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17/24

17:ござる


とりあえず夕飯は食べてくれと言われ、副会長母の指示通り夕飯が出来るまでの時間を副会長の部屋へ通されることとなった。


「じゃあちょっと失礼して……」


副会長の部屋も和室だ。

ふむふむ、副会長はお布団派か。

窓の外には綺麗に手入れされた枯山水が見える。


「おお! これはっ」


どこの高級旅館かとツッコミを入れたくなる部屋だが、そんな空間の中で壁一面に並ぶ大きな本棚が違和感を醸し出している。

司馬遼太郎や池波正太郎や藤沢周平などの作品が並ぶ横に、様々な時代劇のDVDがズラリと鎮座している。


「副会長様も時代劇お好きなんですか!?」

「……はい、好きです」 


食い気味で質問するが、副会長は気まずそうに小さく頷くだけだ。

その様子を不思議に思っていると、副会長はこちらを窺うようにチラリと視線を向ける。


「……やはり、変、ですよね」

「え? 何がですか?」


副会長が変なのなんて今更過ぎて、どれのことを言っているのか分からない。


「私みたいな者が時代劇を愛しているなんて」


なるほど、愛してるときたか。

私も時代劇にはちょっとばかし煩いが、相手はよりディープらしい。


「私のように……御伽噺の王子のような外見に“和”は似合わないですよね」


ん?


「笑ってやって下さい。所詮私なんて、誰にも理解されない孤独な人間なんです」

「ぶっ」

「ぶ?」

「ぶはっはっはっはっ!!!」


ダメだ。腹筋崩壊するっ!

やだ何この人、面白すぎる。


「王子……こ、孤独っ!ウケるっ!!」


ここぞとばかりに思いっきり笑ってやった。腹を抱えて指差して笑ってやった。

だって本人も了承済みだし。

いつもすましている生徒会を大声で笑ってみたかったからスッキリだ。


「あー、笑った。一年分くらい笑った」


使いすぎで疲労した腹筋。

ヒーヒーと引きつり気味な笑いへと移行した私を、副会長は目を丸くして見守っていた。


「すみません、流石に笑いすぎまし……ぶふっ」


ダメだ。副会長の顔見るとまた笑いがこみ上げてしまう。


「ゲホッゴボッブホッ」


ヤバイもう限界。笑い過ぎてむせ始めた。


「ちょ、大丈夫ですか?」


こんなに盛大に馬鹿にして笑っていた私の背を親切にさすってくれる副会長。

やだ、この人ちょっと良い人だ。

悪いことしたかもと反省。


「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」


どこからか取り出されたペットボトルを受け取りミネラルウォーターを口に含む。

そんな様子を見守ってくれていた副会長は寂しそうに微笑む。


「そんなに可笑しかったですか?」

「いや、時代劇は可笑しくないんですよ。可笑しいのは副会長様の自画自賛です」

「自画自賛……だってそれは周りが言っていたことです」


少し拗ねたように口を尖らす副会長。

そんな仕草したって可愛くない。


「王子様はフランス映画しか観ない、王子様は紅茶しか飲まない、王子様は納豆なんて食べない、王子様は運動会でビリにならない。ファンクラブはいつでも私を勝手に決めつける」


ビリだったんですか、運動神経悪そうだもんね。


「私だって男です、女子に慕われて嬉しくない訳ありません。しかし彼女達の要求を受け入れれば受け入れるほど、本当の自分が消えていく気がするんです。だから私もどんどん彼女達が苦手になってきました」


ああ、だからあんなにファンクラブに攻撃的だったのかこの人。

でも他所のファンクラブにまで当たらないで欲しかった。とばっちりじゃん!

非難がましい目を向けると副会長は拳に力を入れて主張する。


「いいじゃないですか王子が時代劇観たって!渋い日本茶と納豆が好物だって! リレーで転んだって!」


えっ! そんな恥ずかしい過去が!?

そりゃ是非とも見たかった。写真残ってないのかな。


「あのですね副会長様。そもそもですよ、王子様になりきるってのが無理があるんです。高校生にもなって王子様ごっこに付き合わなくてよろしい」

「ごっこ……」

「それって多くの女子からキャーキャー言われる為にキャラ作りしてるってことですよ」

「そんなっ!」


心外だとばかりに反論しようとした副会長だが、続く言葉が出てこない。

しまいには赤面して頭を抱えてしまった。

大丈夫大丈夫。吾妻より全然進行してないからその病。


「本当の副会長を受け入れてくれる女の子だってきっと沢山います。それで失望してしまう子なんて放っておきなさいな。所詮それだけの感情です」


イケメン限定で寛容な女子は多いしね。

多少ダサかろうとお顔のフィルターがカバーしてくれるさ。


「それに副会長様は大勢にモテたいわけじゃない。たった一人の真実の愛を見つけたいんですよね」


ハッと顔を上げた副会長に微笑む。


「その相手が転校生になるかどうかはあなたの努力次第ですが、素を曝け出しても受け入れられるように己を磨くしかないです。偽るんじゃなくてね」


まぁ大きな猫を被っている私には言われたくないだろうが。偽ってばかりだから友達も出来ないんだろうし。

私の言葉に副会長は少し泣きそうな顔で問う。


「では、私は時代劇が大好きでもいいんですか?」

「はい」

「日本茶と納豆が好物でも?」

「はい」

「何もないところで転んでも?」

「……はい」

「語尾に“ござる”を付けても?」

「は……いえ、それはアウトです」


ござる付けたいの?

