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19:目くそって割と鼻くそを笑えると思う


190を超える長身で均整の取れたがっしりとした肉体に甘いマスク。

まるで御伽話の騎士を彷彿とさせる容姿はさぞ女子が色めき立ちそうだが、残念ながら彼に近寄れる女の子はあまりいない。


真っ赤に髪を染め上げ赤のカラコンを装着、沢山のピアスを付け、噂では腕と背中にタトゥーも入っているらしい不良な出で立ち。

ちょっとしたことでもキレる最近の若者然としており、気分のままに人を殴り気分のままに踏み付け気分のままに病院送りにしてしまう。

何がきっかけで爆発するか分からない危険物扱いな学校一の迷惑男だ。

それでも本人に何のお咎めもないところが本当に怖い。


そんな吉瀬は手のつけられない不良が寄せ集められたクラスの中で三年間トップを守り続けている。いや、守っていない。ごく自然とそうなっていた。

しかも『吉瀬』といえば裏の世界ではかなり有名であり、吉瀬家の跡取りである彼はそういう類の教育を受けまくり、また学生にして家のお手伝いまでしている良い子らしい。


常に暴力の匂いを纏っている男が吉瀬である。

そんな男がバックに付いていると学校中に認識されていたからこそ、私はファンクラブ隊長としての地位を確立出来ているのだ。


しかし実は私に対する吉瀬の態度の理由は分かっていない。

正直私はあのようにお姫様扱いされるほど絶世の美女というわけでもないし、本人曰く一目見た時に雷が打たれたかのような衝撃を受けたとか訳の分からないことを言っていたが、いまいちピンとこない。




