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16:息子の彼女

謎の金髪美女は私に気付くと、美しいブルーの瞳をパチリと瞬かせた。


「あら……あらあらあらあら」


荒? 洗? 新? 粗?

なんで“あら”連発?

物凄く楽しそうな顔でこちらへ迫ってくるのは何故ですか?


「こんなに可愛らしい彼女を連れて来るなんて。でかしたわ瑶くん!」


グッと親指を立てて満面の笑みで言い放つ金髪美女。

絶対純日本人ではないだろう彼女の発音の良さに聞き惚れる。


「母さん! 止めてください! 彼女はそんなのではないから!」

「あらあら恥ずかしがってこの子ったら」


母さん!? 本物の保護者登場!?

って、この女の人いくつ?

しかし確かに言われてみればどことなく副会長と似てる気もする。

そうか、彼の王子様成分はこの金髪美女から来ていたのか。


「はじめまして、嘉川はると申します。副か……瑶先輩の学園の後輩です」


副会長の名前、(よう)で良かったんだよね? 今この金髪美女もそう呼んでたし。


「あらあら、どうもご丁寧に。瑶の母です。いつもこの子がお世話になってます」


どうやら“あらあら”は口癖らしい。

どことなく違和感を感じながらも、可愛らしいと言われて嬉しかった私はヘラヘラしながら「こちらこそ」と返す。

別にお世話してないし、されてないけどね。

副会長は私達のやり取りに少しところなさげにしていた。


「ところで瑶くん、あのタクシーは何?」


しまった、タクシーのメーター回りっぱなしだ。

貧乏性の私はお金を払おうと慌てて財布を取り出す。帰りは電車で帰ろう。


「あらあら、いいわよ春ちゃん。おばさんが払うから」

「いえ、そういう訳には」

「いいからいいから。子供が遠慮しちゃダメよ」

「でも悪いです」

「ウチの瑶も乗っていたのでしょ?」

「はい、でも……」

「いいの! おばさんに払わせて! ハイッ運転手さん! 」


うおぉ。

タクシーの前で財布片手に押し問答していたが、ずいずい来る副会長母に押し負けてしまった。

なんだろう、こういうのってお金を払って貰った筈なのに薄っすらとした敗北感を感じる。

運転手さんも私達のやり取りに少し引いていた。お恥ずかしい。


「ところで瑶は、まさか可愛い彼女に家まで送らせたなんてことないわよね」


お金を払い終えてクルリとこちらへ向き直した副会長母の笑顔には迫力があった。


「断る瑶先輩を私が無理にお送りしたんです。今日は私が彼を傷物にしてしまったので」

「……キズモノ?」


一応親御さんにも病院に行ったことを報告しておいた方がいいだろうと詳しく説明しようとすると、副会長が割って入った。


「初めての体験で驚いたけど……」


鼻血を出して恥ずかしかったのだろう。

副会長は恥じらうように頬を染める。


「痛みも薄くなったようですし。血も止まってますし、もう大丈夫ですよね」


診察室まで付き添って保護者を気取っていた私に確認を取る副会長。

うーん、私としては彼の脳が大丈夫とは思えないんだけど。

セカンドオピニオンを勧めようか迷いながらも取り敢えず曖昧に頷く。


「あらあらあらあら! 瑶くんったら! あなた男として情けなくはないの!? こういうのは女の子の負担が大きいのだからあなたが送るのが筋でしょ!」

「「は?」」


突然怒り始めた副会長母は、面食らう私達の背を強引に押して豪邸へと案内した。

通されたのはだだっ広い和室。

い草の良い薫りの中、ふかふかの上等な座布団の上で何故か副会長と並んで正座。


「さて、反対するわけではないけど、あなた達はまだ親の庇護下にあることは理解してるわよね」


副会長母が私達を見据えて真面目な声で話し始める。


「頭が固いと言われればそうなのだけど、自分達で責任の取れない内はそういうことは慎むべきだと思うわ」

「「はぁ……」」


何を説教されているのか皆目見当つかないながらも、その迫力に圧されて二人でなんとなく頷く。


「特に傷付くのは女の子の方なのよ。だからこそ男性側がきちんと考えなければいけないの」


厳しい表情で息子に語った副会長母は、視線を私に向ける。

何を怒られるのかと戦々恐々していたが彼女は優しげに表情を崩した。


「誤解しないでね? これでも春ちゃんのことは大歓迎してるのよ」

「は、はぁ」

「まさか、こんなに瑶くんの理想を具現化したようなお嬢さんを連れて来るなんて思わなかったわぁ」


副会長母は頬に手を当ててほぅっとため息をつく。

絵になるその様子と怒られなかった安堵にこちらもため息をつきたくなった。


「ちょ、母さん、余計なこと言わなくてもいいから!」


こうして見ると副会長も普通の高校生に見えるなぁとホッコリしながら、焦っている彼を眺める。

副会長母も私と同じ生温かい目をしていた。


「隠しても無駄よ。春ちゃんのような艶やかな黒髪と大きな目に白い肌の小柄な儚い大和撫子が瑶くんの理想だって、お母さんちゃんと知ってるんだから」


まぁ私の髪は黒いですね。

黒が強過ぎてもう少し茶色くならないものかと小学生の頃は悩んだけど、カズくんが私の髪の毛を好きだって言ってくれるので今では割と気に入ってたりする。

あと確かに私の背は他の女子より若干低いんだけど、それ結構気にしてます。

だからイマイチ迫力が足りなくてファンクラブの先輩達を上手く操縦出来ないのかもしれない。

ズドンと180cmくらいあれば良かったのか。


「お願いだから黙って下さい! ち、違いますからね! 確かに容姿は大和撫子ですが、貴女は中身がアレですし!」


アレってなんだアレって。

お前もアレにしてやろうか? ああん?


