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11:ちゃんと三次元


しばらく太股の痛みに悶えて動けないでいると、向こうから足音が聴こえてきた。

不味い、こんな所で情けなく踞っている姿なんてファンクラブ隊長のイメージとかけ離れている。

しかしそうは言ってもまだ立ち直りそうにない太股を抱えての素早い逃亡は難しく、足音は段々と大きくなる。


もういいや、顔隠してよう。

踞ったまま視線を地面へと向け、相手が去るのを待った。


「おい、大丈夫か!?」


しかし相手は私の側まで来ると焦ったように声をかけてきた。

うむ、抜かった。そりゃ具合が悪そうに見えるよね。


「大丈夫です。ご心配なく」


だからスルーして立ち去ってください。


「どうしたんだ? 助けになるぞ」


ああ、この人親切だわ。ありがとうございます。

でも私のことなんて気にしなくていいです、頼むどっか行って。


「体調が悪いのではないのか?」


いや、太股が痛いんだよ。でも段々薄れてきて今なら歩けそうだ。

別にファンクラブ隊長が廊下で踞って何が悪い。もう見つかってもいいや。

面倒だし急いでこの場を去ろう。


そう決意して地面に向けていた顔をガバリと上げ、立ち上がる。


「……嘉川か?」


このまま逃げてしまおうと方向転換した矢先、心配してくれた人に名を呼ばれ思わずそちらを見てしまう。


「あ、風紀委員長様………」


きりりと整った眉にスッキリ通った鼻筋と引き締まった口元という男らしい美貌と、ガッシリとした鍛え抜かれた肉体美を兼ね揃えた一人の男。

三年の風紀委員長が居た。


「こんな所で何をしている? また悪巧みじゃないだろうな?」


精悍な顔を歪めて私を睨み付けている。

ちなみに風紀委員とファンクラブとの仲は最悪で、特に私は彼に嫌われている。

まぁ理由は色々あるが、一つは私が風紀に迷惑をかける諸悪の根源だからだろう。


この学園は生徒の自主性を重んじる目的で各行事や生徒間のことはほぼ生徒会で進めており、彼らには多くの権限が与えられている。

その際、生徒会が暴走してしまわぬよう見張っているのが風紀委員の仕事でもあり、この学園で唯一生徒会と渡り合える。


また学園の治安維持にも日々精を出しており、毎回騒ぎを起こすファンクラブは彼らの頭痛の種だったりする。

その親玉である私は問題児ブラックリストNo.1だろう。

会えばいつも冷たい眼差しと嫌味を一つ二つくれたりする。


「いえ、躓いて足を痛めていただけです」


しかし私はこの風紀委員長を嫌いではない。

寧ろ格好いいので好きだ。勿論、遠距離中の彼氏とは別の憧れの意味でだが。

彼は厳しさの中に誠実さを持っている一本筋の通った人で、一般生徒だろうがファンクラブだろうが生徒会だろうが、誰にでも公平だ。

いつも特別視されている生徒会に対して毅然とした態度で接する様子はなんだか小気味良く好感が持てる。


そんな人が私だけ嫌うということは、余程ファンクラブが迷惑をかけているのだろうと逆にいつも申し訳なくなってしまう。


「足を痛めただと? 仕方ない、見せてみろ」


嫌そうに盛大に顔をしかめた後、廊下に肩膝を付き私の足首へと手を伸ばした。

嫌いな相手にも親切な対応がやはり男前だ。


「いえ、足首ではなく痛めたのは太股です」


確かに足を痛めたとなれば普通足首を連想してしまうだろう。

風紀委員長の手が足首に触れる前に否定して自分で痛めた太股を見る。


「ああ、やっぱり赤くなってる。これアザになるかなぁ」


スカートを少し捲ったところにあった箇所を覗き独り言を呟く私。

そこでふと、目に入る。

未だ跪いたまま私の方を見上げて、信じられないといった様子で固まっている風紀委員長の存在に。


しまった。

男子が跪いた体勢で下に居るのにスカート捲るとかはしたないよね。


「お、お見苦しいものをお見せしました。痛めた所は平気そうです。じゃあ、ありがとうございました」


