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15:錯乱状態

「私はイチカを愛しています。出逢った瞬間からあの子は私の心を捕らえて離さない」

「はぁ……」

「不思議とイチカの側に居なくてはいけない、という気持ちにさせられるのです」

「さいですか……」

「イチカは美しいし可愛いし、性格も気さくで話しやすい。とても親しみの持てる素敵な女性で———」

「へー、ほー、ひー、ふーん」


転校生への止む気配のない惚気に、もうなんか相槌を打つのも面倒になってきた。


「そう、私はイチカを愛しているんだ……しかし」


ここで一瞬言葉を止め、小さなため息を吐き出した副会長。


「たまに分からなくなる。自分の本当の気持ちが」


悲しげに目を伏せると見せかけて、まつ毛が長いことを主張している副会長に私は首を傾げる。


「どういうことですか?」

「今の自分に違和感を感じるんです。イチカと目が合うと口が勝手に動いて甘い美辞麗句を柄にもなく囁いているし、脳が麻痺したように痺れる」

「はぁ、つまり副会長様は転校生への恋の病でおかしくなる自分が怖い、と。ご馳走様ですもうお腹一杯です勘弁して下さい」


いい加減にしないと私がトイレスリッパ装備するぞ。

呆れて半目になる私に副会長は必死で頭を横に振る。


「違うんです! そうじゃなくて、もっとこう……自分の意識とは関係なく身体が動いてしまうというか」

「なんですかそれ。転校生が惚れ薬でもあなたに飲ませたとか?」


思わず笑うと副会長は慌てて否定した。


「この現象をイチカが故意に起こしているとは思っていません。しかし自分ではどうすることも出来ない不思議な力が働いているとしか思えないんです。まるで決められたシナリオ通りに動かされているような……そう、物語の登場人物のように」

「…………」

「何を訳の分からないことを言っているんだと笑われますね……」

「そんなことありません」


悔し気に歯を食いしばり俯く副会長に、私はきっぱりと首を横に振り言い放つ。


「私はその話信じますっ!」


副会長の白魚のように美しい手を取る。

私の勢いに圧倒されたのか副会長は目を見開いて固まった。


「私は副会長様を笑ったりしませんよ!」


笑ったりしませんとも。

先程の頭の打ち所が悪かっただけだよね。

………どうしよう私のせいだ。副会長の頭がイカレ始めた。


「副会長様がそう感じるのは決して変なことではないんですよ。ちょっと難しく考えてるだけですよぉ」


言い聞かせるように優しく囁く。

大丈夫、あんたの頭は大丈夫。大丈夫ったら大丈夫。


「そ、そうでしょうか?」


うんうん、そうそう。

微笑を浮かべてコクコク頷くと、副会長は恥ずかしそうに頬を染めて視線を反らす。

その瞬間、彼の頬は更に赤く上気した。


「あの……」

「ん?」


なんだろうと思ったら、彼の視線の先は繋がった私達の手。


「おっと、すみません」

「いえ……」


なんだか乙女に悪戯したオッサンな気分。

セクハラで訴えられたらどうしよ。

そう思ってヘラヘラと諂っていたら、グッと表情を引き締めた副会長が口を開いた。


「貴女と会長は私の理想の恋人像なんです」

「え゛、やだなに言っちゃってんのこの人? やっぱり頭大丈夫じゃない……」


あまりにあり得ない台詞に思わず心の声が漏れるが、幸い副会長はどこか遠い目をしており私の言葉は耳に入っていない。

ああ、こりゃ本格的な後遺症が出て来てしまった。

ああああ、本当申し訳ないことした。


「世の理であるがごとく、抗い難い強制的な力でイチカに惹かれる。それは私だけではなく生徒会のメンバーは多かれ少なかれ全員それを感じていた筈です。私はそれがなんだか異常で恐ろしかった」

「何科かな? 脳外科かな? ああ、今日は日舞のお稽古の日だわ。この人ひとりで大丈夫かな? やっぱり付いて行かなきゃかな?」


それぞれに頭を抱えて別々のことを喋る。


「しかし私は貴女と会長の間に真実の愛というものを見つけました」

「こりゃ早退して連れて行かなきゃダメだ。ほら、行きますよ」


病院へ華麗にエスコートしようとするが、興奮気味な副会長はテコでも動かず夢中で喋り続ける。


「会長と私は知っての通りこの学園の持ち上がり組、いわば幼児期を共にした幼馴染のような存在です。しかし私はこれまで彼の人間らしい感情を表したところを見たことがなかった」


いや、それはホラ、吾妻は厨二だからさ。

クールな俺様カッコいいとか思う年頃なんだよ、実際は高二なのにね。

って、そんなことより病院行くよっ!


「その完璧さゆえに彼に近づける人間は皆無。それは常に共にいる生徒会メンバーですら同じです。秀逸された美貌、優秀な頭脳、絶大なる権力。他の追随を許さない完璧さを兼ね揃えた彼は、その分感情が乏しいように感じられ、とても近寄りがたい存在でした」


駄目だ語り出したよこの人は。

仕方ない、先に脳外科のある病院をググろう。


「しかし会長は今年に入って変わった。雰囲気が柔らかくなり、どこか楽しそうです」

「はぁ、そうですか?」


いつも無表情か睨んでる姿しか思い浮かばないけど。

携帯を片手に適当な相槌を打つ。

うーん、病院ちょっと遠いな。

今から車を頼むよりタクシー使った方が早いかな。


「はい。最近まで会長の変化はイチカが影響しているのだと思っていました。彼が自分からあそこまで近寄る女子は彼女だけでしたから」


へぇ、彼女とか学園内に居なかったのかな。

そういえば一緒に住んでて女の影って感じたことない。

まさか、童貞ってことは……ないよね。うん、ないよね?

