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新聞部は生徒指導室で  作者: 葵兎画
第1章 部活を探そう
3/28

#3  お呼び出し 

 和馬に誘われたあの日の放課後から、毎日様々な部活に顔を出している。あれから一週間近くが経った。四月も残りわずか。部活に入るなら、四月までに入部届を提出する必要がある。本来はならば、入部届けはそれ以降でも構わないのだが、仮入部期間となっているのが四月までなので、それまでに提出することが原則となっている。


 この一週間、特に放課後に関して言えば充実した学園生活が送れている。いろんな部活に顔を出し見学しては仮入部。これの繰り返しだが、時間が経つのが思いのほか早く、自分でも信じられないほど部活を楽しんでいた。だけど、どの部活もなにかが物足りなくて、入部の決め手にはならず、それは和馬も同じで「なんか違うな」と口に漏らしては首を捻っていた。


 五限の授業が終わり、休み時間。俺の席で、俺と和馬は今日の放課後に見て回る部活を決めかねていた。


「さてユート、今日はどこ行く」


 和馬は例によって、部活の目星を付けたしわだらけの紙を取り出し、ペンを握った。


「前々から気になってたんだが、その紙もう少し綺麗に管理できないのか」


「う、うるさいな。これがオレのポリシーなんだ」


「意味のわからんポリシーだな」


 和馬は顔をしかめて、ぐうの音も出なかった。奴は立て直そうとしたのか、わざとらしく咳払いを一つ入れると、持っていたペンを指で器用に回し始める。


「ま、まあこの紙の皺はともかく! 部活だ、部活! オレたちは今まさに――」


 決めゼリフでも言うつもりだったのか、回していたペンを派手に握りしめて、そのまま拳を作るが、上手くいかずペンが落下。和馬は落ちていったペンのことを気にしつつも拾おうとはせずに、作った拳を俺に見せつてくるが、どうにも頼りない。


「――窮地に追い込まれていると言っても過言ではない!」


「いや、過言だろ」


「過言だよね」


 背後から俺に賛同する声とともに姿を現したのは一之瀬あさひだった。一之瀬は自分の席に腰を下ろしてから、興味津々に「部活の話?」と会話に割って入ってきたのだ。一方で一之瀬にもツッコまれたことが気に障ったのか、和馬は、へんと鼻を鳴らす。


「イチノセには関係ないだろ」


「むぅ、ひどい!」


 と剥れる一之瀬に、一緒にツッコミを入れてくれた御礼として、ささやかな助け船を出す。


「で、どうするんだ。部活」


 すると面白いことに、この一言に反応したふたりの表情が対照的だった。


「やっぱり、部活の話だったんだね」


 ぱあと表情が晴れた一之瀬に対して、どんよりと表情が曇る和馬。


「おいユート! なんてことを!」


 机を叩き血相を変えては抗議してくるので、教室に設置されている時計の方を指差した。


「もうあんまり時間が無いけど」


 そういうと和馬は黙り込んで、落としたペンを拾っては、再度それを回し始めた。


 机の上にはぽつんと置かれた一枚の皺入り紙。それを三人で見つめる。紙には候補の部活がざっと二十くらい書かれていて、そのうちの半分は部活名の隣に丸や三角など記号がついている。「うわぁ、すごい」と声を上げる一之瀬はこの紙を指して、


「部活名の隣に書いてある記号って、もう見学に行った部活?」


 和馬は待ってましたと言わんばかりに、腕を組んでは少々自慢気味に言った。


「ああ。で、隣に書いてある記号はその部活の評価みたいなもんだ」


「こんなに仮入部に行ってるんだ。数が多くてビックリしたよ」


 感嘆な声を上げる一之瀬、それを訊いて和馬は満更でもない様子で相好を崩した。


「この評価ってふたりで付けたの?」

 

 更に続く質問に俺はかぶりを振って、和馬が胸を張りながら意気揚々に答えた。


「いんや、全部オレがつけた」


「じゃあ、なかえって結構シビアなんだね。丸が付いてる部活、ふたつしかないし」


 丸が付いているのは、サーカス部に奇術研究部のふたつ。サーカス部の方では、綱渡りを経験して、奇術研究部では簡単な手品を見せてもらい、その後に手品の種明かしをしてもらった。和馬の評価では、たしかにこのふたつが入部筆頭候補なのだが、それでも奴が問題を抱え込んでいることを俺は知っている。


 和馬は何度か顎を擦っては、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「まあ、シビアって言うか、ある程度絞らなくちゃならないからな。この厳選は結構、メンドーだぜ」


「だったら、部活掛け持ちしてみたら? 訊いた話だけど、光高はいくつ掛け持ちしてもいいんだって」

 

 和馬は、うーんと唸り声を上げると、そのまま机に伏せていった。その様子を見た一之瀬は判然としなかったのか、腑に落ちない表情を俺に向けては、解釈を要求しているように思える。和馬がなぜ机に伏せたのか、答えは簡単で、実は前々からこの件に関しては和馬から相談を受けていたのだ。和馬は机に伏せて顔を上げる気配がなく、しばらくはそうしていそうだったので、俺が和馬に代わって代弁した。