なにゆえにござるか?


「まぁ、ファンの力があってこそ、沢山の人を惹きつける今の副会長様があるのは確かです。それは忘れちゃダメみたいです」


とりあえず変人認定受けずに済んでいるのはファンクラブのおかげだろう。

真っさらに自分を曝け出して変人で居たいんだっ! というのなら別だが、取り繕うのもまた生きて行く上で必要なことだと思う。

じゃないと受け入れてくれる人の幅がメチャクチャ狭くなる。

ござるがストライクゾーンに入る女子は滅多に居ないだろう。

やり過ぎたら私やこの人みたいに疲れちゃうけどね。

なんだか副会長に他人とは思えない親しみを感じてしまう。


「そうですね……」


神妙に頷く副会長。

何事もほどほどが一番。


「適度に力を抜いて、適度に締めていきましょうよ。私だって時代劇好きですが、隠してませんよ」

「えっアナタも!?」


それを語る相手が居ないけど……と続く言葉は暗くなるのであえて口にしない。






*******


時代劇の話に乗ってくれる人は少ない。

カズ君に喋っても微妙な空気になるし、吾妻に至っては私の熱のいれようにイラッと来たらしくDVDを捨てられそうになった。

実に性格の悪い野郎だ。


「やはり立ち回りの素晴らしさで言えば私は金の字の父上が妥当だと思いますが」

「ほぉ渋いところを突きますな」

「アナタはどうですか」

「私は殺陣で圧倒されるのは大五郎くんのところのお父さんですね。テレビ版初期の彼の方です」

「確かにあの迫力は伊達ではありませんよね。しかしまさか同年代のアナタとここまで語れるなんてっ」

「見くびって貰っちゃあ困ります。私の初恋の人は貧乏旗本の三男坊の新さんですよ」


どうしよう。物凄く楽しい。

まさかこの残念副会長と有意義な時間を過ごせるなんて誰が思っただろうか。いや思うまい。


いつの間にやら時代劇語り合いへと発展していた私達。

ここまで熱く語るつもりはなかったのに、数少ない同志に予想以上に浮かれているらしいのはお互い様だ。

語る内容は尽きることなく、終いには某殺し屋のドラマを鑑賞しようとまでしていた。


「その前にちょっとお手洗いへ……」

「ああ厠ならば巽の方向へ真っ直ぐでござる」

「だからござるはアウトですって」


ダメだこいつ、かぶれてやがるぜ。

残念ながら某殺し屋のドラマは観る暇なく夕飯となった。

鯛やら赤飯やら、何かの御祝いのようなメニューが並ぶ料理を美味しく頂き車で送って下さることに。


「今日はありがとうございました」


気付けば吾妻家の前で笑顔で後部座席の副会長に笑顔で手を振っていた。


「私も楽しかったです。またお話ししましょうお春さん」

「はい」


やっぱりかぶれてやがるぜ。

互いにヘラヘラ笑いながら別れた。

うん時代劇好きに悪い人は居ない。

少し浮かれた気分のまま玄関を潜るとそこには仁王立ちした吾妻が。


「電話にも出ず学校も稽古もさぼって何をしていた」


こちらを射抜くような鋭い目で問う。

やばい、明らかに怒ってる。教育ママか!


「ごめんなさい。連絡するの忘れてました」

「どこの男と何をしていた」


え、副会長と何を……してたんだっけ?

なんで副会長の部屋で時代劇雑談して夕飯ご馳走になったんだっけ?


「えっと、お喋りして……ご飯をご馳走に……」


まとまらない言葉をつかえながらも口にすると、吾妻の視線は更に鋭くなる。ひぃ!


「お、お、おやすみなさいぃぃ」


このままでは殺られると確信した私は稀に見るスピードで部屋まで猛ダッシュした。


「どこのどいつだ」


後ろからそんな声が聴こえたような気もするが、答える余裕はなかった。

部屋について鍵をかけ一安心。


と、ここで吾妻の電話に出ないという発言を思い出す。

サイレントになっていた携帯をポケットから取り出し残っているだろう着信履歴を消そうと画面を覗き、固まる。


「え? なにこれ?」


着信50件

怖っ!


中身を確認すると吾妻と、そしてカズ君から交互にかかっていた。

何か起こったのかと慌ててカズ君に連絡をすると、電話に出ない私を心配してくれていただけらしい。

今日起こったことを説明すると珍しく怒られてしまった。

確かに冷静になれば副会長の部屋に入るのは不味かったと分かる。

私だってカズ君が知らない女の子と部屋で二人きりになるなんて嫌だ。


反省した私は正座で三時間、カズ君の言葉を聞き続けた。


『もうその男とは二人で会わないで』

「はい、ごめんなさい」

『今度したら浮気とみなすから』

「はい、申し訳ありません」

『春ちゃんが浮気したら、何するか自分でもちょっと自信ない』

「はい、かたじけない」

『春ちゃんは僕のだ。絶対絶対誰にも渡したりしない。逃がしたりしない』

「………」


え? ちょっと重いとか思ってないよ。





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