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10:下、ガラ空き



「まぁ確かにこんな者より隣の生徒の方が、ファンクラブの隊長には相応しいとは思いますね」


私達を見比べて納得したように頷く王子な副会長。

目が合うと汚いものを眺めるように鼻に皺を寄せられる。

いつかそのお綺麗な顔に一発入れてみたいな。


「はいっ!」


先程から立ち続けている会計が、大きく手を挙げた。


「そんなに生徒会のファンクラブでいたいのなら俺のとこに入ればいいんじゃない?」


彼の言葉はさっぱり理解出来ない。

何故そうなる。

そして会計のファンクラブなんて絶対嫌だ。あそこの隊長は話長いんだよ。


何をそこまで必死なのか、体を前のめりにして目を輝かせている会計。

とりあえず座ればいいのに。


「ふぁぁ……」


普段からあまり喋らないワンコな書記は退屈そうに欠伸している。

のんきそうで羨ましい、是非とも立場を代わって頂きたいものだ。


「はるちゃん……」


心配そうな転校生の声。

本当に良い子だ。


しかし今はそれらに構っている暇はない。

だってずっと首の肉を狙う獰猛な視線に晒されているのだから。


「本当に違うのです、どうか私を信じて下さい」


吾妻に必死に訴えれば、視線は漸く私から離れ隣の副隊長に移動した。

喜びと期待の色を強くする副隊長。


「隊長交代の話は認められない」


吾妻はそれだけ言うと、手元にあった書類にまた目を向けた。

良かった。どうやら今回は吾妻の怒りには触れなかったみたいだ。


安心したのも束の間、屈辱的とばかりに副隊長が吠える。


「一体なぜですの!?」


怒れる彼女の言葉に反応したのは又しても吾妻ではなかった。


「そうだよ、なんで? はるちゃんにはファンクラブなんて似合わないと思うんだけど」

「会長、無理しなくてもいいよ。この人は俺が引き受けるってば」


転入生はまだしも会計、あなたは何なのでしょうか。

話がややこしくなるから少し黙っていて欲しい。


「こんな何の取り柄も子より、私の方がずっと綺麗で魅力的で身分も相応しいですわ!」


あらやだ自分で言ったよこの人。

しかし本人の目の前でビシッと指まで差して言わなくても良かろうに。


「「そうそう!!」」


おい、声を揃えて頷くな転校生と会計。泣くぞこの野郎。

副隊長の援護をするを二人を見て、副会長と書記は頭にクエスチョンマークを飛ばしている。


「それに私には他のメンバー全員からの後押しもありますわ」


転校生達のせいで勢い付いた副隊長は、自信満々に鼻の穴を膨らませて更に吾妻に詰め寄っている。

ちょ、小鼻がピクピクしてるよ副隊長! 鏡見て鏡!


しかしこれはチャンスではなかろうか。

こんなに気合い十分な先輩が隊長をやった方がファンクラブも盛り上がるってものだ。


吾妻もこれを機に隊長の座を再考してはくれないだろうか。

吾妻はよりモテモテ、副隊長も嬉しい、私も解放される。

これってウィンウィンどころか三方良しのいい事尽くしだ。


頭の中でその計算が弾き出された瞬間、私は猛烈に副隊長を応援した。勿論心の中で。


「それに、私ならこんな貧相な身体より会長様をご満足させる自信もあるわ」


妖艶な笑みを吾妻に向ける副隊長。

イケイケー! 頑張れ副隊長!

でも私と吾妻との関係を邪推しないでおくれ、気色悪いわ。


「私はこんな子なんかより、ずっと会長様に相応しいです」


イエー! そうだー!

会長様に相応しいのはあなただー! 一生仲良くやってろバカヤロー!