迂闊さへの羞恥で赤く染まった頬を隠す為、早口に捲し立てその場から逃げる。

まだ少し痛む足をそれでもせかせか動かしている最中にチラリと後ろを振り返れば、まだ風紀委員長はそのままの体勢で固まっていた。

パンツは見えてなかったと思うんだけど、そんなにショッキングな映像だっただろうか。




迎えの車に乗ってどうにか学園を後に出来た。

それにしても今日は色々あって疲れた。

しかし今から日舞の稽古が待っている。

ちなみに明日はフランス語教室の日だ。本当に疲れる。

でもこれは吾妻夫人からの勧めで、きっと将来役に立つからと説得され断わることが出来なかった。

その他は茶道も習わせて貰っており、最近では中国語とドイツ語も勉強中でなかなか忙しい。



漸く自室で一息吐いた時には既に日付が回っていたが私の心は弾んでいる。

この生活で唯一の癒しタイムだ。


『やあ、はるちゃん』


ヘッドセットを付けパソコンの前に座ると大好きな彼が画面の中で微笑んでいる。

言っておくが二次元の彼氏ではなく、遠距離中のちゃんとした三次元の恋人である。


「昨日は連絡せずにごめんね。疲れてたみたいでそのまま寝ちゃってて」


昨日は吾妻に噛まれた後、あまりの衝撃に色々動揺してさっさと眠りに就いてしまい、恋人を放置してしまっていた。


もう三年も直接会っていない彼。

黒ぶちの大きな眼鏡を掛け、前髪は鬱陶しいほど伸び目にかかり顔半分はよく見えない。そのせいでどこか根暗そうだ。

相変わらずのダサさだが、そこがまた良い。

ヒョロリと細く頼りない体型で昔から冴えない彼だったけど、私にはどんなイケメンよりも輝いて見える。

だって彼の温かさを知っているから。

彼が居なければ未だに私は深い底に沈んだままだったろう。


『心配したけど顔見てやっと安心出来たよ。最近忙しそうだし無理しないでね』


ううぅっ優しい言葉が染みる。

風紀委員長キャッ格好いい! とか思ってすみません。浮気だめ、反省します。

でも私は転校生と違いマゾじゃないので風紀委員長を好きになることはないから許しておくれ。


「うん、ありがとう。でもカズ君こそ最近忙しそうだよね。体調気を付けてね」

「うん気を付ける」


口が弧を描き笑っていることを示す。

新種の生物のようで可愛い。

悶えそうになるのを抑え、色々たわいない話題で盛り上がる。


その中で先輩にヤキを入れられローキックを喰らった話も面白おかしくしてみたが、カズ君はそれに笑うことなく逆に怒ってくれた。

私が吾妻のファンクラブに入っているのは秘密なので状況を詳しくは話せなかったのだが、何はともあれ私が傷付いた事が許せないと言う。

やはりカズ君が一番素敵だ。


私が吾妻に邪険にされて落ち込んでいる時、支えてくれたカズ君は吾妻の存在を良く思っていない。

だからファンクラブに入ったなんて口が裂けても言えず、それが物凄く後ろめたかったりする。

言えないような秘密を恋人に作ってしまうのは苦しい。

でもカズ君には知られたくない、あんな情けない姿。ごめんカズ君。


こんな思いまでして吾妻の言うことなんか聞かなくていいのではないかといつも葛藤する。

だけどカズ君が居て尚、私は“お兄ちゃん”に執着する。

お母さんとお父さんはある日突然消えたけれど、優しい“お兄ちゃん”はまだきっとどこかに残っている筈だから。




翌日、学校へ行くと副隊長がファンクラブを辞めていた。

他のメンバーからの制止も聞かなかったそうだ。

せめて理由をと訊ねたメンバーに対して副隊長は『嘉川さんに、負けたのよ。そう、完敗よ』と薄く笑って木枯らし吹くなか颯爽と去ったものだからさぁ大変。

その話は瞬く間に学園内に広がり、私は《隊長の座を奪われそうになったが逆に返り討ちにした》生徒会長ファンクラブ隊長として、またしても悪名を轟かせた。

ちなみにローキックの場所はうっすら青アザが出来ていた。

……もうなんか本当に疲れる。






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