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21:電波の恐怖

まさかの吉瀬の登場に私も彼女も目を見開く。

固まった空気の中、ゆっくりと吉瀬は口を開く。


「何してんだ?」


低い声と鋭い視線が浴びせられ、二人同時に震えた。

が、私よりも一足早く脳を動かし始めた彼女は、吉瀬に向かって叫んだ。


「き、吉瀬様、助けて下さい!」

「……なんだ?」


鋭い視線のまま短く問う。

それに気圧されることなく、胸の前で両手を組み吉瀬を上目で見上げる彼女。


「私、このファンクラブの人に制裁されているんです!」


彼女は先程までの怒りの表情を消し去り、うるうるおめめで涙ぐみ、私を指差す。


これは、マズいかもしれない。

吉瀬はファンクラブ嫌いであり、更に所謂呼び出しというものを嫌悪しているらしい。見つけると問答無用で排除されるという噂だ。

この男、女子に対して暴力的な噂がどんだけあるんだ。最低じゃん!

“てめぇいっぺん殴られて来いや”系女子としては軽蔑しちゃう。


「私はただ好きな人に喜んで欲しくてお菓子をプレゼントしようとしただけなのに」


すみません、吾妻は甘い物を食べない人生半分損している男ですよ。

健気気取るなら好きな男の好物くらいリサーチしときなよ。

それでもどうしてもお菓子を贈りたいのならチョコレートがいいよ。

あれなら眉顰めながらでも、極たまに食べるからさ。

そんなに嫌なら食べなきゃいいと思うのにおかしな男だ。


「それなのに突然この人が乱暴に私のことを突き飛ばして鬼みたいな顔で怒鳴りつけて。私もう怖くって……」


あー、そんなこと言っちゃう?

もういいもんね。折角吾妻のチョコレート情報教えてあげようとしたけど、教えてやんないから。

いいですよいいですよ。

所詮あたしゃ悪役ですよ。お望み通り演ってやりますよ。


「ふんっ、あなたが悪いのよ。会長様に無断で近付こうとするから」


高飛車に言い放つと、うるんでいた彼女の瞳が一瞬輝く。

これで制裁現場であると両者が認めたのだ。

女子生徒にも都合がいいだろうが、私としても思惑があってのことだ。


大嫌いな制裁現場に出くわしたとなれば、吉瀬の私への妄想も流石に崩れ去っただろう。

電波恐怖ともおさらばだ。

まぁそうなると死亡フラグ再びであるが。


言い放った私の言葉を耳にした吉瀬の視線は更に鋭利さを増した。


「……よくも姫を傷つけたな。覚悟は出来てんのか?」

「え!姫なんてそんな……」


吉瀬お得意の痛い姫発言に満更でもない様子の女子生徒。

なんだ誰にでも姫姫呼んでたのか。

女の子はみんなお姫様扱い、がデフォなんて外見からは想像出来ない。

イタリア人か紛らわしい。本気かと思って本当に怖かったんだから。

しかし良かった、電波を向けられたのが私だけじゃなくてと胸を撫で下ろす。


「でもぉ吉瀬様の姫になれるなら嬉しいですぅ」


頬をポッと赤く染め恥ずかしそうに甘ったるく告げる女子生徒。

ハハ、岐瀬の電波キャッチしたスゴイスゴイ。

というか吾妻はいいんですか?


半笑いの生暖かい目で電波なやり取りを見物していると、彼女の言葉に吉瀬がカッと目を見開いた。

なんだ、感動でもした?

ナイトと姫のミュージカルでも始まんの?


「あ゛?」


しかし私の予想に反して吉瀬は地を這うような低く恐ろしい声を発した。

女子生徒と私は突然のことに再び固まる。


「き、吉瀬、様?」

「俺のお姫様は生涯ただ一人、春だけだ。キモい勘違いしてんじゃねぇよ」


嫌そうな顔で吐き捨てる吉瀬。


————げぇ!