吉瀬との出会いは突然だった。

ある日の午前中、吾妻に手作りの菓子を無断で渡そうとした者がいた、という至極どうでもいい情報がファンクラブ内に駆け巡った。

しかしどうでもいいのは私だけだったようで、その日の昼休み早速緊急会議が開かれた。

制裁をするか否かで白熱した会議の結果、吾妻が菓子を渡そうとした女子生徒を相手にせず冷たい目で一瞥して素通りした為、酌量の余地あり。警告のみ行う事となった。


この流れまでは私も一番熱い振りをしながらも他人事として内心鼻くそをほじりながら成り行きを見ていたが、いつの間にやらそうもいかなくなっていた。

なんとその警告役を務める事となったからだ。

残念ながら今ほど悪名を轟かせていなかったコネ就任の下っ端感漂う私は断れなかった。

ほじった鼻くそファンクラブ全員に飛ばしてやりたい気分だチクショー。


そんなストレスばかりが溜まる会議が終わったのは昼休み終了目前。しかも次の時間は体育。

厳しいゴリラ顔の体育教師は遅刻者が居れば連帯責任としてクラス全員にマラソンを課す。

私が遅刻してマラソンとなったところで直接文句など言う人間は居ないが、確実に嫌われ度が増す。

もうこれ以上居心地の悪い思いは御免だ。

グラウンドへの近道にあまり人気のない林の中を早足で突っ切っていた。


しかし昼食を食いっぱぐれたのみならず、あんな面倒な事を押し付けられるなんて最悪だ。

急がなければならないのだが思わずそんな考えが頭を掠め足を止める。

飛ばすどころか全員の頬に鼻くそ擦り付けてやりたいぜ。そんなに出ないけどさ。え? 汚い? 下品? カマトトぶるなよ。鼻くそは自然現象さ。


「はあぁぁぁ……」


深い深いため息を胸の奥底から吐き出した。その時だった。


ザシュリ――――


急に目の前に何かが降って来た。

よく見るとその物体は人で、どうやら木の上から私の足元へと着地したらしく片足を地面へと付け屈んでいる。

ウチの男子の制服を着ているということは不審者ではないようだ。


「あの……」


足でも挫いたのだろうか。

そのままの態勢で動かないその人を心配して何か声をかけようとした時だ。

突然目の前の男が顔を上げる。


「え?」


そこにあったのは鋭い赤目。

顔のパーツ一つ一つが丁寧で完璧。

息を呑む程の美形が私を見上げていた。


「き、吉瀬……様」


頬をひくつかせながら有名なその男の名を呟く。


ヤバい


唐突に現れた男を目にした瞬間、全身から汗が吹き出る。


ヤバいヤバいヤバいヤバい


そればかりがグルグルと頭の中を回るがこの状況を切り抜ける良いアイディアは一向に思い浮かばない。

このままでは殺されてしまう。


私がここまで焦るのには理由がある。

吉瀬がこの学校で有名な不良であることは当然知っているが、それだけではない。

とにかく気性の荒いこの男は気分次第で誰でも殴る。

だから半径一メートル以内に入るべからずは常識なのに、今の私ときたら三十センチも離れていないバッチリ射程距離に入っている。


そしてこの男には大のファンクラブ嫌いという有名な話が存在する。

以前に吉瀬のファンクラブを作ろうと毎日煩く付き纏い終いには彼女を気取りだした女子生徒を殴ったとか殴らないとか。

女性に手を上げるなどクズのすることだが、それでも「てめぇいっぺん殴られて来いや」と思わないこともない女子も居るのは事実だ。

ちなみに私はこの学校で「てめぇいっぺん殴られて来いや」系女子、不動の一位である。嬉しくないどうしよう。


更に悪いことに吉瀬は吾妻を敵視しているらしい。

これって詰んでないか?

死亡フラグが立ちまくりだよね。




青ざめる私の方へゆっくりと吉瀬の手が伸びる。

私は覚悟を決めて固く目を閉じた。

どうか顔だけは止めて下さい。前歯が折れて歯抜けとか嫌だ。

お腹だったら絶対吐く。そしたらこいつに思いっきりゲロぶっかけてやる。


そんな勇ましいんだか情けないんだか分からない決意をしていると、手に何かが触れる感触がし、情けない程ビクついてしまう。


「そんなに怯えなくても大丈夫だ」

「……?」


予想に反した柔らかい声色が耳に入り恐る恐る目を開くと、うっすらと笑みを浮かべた吉瀬がいた。

恐っ!!

遠目からでも分かるほど常に周囲を威嚇し睨み付けている吉瀬が、あの吉瀬が笑いかけている。

一体私はどんだけこの男を怒らせてしまったのかと白目を剥き泡を吹い倒れそうになった。


「驚かせて悪かった」

「へ?」


若干立ったまま気絶しかけていた私の黒目がクルンと戻る。

戻ったそれで確認するとまだ優しく微笑んでいる吉瀬。


……襲って来ない?

いや待て。まだ手を掴まれている。

油断させたところでこの右手をポッキリやられるのかもしれない。

岐瀬は警戒心丸出しで身体を強ばらせている私をくすりと笑った。


「知っているかもしれねぇが、俺は三年の吉瀬という。良かったら姫の名前も聞いていいか?」


姫ってなんだ? と思ったが到底尋ねる度胸もない。


「か、嘉川、です……。一年の嘉川春です」


カラカラの口でどうにかこうにか告げる。


「はる……春、か。良い名だ」


私の名前を繰り返し満足そうに頷く吉瀬。

しめた! どうやら私の事は知らないらしい。

良かった、吾妻のファンクラブ隊長をやってるなんて事がバレたら地獄行きだ。


「春姫。どうかこの俺を姫のナイトに任命してくれ」


あ、ダメだ。

この人 痛い人だ。


屈んだまま片膝を立て、取られていた右手の甲にチュッと柔らかい唇を押し付けられた時に瞬時に悟った。

それはもうドン引きもドン引き。

どこかの国の騎士のような優雅な仕草。

あまりのドン引きっぷりに固まり動けない。


「木の上から見えた春の憂いてる姿に居ても立ってもいられねぇで、つい姿を現しちまった」

「は?」

「なぁ、お姫様は何をそんなに哀しんでいるんだ?」

「はい……?」


いや何を哀しんでいるって……お昼ご飯を食いっぱぐれた事と警告が面倒だって事で……。

え? 私が憂いているように見えたの? 鼻くその数が足りなくて残念がってはいたけど。

どんだけフィルター掛かっているんだ。


「俺は姫の可愛い笑顔が見たい。その為ならば何でもしよう」


気持ち悪っ!!

初対面の相手になんて事言うんだ。

ナンパにしたってもう少しマシな言い回しがあろうに。

未だ右手を取られたまま真剣な目で見上げて来るものだから更にドン引いた。


「えっと……ひぃぃ!」


どうやら今すぐに危害を加えられるという様子もないので、刺激を与えないように注意しつつやんわり断ろうとしたのだが、右手をサラリと撫でられそれどころではなくなってしまう。

セクハラッ! 鳥肌がっ!


「お姫様に忠誠を誓う」


ニヤリと上がる口端はやはり騎士とは程遠く、とても凶暴だった。

これどんな罠だ。



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