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20:電波受信中

ようやく手を離した吉瀬が立ち上がると、見上げる態勢になってしまい途端に怯む。

屈んでいた為に今までよく見えなかった吉瀬の全体が分かるようになった。

遠目から見ても周囲から頭一つ抜きん出ていた吉瀬は間近で見れば凄い迫力だ。

こんなのに殴られたら本当にひとたまりもないだろう。

とにかくデカい身長と凄みのある雰囲気が只の不良と切り捨てさせてくれない。


「大丈夫か、春姫?」


岐瀬に気圧されていると顔を覗き込まれた。子供相手にするように屈まれるとどことなく悔しい。

それにしても何なんだ、さっきから。


「……姫って呼ぶの止めて下さい」


吉瀬は死ぬほど恐いのだが、姫姫連呼されるとなんだか馬鹿にされているようで無性に腹立たしい。

女はみんなお姫様扱いで喜ぶとでも思っているのか。

それともあれか、あの顔で姫? プッ! みたい周囲の反応を狙っているのか。


「姫に姫と呼んで何が悪い?」


私の拒絶に対して吉瀬は不思議そうに首を傾げる。

反論したいのだが、本当に分かっていない様子に上手く言葉が出て来ない。


「直感したんだ、俺のお姫様がやっと現れたと」

「え゛……」


思わず下品な声が飛び出てしまった。

やっぱりダメだこの男。面白ジョークを飛ばしているのかと思ったが違った。マジだ。

血走った目に本気さが窺えて背筋に寒気が走った。


「どうかこの手で姫を守らせてくれ」

「ッ!」


完全に怯んだ私が動けずにいると、またしても手を取られてしまった。

しかも今度は両手だ。

近い近い近い。

顔が近い。息がかかりそうな距離に震えが走る。


「そして……そして姫の全てを貰いたい。心も、身体も全て」


ヒィィィ!

息がかかりそうっていうか、荒い鼻息かかってる。なんか口からもハァハァ言ってるのは何でですか?


「私、彼氏居ますから彼氏居ますから彼氏居ますから!」


ノーサンキュゥゥゥ!!

気付けば立場もキャラも忘れて全力でごめんなさいをしていた。

今すぐ殴って全力疾走したいのだが、両手を私より遥かに大きな手で包まれているので逃げる事すら叶わない。


「彼氏……」

「彼氏です!」

「そうか……で?」


で? ってあんたっ! 何鼻で笑ってんのさ!


「高校生の恋愛が続く可能性がどれだけあると思っている。俺はそんなレベルで姫を想っている訳じゃない」


じゃあどんなレベルだ。

カズくんとの関係を笑われたのもムカついたが、それ以上に理由も分からず無条件に好意を押し付けてくるこの状況が恐ろしい。


「お姫様ってのは何時の時代でも我儘で傲慢なものだ。多少の浮気くらい見逃せねぇようじゃ姫のナイトは務まらねぇよ」

「………………」


ダメだ。ちょっと何言ってるのか私には理解出来ない。

しかし唯一分かったことがある。

この男がナニかの電波をキャッチしているということだ。


「必ず俺が姫を護る。だが約束して欲しい。どこの男の側で咲き誇っていようが、最期は必ず俺の元で散ると。俺と共に終焉を迎えると」

「えっと、その……」

「最期はそうだな、誰にも発見されない場所で永遠に二人きり、一つの物質になってしまうくらい溶け合いたい」


怖いんですけど!

ちょっとエロい感じに言ってるけど、それってまさか腐乱死体的な意味じゃないですよね!?


「姫、姫………」


もう本当に鼻息荒い。 めちゃくちゃ顔面にかかってんですけど。あんたは扇風機か!

いよいよ絶えずキャッチされる電波の恐怖に叫んだ。


「私は吾妻会長のファンクラブ隊長です!!」

「っ!!」


吉瀬の鼻息がピタリと止み、掴まれていた手が解放される。

もういい。こんな恐ろしい思いをするならば嫌われて殴られた方がマシだ。

どうだ。あんたの嫌いなファンクラブ、しかも吾妻の隊長だぞ、まいったか。

覚悟を決めた私は静かに目を閉じ、万が一に襲って来る痛みに備えた。

ふっと吉瀬の動く気配がし、更に目を固く瞑るが一向に衝撃は来ない。


「姫……」


その代わりにフワリと何かに優しく包み込まれた。


「どの男を弄ぼうが構わないが、あいつは止めておけ」

「はい?」

「あの悪魔だけはダメだ。あいつは俺から姫を奪い去る男だ」


また何かの電波を受信したらしく、私を抱き締めながら悔しげにそんな事をほざいた。

ここは一つキチンと言葉にして拒絶する必要がありそうだ。


「いや、ですから、止めておくとかそういう問題ではなく、私はファンクラブの隊長なので吉瀬様をナイトにする事は出来ません。ごめんなさい」


ふぃー、言ってやったぜ本日二度目のお断り。


「あの悪魔に無理に脅されているのか? 嫌がる姫に……なんて卑劣な男だ!」

「………」


自分の妄想でキレる吉瀬。

電波の受信が止まらない。


コワイヨタスケテ


授業だからと、なんとかその場を抜け出す事には成功したが、クラス全員マラソンになってしまった。

私を責めるクラスメイトの視線が痛かったのなんのって……。ごめんなさい! 悪かったです! そんな目で見ないで!