先程の姫発言も私に対してのものだったらしい。

制裁なんて最低な現場に出会しておいて、まだ姫だなんだと言われるとは思いもしなかった。どんだけ強力な電波なんだ。


驚き動けない私達二人を後目に吉瀬は私の方へ進み又しても手の甲へ口付ける。

目玉が飛び出るのではないかと思うほど瞠目し驚愕で口がポカンと間抜けそうに開いている女子生徒が横目に写る。


「さぁ姫、命じろ。姫を傷つけたこの女の処分を」

「あの、私は別に彼女に傷つけられていませんが」


命じろとか言われましても。

口付けられた手の甲をハンカチを取り出し何度も拭いながら首を振る。


「っ、そうよ! 私がファンクラブのコイツに殴られたんですよ!?」


我に返った彼女が吉瀬に必死に訴える。

ちょ、殴ってはないよ!

そりゃあ突き飛ばしたのは悪かったけど。


でも彼女からするならばあまりに理不尽な展開に必死だろう。

だって突き飛ばされたのに処分とか言われて意味わかんないよね。大丈夫私も意味わかんないから。

仕方がないので私も彼女の言葉に合わせて頷く。


吉瀬はそんな私達を馬鹿にしたように嘲笑った。


「だからだろ?」

「え?」

「お前を殴れば、お姫様の綺麗な手が傷付くだろうが」

「は?」

「姫はか弱いんだ。いくら相手が女だろうが暴力など振るおうものなら逆に姫がどこかしら痛めるだろう?」

「「………」」


二人で絶句した。

こいつ、何言っちゃってんの?

先程彼女とは相容れないものがあると感じたが、私達は今この瞬間、確かに心の呟きがリンクした。


「姫を傷付ける奴など万死に値する。死ねよ」

「ひっ……!」


真顔で淡々と告げられた言葉。

吉瀬の異常性に気付いた彼女は真っ青にさせ竦み上がる。


「も、もういいです吉瀬様! あなたも分かったでしょ!? これに凝りたら会長様に近づいたりなさらないで!」


このままでは何を仕出かすか分からない異様な雰囲気を纏う岐瀬の胸を押し、彼女の方へ叫ぶ。

すると彼女は恐怖で固まった顔のまま首振り人形の如く一定のリズムでコクコク頷いた。


「じゃあもう行って!」


言うと同時に女子生徒は驚きの速さで去って行った。

姿が見えなくなり漸く吉瀬の胸を押さえていた手の力を抜こうとし、強く抱き込まれてしまった。


「き、吉瀬様?」


ひぃ! だから彼氏居ます彼氏居ます彼氏居ます!

何度もその言葉を呟き腕から逃れようともがくが、逆に拘束する力が強まってしまう。


「吾妻の……アイツの為に……こんな事するな」


低い吉瀬の声が耳を通る。

それがあまりに哀しく苦しそうで思わず眉を顰める。


なんで?

なんで会って二回目の人間にこんな反応するんだ。

本当にワケがわからない。

悪いけれど、あなたの姫は私じゃないよ。


「無理です。私は会長様のファンクラブ隊長ですよ?会長様に近付く不届き者が居ればいつだって制裁します」


だってしなきゃ吾妻から、そして何よりファンクラブの先輩達から怒られるよ。

下っ端は辛いんですよ。


「………」


私の言葉に黙り込む吉瀬。

ただ、抱き締める腕の力が更に強まり苦しい。

もうそろそろリバースしそうなんですが。


「それなら俺も連れてけ」

「は?」


突然の台詞をよく理解しないうちに抱擁を解いた吉瀬は、そのまま私の両肩をガシリと掴み目線を合わせるように屈んだ。


「俺はお前のナイトだ。制裁なんて危ない場に一人で行かせる事は出来ねぇ」


いや、制裁するの私なんですが?

危険なのは相手では?


「な? いいだろ姫……」

「こ、困ります」

「何が困る?俺は強い。役に立つぞ」

「そんなことをして頂いても私には吉瀬様にお返し出来るものがありません」

「何言ってんだよお姫様。俺は姫のナイトなんだから姫に仕えて当たり前だろ」

「私には付き合っている人が」

「構わない」

「……私は制裁なんてものをする人間ですよ?吉瀬様が思っているお姫様なんかじゃありません」

「姫は姫だ。姫のする事は全て可愛いから問題ねぇ」

「……………」


ギブ

何この揺るぎない私に対する盲目的なナニか。恐過ぎる。

最恐不良なクセにビビらせるポイントが全然違うところにあるとか、止めて貰いたい。




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