「一之瀬が言ったように、和馬も掛け持ちは考えたんだけど、それだといろいろ問題点あるんだ」


 聞き入る一之瀬は俺に続きを促すことはせずに、授業を受けている生徒のような相槌を何度か打っている。


「まずサーカス部なんだけど掛け持ちが無理なんだ。ほぼ毎日が活動日だからな。それで奇術研、これも活動日が多いから、基本的に掛け持ちは厳しい。となると――」


 皺の入った紙を指差して、


「――評価が丸の部活しか入部できなくなる」


「だったら、評価が丸の部活に入部すればいいんじゃない? 掛け持ちはできなくても一番気に入った部活がいいと思うけど」


 それが普通だし、普通はそう考えるだろう。相談されたあのときも和馬にはそう言った。言ったのだが、奴は苦渋の表情を浮かべて再び考え込んでいた。


「そう言ったけど、本人はそれだとどうにも不服らしい。理由は分からないけど、なにかが物足りないんだってさ」


 唐突だった。がばっと音を立てて上体を起こす和馬は、俺の言ったことが気に入らなかったのか目を細めて口を尖らせる。


「それはユートも同じだろ!」


「そうなの?」


 そう、結局は人のことは言える立場ではない。まあね、と言って肯定する。


「同じって言うよりも、俺は和馬より深刻だな。俺の場合、和馬みたいに候補があるわけじゃないから」


 ここで疑問が浮かんだのか、一之瀬は再び質問してきた。


「あれ、ふたりって同じ部活に入部するんじゃないの?」


「和馬とは同じ部活を見て回ってるけど、同じところに入るとは限らない」


 和馬も俺に続いて言う。


「ああ、それにオレは舞台に立って派手にやりたいからな」


 演劇から始まってコント、サーカスに手品、どれもこれも人前で披露するものばかり、さすがは目立ちたがり屋。


「要するに、目立てればなんでもいいんだろ」


 と嫌味のひとつも言うが、


「まっ、そういうことだ」


 それを嫌味とも受け取らずに、呑気にハハハと品の無い笑いをする。ダメだ、奴が輝いて見える。まぶしい、まぶしすぎる!


「こづかは部活どうするの」


 はっと我に返る。つい和馬の輝きに眼がくらんでいた。


「まだわからない。どの部活も魅力的だとは思うけど、突出して抜き出てる物はないっていうか、どの部活も決め手に欠けてるっていうか」

 

 入学したときは部活で悩むなんて思いもしなかった。いくつもの部活を仮入部して、気が付けば少しでもいい部活を探している自分がいる。この学校は部活数が多過ぎるから、欲張っていろいろと部活を探してしまう。でも、その中から部活を探すとなると、これまた面倒だ。


「悩んでるね」


 苦笑されながら言われてしまう。


 悩んでいるのは事実。こういうときは視点を変えてみると意外な発見があるというけれど。


 ダメ元で教室をぐるりと見渡し室内の様子を窺う。わかっていたことだが手掛かりは皆無。と、視線を戻すと隣に居る一之瀬と眼が合った。彼女は、にっこりと微笑み返してくれるが、俺は苦笑すると、なんとなく気まずいと感じたので、その気まずさに耐えかねて思わず窓の方へと視線をやった。


「ところでよぉ、ユート」


 そんな俺の行動を見たのかは分からないが、出し抜きに抑揚を欠いた声がした。その声の主に向かって、俺も抑揚をつけないで返答した。


「なんだ」


「外になんかあるのか」


 和馬は外を見ていた。ただ、その眼は漠然と外に向けられているだけのようにも思える。やはり部活のことで悩んでいるのだろうか。だけど、気が利くようなことは言えない。


「いや、なにもない」


 それに外を見ていた理由が一之瀬と眼が合って、それを逸らした時の避難場所だったとは言えんよな……そういえば一之瀬は部活に入部するのだろうか。俺は視点を変えるという意味も含めて一之瀬に訊いてみることにした。


「一之瀬はなにか部活やるのか」


「わたし? わたしは今のところ予定はないかな。一応、ふたりみたいにいくつかは仮入部してみたんだけどね」


 と安堵のひと時の終了を告げる鐘が鳴った。


「ユート、次の授業なんだ?」


 奴は皺入り紙を折りたたんでは、襟袖の内ポケットにしまう。


「えっと、松島の現国」


「うわ、よりにもよって六限が催眠授業かよ。時間割り決めた奴の悪意が感じられる」


 悪意とはまた大袈裟な。


「悪意はともかくとして、催眠授業ってのは同意する。あれは眠たくなる」


 それを訊いて、こくこくと頷く一之瀬。どうやらここに居る三人は満場一致のようだった。和馬は当然だ、と言い張って席に戻って行った。


 


 六限の授業である現国が終わるまで残り五分というところ。松島が解説途中に腕時計を気にしては確かめて、少々落ち着きがなかった。普段はあまり時計を気にしない松島だから、なんとなく気になった。