それから数日、電波な不良・吉瀬とは出会していない。




*****


「分かっているのかしら? 会長様にあんなモノ寄越して何を考えているのかと聞いているのだけど」


只今、吾妻にお菓子を渡そうとした女子生徒に忠告中です。

吉瀬と出会った林から近いが、誰も居ないこの場所は制裁や密会やらに最適で隠れ有名スポットでもある。

吉瀬が又しても現れないか少しだけ不安であったが、私はそれよりも焦っていた。

何故ならばこの女子生徒の態度がおかしいからだ。


「えー? 別に優花はぁ悠生様に差し入れしただけだしぃ。それで怒られる理由が分からなぁい。なんでそんなことあなたに言われなくちゃいけないのぉ?」


ふわゆるにセットされた髪を弄りながら甘ったるい口調で語る女子生徒。

ファンクラブに呼び出された生徒は普通ならば、顔を青ざめ萎縮している。

しかし目の前の女子はそれとは180°違う、不満を隠しもしないあからさまな態度だ。

私の言葉が全く効いていない。

態度はアレだが実はこの人の言ってることって正論だと思う分、言葉に詰まってしまう。

えーと……これってどうすればいいんだ。

こうなれば最後の手段だ。伝家の宝刀を抜こう。

私が隊長に就ているのは、吾妻家と縁深いと認識されているからだ。

元々吾妻が無理にさせているのだからこんな時こそバンバン活用させてもらう。


「これ以上図々しく会長様に近づくということは吾妻家を敵に回すと思って下さい。私と吾妻家の深い繋がりはご存知よね?」


仕上げに、いかにも悪役ですという感じでせせら笑えば目の前の女子生徒も大丈夫だろうと思っていたのだが。


「ぷっ、何それ脅しぃ?」


馬鹿にしたようにニタニタと笑うだけで全く怯まず、予想外の事態に逆にこちらが怯んだ。え? なんで?


「孤児が何言っちゃってるのぉ?」

「っ!?」

「優花は悠生様の又従兄弟なんだよ? あんたの正体だって知ってるよぉ」


又従兄!? 居たっけ、こんな子?

日本屈指の名家と言われる吾妻家には親類縁者が多数で、又従兄まで把握するのはなかなかに骨が折れる。

そして私の亡き両親は吾妻の傍系もかなり末端。めんどくさい親戚を持った、ほぼ一般家庭と言えるだろう。

別に正体ってほど隠していた訳ではないが、まぁ公になってはこの学校では生活しにくいのも確かだ。


「吾妻家に寄生するしか脳のない寄生虫が、優花に意見するなんて図々しいっていうかぁ」

「………」


口を開かない私を見て優越感を滲ませた意地の悪い笑みを浮かべる女子生徒。


「本来ファンクラブの隊長だって優花がやるべきなのよ? お優しい吾妻の皆様のご好意に甘えて恥ずかしくないのぉ? 普通そこは優花に譲るってぇ」


俯いた私に完全に勝ったと思ったのだろう、女子生徒の口は止まらない。

隊長なら代わってあげてもいいですわよ。寧ろお願いしたいです。

その代わり吾妻との交渉は一人でしてください。


ここまで直接罵られたのは初めてで結構なダメージを食らったのは確かだが、私は今それ以上に困っている。

どうすればファンクラブ隊長としての立場が保たれる?

まさかこのままオメオメと帰るワケにもいかないし(というか怖くて帰れない)、ここはキャラ的に一発頬でもひっぱたいて「お黙りなさい!」とか言えばいいのかな?


「でもあんたも親が死んでくれてラッキーよねぇ。悠生様と同じ家で暮らせるんだからぁ」

「っ!!」


一瞬、息が止まった。

それまで余裕で構えていたのが嘘みたいに頭に血が上る。

死んでくれてラッキー?

……何言ってるの?

なんであんたなんかにそんな事言われなくちゃならないの?

あんたに分かるの? ある日突然お父さんとお母さんが目の前から消えちゃう絶望が。

もうお母さんのご飯食べられないんだよ? お父さんから撫でて貰えないんだよ?

お帰りもただいまも言えないんだよ?


「あーあ羨ましぃ。親が居ないってだけで吾妻家に上がり込めるんだもん。私の親も死なないかなぁ」


こんな戯言に耳なんて貸さなくていい。

冷静になれと理性が止めるが、女子生徒の言葉は的確に私の触れられたくない柔らかい場所を泥付きの靴で踏みにじる。


「っ————黙れっ!!」


手が出たのは無意識だった。

気付いた時には女子生徒は唖然とした顔で尻もちを付き、私は怒りに呼吸を荒げていた。

どうやら突き飛ばしてしまったようだ。

私の突然の反撃に一瞬彼女は驚きほうけていたが、すぐに目に怒気が滲む。

ああ、やってしまった。

突き飛ばすとか幼稚園児か私よ。

顔を怒りでピクピクさせながら彼女が口を開きかけ―――



ガサリ


すぐ横の茂みが揺れた。

そこから割って現れたのは赤髪。



「き、吉瀬様!?」



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