですかね」
「相変わらず欲張りだな。俺だけを見て俺だけを気にしてくれたらどれだけ嬉しいだろうか」
私の髪を一房取りそっとそれに口付ける吉瀬。
なんだこの茶番。背中が痒くなる。
そういうのいいから話を進めて下さい。
「俺と楓月は双子だ」
「ええ!?」
若干感じていた苛立ちが一気に吹っ飛んだ。
吉瀬と風紀委員長が双子って何、どゆこと!?
「全然似てませんがっ!」
「そうか? 髪型を揃えると結構似ているぞ。まぁ二卵性だからソックリとは言えないが」
「確か苗字違いますよねっ?」
「両親が離婚しているからな。俺は父に引き取られ、楓月は母の方に引き取られた」
「っ……それは、なんというか、無神経ですみません」
「昔のことだ気にするな。あいつと一緒に住んでいたのはガキの時だけだから、一般的な兄弟よりも関係は薄いだろう。何より性格が違い過ぎてソリが合わねぇ」
なんでもないことのように爆弾発言をペロリとかましてくれる。
…………ん? もしかしてこれって学園では常識だったりする? 私がボッチだから知らなかっただけ? ナニソレ寂しい………。




