1:設定
少し独特な校風の私立の学園。
そこにはカリスマ生徒会なるものが存在する。
偏見かもしれないが生徒会なんて通常、教師が推薦や内申点をチラつかせて真面目な子に押し付けるものだと思っていた。
だがしかし私の通う学園の生徒会は全員が全員美形男子で構成されているのだ。
以前クラスの女子が嬉々として語っているのを耳にしたことがある。
こういう美形生徒会が存在するのは乙女ゲームという世界にありがちで、うちの学園はそれにピッタリなんだとか。
オプションで生徒会が実はモンスターやエイリアンだったり、執事や貴族だったり、魔法使いや超能力者だったりすると尚良しらしい。なんのこっちゃ。
あとは転校生や新入生の主人公が、生徒会の連中を次々に落としていけば完璧らしい。
それを聴いた時、思わず立てていた聞き耳を倍くらい大きくしてしまった。
美形生徒会を次々に落としていくとはなんと面白い。
連中が一人の女の尻を夢中で追いかけるなんて、さぞや愉快な光景であろう。
そんな妄想をしながらこっそりニヤニヤしていたのはつい先日のことであった。
それがまさか現実のものとなろうとは思いもしなかったが。
「嘉川さん、転校生の事知ってる?」
学園で唯一気軽に話しかけてくれる吉田絵梨菜が、食堂で一人寂しく昼食を取る私を発見し気遣うように訊ねてきた。
すすり中のうどんを慌てて咀嚼する。クッ、讃岐うどんの歯応えハンパない。
「ムグ……勿論知っているわ。会長様を含めた生徒会の皆様が転校生に夢中だってことでしょ………」
なるべく悲しげに見えるように俯きがちに喋る。
この隙にネギが歯に挟まっていないか舌でチェックしなくては。
そんな私の肩に吉田さんが優しく手を置いた。
「あまり落ち込まないでね」
「うん、ありがとう」
大して親しくもない学園の嫌われ者である私に何かと声をかけてくれる吉田さん。
彼女はハッとするほどの美人というわけではないが、清楚な感じが好感を持てる綺麗な子だ。
一年の時にクラスが一緒だった縁で、今でもこうして優しくしてくれるのは嬉しい。
今まで彼女の為にもなるべく親しくならないように注意していたが、今回の転校生の件でもうそんな事気にしなくてもいいのかもしれない。
そう考えると、思わず緩みそうになる頬の内肉を噛んで堪えた。
――――キャアアア
突如学食に響く女子の黄色い歓声。
吉田さんと顔を合わせ同時に声の方を向くと、そこには例の美形生徒会が勢揃いしていた。
「相変わらず騒がしい」
「まぁ覚悟してたからねぇ」
「騒がしくて申し訳ありませんイチカ」
「イチカ、大丈夫?」
「うん、私なら大丈夫だよ」
キラキラしい集団の紅一点。
イチカと呼ばれる少女。
柔らかく波打つ栗毛と瞬く大きな瞳、透き通るような綺麗な肌。
完璧な美を持つ彼女がイケメン達にちやほやされる様に違和感などない。
思わず感嘆の溜め息を吐きたくなるほど壮観な光景であるのに、周囲に響くのは悲鳴だ。
「いやぁぁ! 皆様そのような女に優しくなさらないでぇぇ!!」
「皆様その女に騙されているのですわ!」
「ああ、そんな女に惑わされるなんてお可哀想な皆様」
女子の悲壮な声は元々険しかった生徒会の面々の表情をより強くさせる。
一方一般の男子生徒はイチカに見惚れて女子の悲鳴などどうでもいいらしい。
私と同じ讃岐うどんを食していた前列の男子など、見惚れ過ぎて鼻にうどんを入れようとしている。
「ぶふっ!」
思わず吹き出してしまい慌てるが、隣の吉田さんもキラキラ集団に目が釘付けで私など見ていなかったのでセーフである。
と、思ったのも束の間。
強い殺気が私へと突き刺さる。
私の笑いに目敏く気付いたキラキラ集団の中央。
艶やかな黒髪と涼しげな目元。
まだ十代だというのに貫禄のようなものまで醸し出している。
奴の前ではどんな人間も膝をついてしまう、そんなカリスマ的才能を持っている男。
――――生徒会長の吾妻悠生
そいつの三白眼が私をキツく捉えていた。
ああっもう!
分かったよ! 分かりました!
諦めた私は肺いっぱいに空気を吸う。
そして………
「いやぁぁぁぁ!! 会長様ぁぁ!! 私だけを見てぇぇぇ!!」
食堂に居る誰より大きく叫ぶのだ。
悲壮感を漂わせ、嫉妬の炎を燻らせているように激しく。
耳を突くような大声に周囲の人間がチラリとこちらを見る。
横に居る吉田さんなど目を丸くさせていた。驚かせて申し訳ない。
『うわぁ相変わらずの会長狂い』
『あそこまで熱狂的だと怖いよな』
『俺のイチカちゃんの命が危ない』
クッ男子共の囁きが痛い。
しかしこれも私の仕事、我慢だ我慢。
鼻でうどん食べてた男子生徒もドン引きしている。
いや待て、お前にだけは引かれたくはないぞ。
肝心の吾妻は険しい表情の口元を一瞬だけ上げ、狂暴に笑ってみせた。
クソッあのナルシスト男め。
「くだらねぇ。行くぞ」
生徒会と少女を促し食堂の奥へと進む。
そこにあるのは生徒会専用の個室だ。
このお祭り騒ぎの中で食事をするのは難しいだろうということで、今期生徒会発足と同時に作られた特別処置。
寄付金の額と学園での権力が比例するのは周知の事実。
そんな中でトップクラスの権力を有す生徒会に、生徒はおろか教師さえ口を出すのは難しい。
そして特に歴代の生徒会の中で最も名のある家柄であろう吾妻家。
過去類を見ないほどの莫大な寄付金を学園へ落としていることは明らかであり、食堂の多少の優遇などで文句が上がることはない。
だがそれは生徒会の使用に限りである。
イチカと呼ばれる少女はつい二週間前に転校して来た只の一般生徒だ。
そんな少女が家柄も容姿も学力もトップクラスの生徒会と親密になり、あまつさえ一般生徒立ち入り禁止の食堂の個室や生徒会室に入室するのはこの学園では許されることではない。
そして憧れである生徒会の連中にベタベタに甘やかされる少女の存在に学園の主に女生徒は爆発寸前であった。
特に生徒会をどこぞのアイドルのように崇め奉るファンクラブは今や魑魅魍魎。
普段可愛らしい少女達は般若となり、今にも暴動が起きそうだ。
「嘉川さん! 私もう我慢ならないわ!」
「いつまで黙っているつもり!?」
今もファンクラブの幹部である少女二人が目尻を吊り上げつつも涙を浮かべ、私の元へとやってきて必死に訴える。
そんな様子にうっと声を詰まらせそうになるものの、動揺を見せてはならない。
「そうですね、彼女にはそろそろ思い知って頂くべきですね………」
――――何故なら私は生徒会長ファンクラブ隊長、嘉川はる。
生徒会長である吾妻悠生の世界一のファン。
という設定だからだ。