「ちょっと瑶くん! 何言ってるのよ春ちゃんに失礼でしょ! それに中身まで清らかな女なんてつまんないわ」


そうかなぁ? 私は中身と外身の一致を希望する。

ファンクラブのお姉様方は可愛い容姿とは正反対の肉食系だし、転校生も妖しかったし。胃に穴が開きそう。


「とにかくお母さんもずっとこんな日本人形のような娘が欲しかったのよ! 」


日本人形……微妙。

だってさ、フランス人形なら嬉しいけどさ、日本人形って下膨れのおかめさん顔に細い目とおちょぼ口を想像しちゃう。

いや、良く知らないんだけどさ。


「どんなに理想的な外見をしていようが彼女は他の男のファンクラブ隊長なんです!」

「あらあら、そんなことで嫉妬するなんて小さいわよ瑶くん! お母さんを見なさい。お母さんだって彼の方のファンクラブに加入してるけどお父さん一筋よ!」


へぇ、アイドルとかのファンクラブかな。

自分自身にファンクラブあってもおかしくないほど綺麗なのに不思議な感じがする。


「少女漫画に憧れ胸弾ませて来日したジャパン! でも現実は厳しくて、漫画のように素敵な殿方など皆無だったわ。オドオドしくさってからに。何が“ド、ドントスピークイングリッシュ”よっ! こっちは日本語で話しかけてるわよ!」


バンッとテーブルを叩く副会長母。

よく分からないが大変だったらしい。

目が据わってますよ。


「でも神は私を見捨てなかったわ。あの日知人に誘われ何気なく行った舞台には、まさに私の理想があったの」


なんかこの人はやっぱり副会長のお母さんだなぁ。語り口調が大袈裟だ。


「女にして男よりも男らしく。女の園であって少女が夢見る王子様が実在し、動いて喋って歌ってるなんて素晴らしいわ! 華やかな舞台にもう目は釘付けよ」


あーなるほどー。

アイドルではなくそっちでしたか。

確かにあのキラキラ世界は見た人にしか分からない魅力が満点だ。


「春ちゃんは観たことあるかしら」

「はい何度か行ったことはあります」

「あら! どの組の公演かしら? どちらかの生徒さんの会には入ってるの? お茶会は行ったことある?」


しまった。変なスイッチ入ったようでキラキラした青い瞳を携えグイグイ迫ってくる。

吾妻夫人に誘われて何回かしか観たことないし、勿論入会するほどの推しメンなんて居ない。


「い、いえ。そこまで詳しくはないです」

「あら勿体無いわ。今度一緒に行きましょう! 私の入っている会の生徒はね———」


おおう……口が、止まらない……。

ペラペラと喋り続ける彼女に圧倒される。


「あと十年若くに日本に来ていたら、絶対受験してたのになぁ。そうだわ、春ちゃんなら今からでも間に合うわ!」

「ええっと、洋舞と声楽は習ってないので無理です」

「あらあら、勿論道のりは険しいわ! でも諦めちゃダメよ!」


おおおう……ノリに乗ってらっしゃる。

荒波をバックに背負い迫られても困ります。受験しないよ?


「それでね———あ、お茶がないわ。瑶くん貰ってきて」

「分かりました」


息子に指示を出すと目を輝かせてお喋りを再開。

副会長は慣れた様子で部屋からいそいそと退出。彼も意外と苦労していたんだな。


「———でね、もうビックリしちゃって」

「へぇそうなんですか」

「そうなのよぉ。お隣の奥さんったら可笑しくって————」


もうかれこれ何十分経っただろうか。

受験の話から最近ハマっている恋愛ドラマに移行して、昨今の政治経済に寄り道したと思ったらご近所の噂話になっていた。

辺りはすっかり暗くなっている。

ちなみに副会長はお手伝いさんらしき年配の女性と一緒に日本茶と煎餅を持って来てくれて再び私の隣に収まった。

しかし実の息子だというのに母親のマシンガントークに全然ついていけていない。


うん、初見の時から違和感を感じていたが、これはあれだ。

この人、目の覚めるような金髪美女なのに……日本のオバさんくさいんだ。

煎餅バリボリ貪りながらお茶を啜り世間話を繰り広げる様はどう見たって年季が入っている。


「あらやだ、もうこんな時間。春ちゃん聞き上手だから夢中になっちゃったわぁ」


ようやく終わったかヤレヤレ。

しかし話が長かった。


「じゃあ瑶くん、春ちゃんをお部屋に案内なさい」


立ち上がりかけた中腰のまま、副会長と二人で首を傾げる。

そんな私達を見て女神様のように美しく微笑む副会長母。


「私だって野暮ではないのよ。これ以上は恋人同士の邪魔はしないわ。ただし部屋の扉は開けておくこと」

「だから母さんっ違っ……」


ええっと、副会長とは付き合ってないって言わなかったっけ? あれ? 言ってない?


「春ちゃんが良い子で安心したわ。夕飯はお赤飯を用意するから、春ちゃんも食べて行ってね」


日本人では絶対に様にならないだろう素敵なウインクをすると、唖然とする私達を置いて行く金髪美女。

副会長が少し頬を赤くして気まずそうにこちらを見る。


「母がどうもすみません」

「いえいえ、そんな……」

「話を聞かない人ですが、悪気はないんです。後から時間をかけて説明しておきますので」


是非ともそうしてくれたまえ。


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