「今日はちょっと早いけど終わりにする」


 松島はいつもチャイムが鳴るまで授業をするので、クラスメイトたちもさぞ不思議に思っているのだろう。


 クラスが起立すると松島恒例の「ちょっとまてよ」が始まった。松島がぐるりと一周見渡して、いつもならそこで「はい」と言うのだが今日は違った。再びぐるりと見渡す。すると俺と眼が合い、松島はそのまま言った。


「小柄、それと一之瀬」


 今までこのタイミングで名前を呼ばれた生徒はいない。たったそれだけのことでも俺を吃驚させるのには充分なものだった。どきっとして身体が熱くなるのを感じる。


「ふたりはホームルームが終わったら職員室に来るように」


 室内の張り詰めていた空気が解かれ、ガヤガヤとざわめき始める教室にどことなく緊張感を覚える。俺は無意識的に脳内をフル回転させた。なにか悪いことをしたのだろうか。授業中の態度、もしくは知らない間に校則でも破ったなどが妥当なところか。どれもこれも身に覚えはないが、考えれば考えるほど悪い方にしか頭が回らないのは、松島が学年主任だからというところにもあるからだろう。学年主任から、それも直々に伝達されるなんて穏やかじゃない。


 クラスの視線がちらほらと俺たちに向けられる。松島はそのことに気が付いているとは思うが、時間が惜しいのか注意することはせずに、いつもの「はい」で委員長に礼を促した。

 

 松島が教室から出ていくと、クラスは喧騒に包まれるが、話題の中心は俺と一之瀬だった。無理もない。授業終わった直後、松島に職員室へ来いと呼ばれたのだから。今までB組は、教諭が生徒を指名してまで職員室に招かれたことは、ただの一度もなかった。授業中にぐっすりと寝息を立てているあの和馬でさえも呼ばれたことなんてない。


「小柄、松島さんからお呼びがかかるとはやるな! さすがだぜ!」


「小柄くん、さては松島先生を怒らせたわね」


 俺の席に寄って来ては失礼なことを言うクラスメイトたち。


「あさひ、なにかあったの?」


「一之瀬さんならきっと大丈夫だよ!」


 なんだ、この扱いの差さは……。一之瀬に人望があるのは知っている。だが、俺はどうだ? 心配どころか松島に呼ばれたことをみんなして楽しんでるじゃないか。


 ふと前の席に座っている和馬と目が合う。奴はニンマリと薄気味悪い笑みを浮かべ始めてはそのまま視線を逸らした。恐らく、心の中で腹を抱えて笑っているに違いない。その画が脳内で容易に想像できてしまう自分が虚しくてしょうがなかった。




 放課後、和馬は仮入部へ、俺は一之瀬と一緒に松島のいる職員室へと向かっていた。彼の職員室は六号館の四階、つまりB組と同じ号館にある。ちなみB組はこの号館の最上階、七階にあたる。


 ひとつ、またひとつと階段を降りていく。肩を並べ、階段を降りるふたりの足音が交互に音を経てては、たまに重なる。一定の速度で降りる俺に対して、一之瀬は愉快なリズムを刻んで降りている。やけに明るい。


「なんの話かな」

 

 階段の踊り場で、彼女は腕を後ろで組んでは身を翻した。どういう答えを期待しているのかは分からないが、一之瀬の表情は明るかった。


「悪い話ではないと思う」


「どうして?」


「授業態度で怒られるなら和馬が先だろうし、校則を破ったようなこともしていないからな」


「まぁ正論だよね。わたしも同じようなこと思ってたよ。だからね、わたしが思うに、呼ばれたのはきっといい話で呼ばれたんじゃないかなって」


 いい話ねぇ、それでご機嫌だったのか。だけど一之瀬には今悪いことを言った。俺は中学の頃、職員室に呼び出されたことが何度かあったが、それは説教や雑用といったもので、正直言うと良い印象がまるでない。一之瀬ひとりで呼び出されるのならまだしも、俺が一緒に呼ばれたってことは、彼女にも覚悟してもらわなければならない。


「こづかも貰ったことがあるかな。中学の頃は職員室に行ったらお菓子とか貰えたんだよ」


 そんなことを満面の笑みで言う。お菓子目的か! と内心でツッコミつつも、口では「それはいいな」と言っておいた。  


 四階の廊下はガランとした殺風景。それでいて人っ子一人歩いていない無人の廊下。それもそのはず。廊下の右手に、生徒指導室、第一実験室、資料室、左手には職員室と第一パソコン室がある。この階には授業で使用する教室はあってもクラスの教室が存在しない。それもあってか他の階と比べてやたらと静かだった。


「ここが職員室!」


 職員室の引き戸の手前。木製で作られた扉の前で、腕まくりをして腰に手を当てては仁王立ちする一之瀬は気合充分といった様子。


「気合充分だな」


「雰囲気出してみようかと思って」


 なんの雰囲気を出すつもりだったのだろうか。そんなことを思っていると、彼女は引き戸の取手に手を掛けていた。扉が軋む音と共に戸が開らいていく――。



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