おっと、タクシー会社も調べねば。


「しかし、やはりそれにも違和感はありました。イチカに甘い言葉を贈るわりになんだか目が冷静なんです。仮に強制力故の行動だったからだとしても、あの目は………」


複雑そうな表情でそこで言葉を切った副会長。

「いえ、なんでもありません」と首を小さく横に振った。


「とにかく、会長が変わったのはイチカのせいではない。では何が彼を変えたのか。貴女がイチカに制裁をしようとしたあの日、貴女を連れ去る会長の背に私は真実を知りました」


副会長は真っ直ぐな視線を私へと向ける。


「会長の行動の元は全て貴女だったのです」

「…………」

「貴女の辞任を求める私に背筋が凍る程の怒気を会長は放っていました。しかし何に怒っているのか私には理解出来ずに困惑していた時、会長は貴女に微笑みました。それは愛おしむような甘いものだった」

「あ、もしもし。タクシーを一台」

「彼はあの強制力を感じるイチカへの想いを断ち切るほど貴女を愛している。そして貴女もまた熱烈に彼を想っている。私はあなた達が羨ましいんです」

「大至急! 大至急でお願いします!頭を打って錯乱状態の急病人が居るんです!」

「あの、私真面目な話をしているのですが、さっきから聞いてます?」


携帯でタクシー会社と喋り終えた私に副会長は怪訝そうに尋ねる。

はいはい聞いてますよー。もうすぐタクシー来ますからねー。

労わるような笑顔で頷くと、副会長は大きくため息を吐いた。


「はっきり言って私は貴女が嫌いでした」

「お、おうよ」


うん、それ会計にも言われた。

面と向かって違う人間に同じこと言われると傷つくんですけど。


「貴女は他のファンクラブのように媚び諂うふりをして、実は私を適当に流していたでしょう。相手にもならない小者だと言われているようで腹立たしく、ついつい貴女には特に物言いがキツくなってしまったものです」


やべ、バレてたんだ。

だって会う度に嫌味しか言わないし、その罵りのバリエーションの豊かさには関心してたけど、長いから飽きちゃうんだもん。

何を言われても『クールでお厳しい副会長様ステキー』としか返事をしなかったのが不味かったんだろうか。ちょっと棒読み過ぎたのかも。


「いつだって貴女は会長しか見ていないのだと思っていました。ですが、違ったのですね……」


いや、そんな物凄く僻みっぽい目で見られてもどうすりゃいいって言うんだ。


「私が目指す真実の愛は虚像に過ぎなかった。例え今は強制力が働いていようと、いずれお二人のようになりたい思っていたイチカへの愛はどうすればいいのですか?」


だから知らんがな!

ツッコミを入れたいのだが、あまりの落ち込みように何も言えない。

タクシーまだかなぁ。この空間に居ずらい。


「……まぁ、あれですね。なんにしても副会長様は考え過ぎです」

「考え過ぎ?」 

「はい。真実の愛とか、私達はまだ高校生ですよ。そんなもの語ったってどうしても薄っぺらくなってしまいます」


というか重過ぎだよ。

恋愛脳怖い。これが噂のオトメンか。


「勉強に友情に遊びに将来の夢、高校生の私達には今しか出来ないことが沢山あります」


ちなみに今の私には友情が大きく不足しています。

求む、来たれ友人!!


「なにが言いたいのですか?」

「つまり、恋愛も高校生活を彩るスパイスくらいの感覚でいいんじゃないですか?」

「え?」

「転校生が可愛い、だから好き。それでいいじゃん」

「そんな適当なっ!」


あー、面倒だなぁもう。


「恋愛なんてそんなもんです。あとは相手を知るにつれて、愛は育まれるんです。間違ってもこうありたい、こうあるべきだと、作り出すものではありません」

「相手を知るにつれて……」


なんか私今良いこと言った!

愛は育まれるもの! まさに私とカズくんじゃないか。


「なんだか分かるような分からないような……貴女のせいで余計に混乱しました」


ムッ、私の素晴らしいお言葉は副会長には難し過ぎたらしい。

頭を打って錯乱状態なんだから大目にみてやろう。


その後、ようやく来たタクシーに渋る副会長を詰め込み病院へと向かう。

検査の結果脳に異常は見当たらないらしい。

え? 本当に大丈夫なの?


何度も確認を取る私にお医者さんは「心配性の彼女だね。よっぽど彼氏のことが大切なんだね」とイタズラっぽく笑っていたが、スミマセンこちとらただの加害者です。

それに診察室まで無理矢理同行した私の気分はどちらかと言えば副会長のママだ。

副会長はお医者さんの言葉を否定しようと慌てていたが、焦り過ぎて顔を真っ赤にして言葉を吃らせていた。

そんなに嫌がることないじゃん、失礼な息子だこと。


しかし本当の本当にうちの子は大丈夫なんざましょ。この子頭を打った直後にトチ狂ったこと言ってたざますのよ。

とまぁ、食い下がりたかったのだが流れ作業でそのまま帰宅と相成った。


怪我人の副会長をタクシーで送り届けることにしたのだが、意外にも彼の家は純和風の家屋だった。

とはいえ彼も歴としたお坊ちゃん。

広さはかなりのもので、家の中で遭難出来そうだ。


「では副会長様、お大事になさって下さいね」

「あ、はい……」


豪邸の門の前でぎこちない会話を終わらせてタクシーに戻ろうとした時である。


「あら? 瑶くん?」


そこには私達を見て首を傾げる、金髪美女がいた。






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