表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新聞部は生徒指導室で  作者: 葵兎画
第1章 部活を探そう
1/28

#1  パンフレット

 悠々と睡魔が飛び交う教室。目頭を押さえ欠伸を噛みしめながら、放課後に提出するプリントに記入漏れしていた名前の欄に小柄結人こづかゆうとと自分の名前を書き、ふと息を吐く。

 

 春の陽に当てられ心地のいい空間がここには存在する。まだ四月の中旬、気温は上下差こそ激しいが、午前中の今なら程よい暖かさに身を包むことができる。ぬくたい。……ああ、まずい、こんな状態じゃあ机につッ伏してひと眠りしたくなる。

 

 こういうときは気を紛らわすためにいつも外を見ている。授業中であっても気分転換は必要なのだ。煉瓦で敷き詰められた中庭、お世辞にも広いとはいえない校庭、その校庭より奥に見えるのは密接した住宅街、住宅街を超えれば駅周辺、そして繁華街の建物が薄すらっとそびえ建っているのがわかる。今日のような空に一片も雲がないときには、くっきりと富士山が拝められるのもポイントが高い。なんとなくだが、この席から見える景観には好感が持てる。

 

「教科書と照らし合わせて必要だと思うことはちゃんと記入しておくように」

 

 張り詰めていた空気と静謐が保たれた教室に、老教諭が歳相応を思わせる渋い声を発した。その声の主は、松島幸次郎まつしまこうじろう。五十代後半から六十代前半の歳を感じさせる。細身であり身長は百七十もいかないほど小柄で、刈り上げの頭は半数くらいが白髪。そして、少々レンズの厚いふちなし眼鏡を掛けている。派手さはないが明るめのカーキ色の背広に、刺繍入りネクタイを締めている。ネクタイの色はライトネイビー。彼の担当科目は現国で、板書された字は、さすがは現国教諭と思わせるような達筆なものであり、字の大きさも手ごろな大きさだ。そして彼は、俺たち普通科一年生の学年主任でもある。

 

「ここは重要なところだから、ちゃんと覚えておけよ」

 

 黒板に目をやれば、その重要な部分と思われる場所には黄色のチョークで、でかでかと丸囲みされてある。まだ板書の半分くらいしか書き写していない俺はそそくさとペンを動かすことにした。俺が景色を眺めている間に、板書は着々と進行していたのだ。当然だが俺にはちゃんとした言い分がある。俺の座ってる席は教室の入り口から一番遠い窓際だ。ここからなら窓から外が見渡せいい席なのだが、この授業においてはそうとも言い切れない。現国や古典などといった右から左へと板書する授業にはノートを取るのに一苦労。つまり、なにが起こるのかというと、いくら小柄で身長が低いとはいえ、松島の身体が障害物となって必ずどこかが死角となり板書の字が見えなくなるのだ。

 

 だから、松島が書き終えるまでは必然的に書けない部分もでてくるということになる。少なくともクラスで一番始めに書き終えることはないだろう、と思う。


 数分後、終業の鐘が鳴り響く。松島は自分の腕に付けていた腕時計で時間を確認し、二、三回程頷いて顔を上げた。

 

「チャイムが鳴ったか……ちょうどキリもいいから今日はここで終わりにする」

 

 そういうと松島は委員長に号令を促す。委員長の号令とともに気怠そうに立ち上がる級友たち。

 

「ちょっとまてよ」

 

 松島がそういってクラスをぐるりと見渡す。

 

 これは松島が授業の始まりの挨拶のときにもそうするのだが、全員がちゃんと気をつけしているかを確認するためのもの。初めての授業のときは何事かと思った。そう思ったのは多分、俺だけじゃなかったはず。

 

 クラスを見渡した松島が満足したのか、頷きながら、

 

「はい」

 

 と委員長に礼の号令を促す。委員長の号令に一同が礼をすると室内の張り詰めていた空気がふっと緩むのがわかる。が、それも一瞬だけだった。  

 

 授業が終わったら、真っ先に休み時間の空気になるのがこの一年B組だが松島が担当した授業のときだけはどうも違う。どうにも学年主任という看板、もしくは歳相応の貫録なのか独特な雰囲気を放っているような気がして、俺たち生徒も無意識に警戒心を高めているのではないだろうか。

 

 でも今は仕方がないことだと思う。俺たちはまだ、この光橋高校に入学してから二週間程度しか経っていないのだから、教諭と生徒の間にはまだ随分と距離がある。こういうのは時間が解決してくれるだろうがいつになることやら。

 

 そんなわけで今現在、教室内に松島がいるのを気にしてか、休み時間にしては妙に静かなままだった。それに気づいているのか定かではないが、松島も手早く荷物をまとめると足早にクラスを去っていった。すると現金なことに男子の野太い声と女子の甲高い声が徐々に教室を支配していった。

 