心の中で全身全霊で副隊長にエール?を送っている時だった。


「……相応しい、か」


愉快そうに喉を鳴らす吾妻。


あ、ヤバい。

あんな風に笑う時は大抵機嫌が最悪だ。

それを知らない副隊長は同意を得たと思ったのかより一層熱が入る。


「そうです! 転校生よりもこんな子よりも私が貴方の隣に居るべきです!」

「実に不愉快だ」

「え?」


キラキラした目で喋っていた副隊長だったが、吾妻の冷たい一言で固まる。


「この俺がお前に相応しいなど、侮辱もいいところだ」


何その俺様発言プププ…とか言える雰囲気じゃない。

ブリザードで生徒会室の温度が5℃は下がってしまっている。


「っ、でもこれは隊員達の希望です!」

「黙れ」


副隊長はそれでも必死に食い下がるが、吾妻の絶対零度の声に口を噤んでしまった。


「ソレの行動にお前らが決定権を持っているとでも?」


『ソレ』と顎で指されたのは私で。

胃にチクチクとした痛みが広がる。


「ソレの全ては俺に権限がある」


地を這うような声と底知れぬ怒りを灯した目は、副隊長のみならずその場の全員を震え上がらせる。


なんでこの人はこうも私を所有物扱いするのだろう。

それは凄く不快なことなのに、否定することが戸惑われるのは何故か。

この人に完全に見捨てられれば、私の記憶の中の“お兄ちゃん”だって居なくなってしまう気がするからだ。

私はもう大切なものを失いたくない。


嗚呼、胃が痛い。


吾妻が席をゆっくりと立つ。

誰もが息を詰める中、聴こえるのは彼が歩く足音だけ。

その音は私の前……いや、隣の副隊長の前でピタリと止んだ。


「ヒッ……」


小さくなっている副隊長の肩に吾妻が手を置くと、思わずといった様子で悲鳴が漏れる。

吾妻の凍てつく睨みにカタカタ震える様はあまりに哀れだったが、助ける事なんて到底出来そうにない。


吾妻は縄張りを侵す敵を威嚇するかのごとく唸るように言った。


「俺のモノに勝手するな」

「っ………」

「俺は――――」


蒼白な副隊長の耳元で何かを囁くと、そのまま彼女の肩を軽く突き放す。

大した衝撃ではなかった筈だが、副隊長は恐怖のあまりか放心状態で大きくよろめいた。


吾妻はその様子にフンと鼻を鳴らすと、背を向けて自分のデスクへと戻り始めた。


「出ていけ。二度とその不愉快な面を俺に見せるな」


その言葉に彼女はフラフラと魂が抜けたような覚束ない足取りで生徒会室を静かに後にした。


副隊長を放っておくことが出来ず、私も彼女を追いかける為に慌てて生徒会室を出る。

転入生や会計の何か言いたげな視線や、副会長や書記の訳が分からないといった困惑の目を気にする余裕はなかった。

只々吾妻の視線が纏わりつくのを背中で感じて冷や汗をかくばかりだ。

それを振り払うように廊下を走る。

ノロノロと歩く副隊長にはすぐに追いついた。


「大丈夫ですか? 顔色、悪いですよ?」


副隊長は紙のように顔が真っ白で、目の焦点は合っていない。

先程までの強気な態度が嘘のような燃え尽きた姿に心配は募る。


「さっき会長様の言った言葉なら気にしなくて大丈夫ですよ。きっと会長様も本気ではないし、すぐにお忘れになるでしょう」


私はてっきり二度と顔を見せるな、と言われたのがショックだったのだと思った。

だが違った。

副隊長は感情を写さない仄暗い瞳を私に向けながら言った。


「……なんであんたなの?」

「え?」

「なんで私じゃなくてあんたが愛されるのよ?」


少し吊り上がった自慢の大きな瞳からパラパラと涙が降って来た。


「え? だ、大丈夫ですか!?」


急に泣かれてもどうしていいのか分からない。

狼狽えてオロオロしながら彼女に差し出す為のハンカチをポケットから探る。


「……絶対私の方が会長様を愛してるのに! あんたが本当は会長様のことを何とも想っていないこと知ってるんだから!」

「っ!?」


思わず息を呑む。

まさかバレていたとは思わなかった。

副隊長は本気で吾妻が好きなのだろう。自分とは同じでない私の感情なんてバレバレな程に。


だから、あんなに私を嫌っていたのか。

好きでもないのに自分を差し置いてファンクラブの隊長になるのは許し難かったのかもしれない。ごめんなさい先輩。


「なのに、なんで? なんで会長様は……あんたなんか、大っ嫌い!!」


副隊長が手を振り上げるのが分かり反射的に両手で庇う。

罪悪感はあるが、大人しく暴力を食らう義理はない。

副隊長が悔しげに唇を噛み締めたのを見て、なんとか上手く防げたと安堵した瞬間だった。


―――ズドン


「っっっ!!」


グヌオオォォォ!!

声にならぬ痛みにその場に踞り悶絶する。なんと副隊長は私の太股にローキックをかましてきたのだ。


角度スピード重さ共に完璧。

お手本のようなローキックだった。

オィィィィ!

上をガードしてあるからって女子がローキックはないでしょ!


悶え苦しむ私を余所に、副隊長は泣きながら走り去って行った。


おいコラ待てぇぇぇ!!

内股でナヨナヨ走る奴が男らしいローキックかますなぁぁ!!

私の叫びは音には成らず、副隊長の姿は視界から消えてしまった。





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