 他のクラスと比較したことはないからわからないが、B組は入学してから日が経ってない割には仲のいい方だと思う。よく笑うし、よく喋る。クラス全体にまとまりがあるというか、なんというか……それにしても、今日はいつにも増して騒がしい気がする。校内の喧騒は学生時代、もしくは学校関連の職に就かない限りは無縁のものだと思うと、感慨深いものがある。主観だが、騒がしいことがいいものに感じてしまうから不思議だ。今しかこういうことが体験できないからだろうか。

 

 妙なことを考えながら俺はクラスの喧騒をBGMとして、残っている部分の板書をとっとと書き写すことにした。


 ここ、光橋みつはし高校並びに光橋みつはし付属中学校は、光高みつこう光中みつちゅうとも称され、総生徒数がおよそ三千を超し、それに加えクラスが八十クラスもあるという、俗にいうマンモス校というやつだ。

 

 この学校を鳥瞰して見れば、立地の狭い敷地内にぎゅっと詰め込められた六個の建物がL字のように立ち並んでおり、これらの建物は一号館から六号館まで分けられている。一号館だけ教室が無く、残りの五つの建物に教室があり、三号館にはこの学校の付属校である光橋付属中学校の教室がある。建物高さはどれも均一の七階建で、それぞれの建物の四階には、他の号館へと行き来できるよう渡り廊下が完備されている。もっとも、建物同士の間が非常に乏しいところもあるので、渡り廊下というには短すぎる渡り廊下も、ある。

 

 俺が入学してからまだ間もないが建物や生徒数以外はどこにでもある普通な高校であると思う。他に挙げるとすれば――

 

「いやぁ精が出るなぁ、小柄結人こづかゆうとくん。授業が終わっても尚、机に向かう姿勢には感服するよ」

 

 ――唐突に声を掛けられ、思考が停止した。

 

 快活だが嫌味を含んだ口調に訊き覚えがある。見上げれば詰襟に身を包み、よく見知った顔だった。仲栄和馬なかえかずま、中学の頃からの友人で縁あってか同じ高校に入って同じクラスとなった。

 

 和馬は、俺と同じくらいの背丈で百七十前半といった男子の中では平均的な身長だが、身長の割には線が細い体躯だ。ラフに切り揃えられた髪にまだ少年の面影が残る顔つきをしている。和馬はとりあえずよく喋る。特に厄介なのが、そのよく喋る口で、それを起点として徐々にテンションを上げていくことがあり、テンションが高くなると手が付けられなくなるというところにある。そして今、その口元には笑みが含まれ、今までの経験上なにか良からぬことを考えているのでないだろうかと疑ってしまう。

 

「まだ書き写してないところを書いているだけだって」

 

「書き写すだけなら授業中にでもなんとなかなるだろ」

 

「席が悪い」

 

 和馬は呆れたようにふと息を吐くと、

 

「この席なら書き遅れるのも仕方ないことって言いたいんだろ。まぁ、分からなくはないけど、まだここまでしか書いてないなら、さすがに今回はユートに非があるだろ」

 

 ノートの進行状況を確認してそんなことを言ってくる。内心ではほっとけと思いつつ無視して書き進めることにした。  

 

 そんな俺を見た和馬が俺の席から離れようとするが、なにか思い出したのか踵を返して言った。

 

「そうそう、放課後なんだけどちょっと付き合ってくれ」

 

 俺は作業を続けたままで、視線はノートと黒板を行ったり来たりしている。ただ、返事をしないのも後々面倒なことになったら困るので必要最低限の返答をした。

 

「なんで」

 

「部活、なにがあるのか見たいから」

 

「部活ねぇ」

 

 ペンを走らしたまま相槌を適当に打ち、俺も少し部活のことを考えた。

 

 光高は生徒数が多いこともあってか、多様多種な部活動が存在する。その種類は運動部と文化部両者に例外はなく豊富であり、同好会も存在するという。そのためか、高校生活を満喫するために、部活が豊富であるこの学校に入学する生徒も少なくないそうだ。

 

「オレは思うんだ。学生生活において部活は欠かせない、そうだろ、ユート」

 

 俺がノートを書き終えると、和馬はじりじりとにじり寄ってきた。なにかの弾みで妙にテンションが上がったのか、意味ありげに含み笑いをして興奮気味に続けた。

 

「それに、光高のパンフを見たら高校生活を謳歌したくなるってもんだ。そうだろ、ユート」

 

 まあね、と一言返す。

 

 和馬が言っているパンフというのは、恐らく入学前に授業料のお知らせと一緒に同封されて送られてきた光高のパンフレットのことだろう。表紙にはカラー写真で光高生の男女ふたりが天を仰ぎ、柿色で塗りつぶされたヘッター部分には『光橋高校案内』と白の印字で記され、フッター部分は藤色で塗られていた。そのパンフには一年間の行事や食堂のメニューなど学生が興味を示しそうなことを大々的に取り上げ、それらをメインとして書かれていた。要点良くまとめてあり、非常に良かったと思った。ただ一箇所だけを除いては……。

 

「アレだろ、確かに良かったとは思う」

 

 更に俺は、

 

「あるページを除けば」

 

 と付け足しておいた。それを訊いた和馬も察したのか、

 

「やっぱり?」

 

 と苦笑しながら答えたのだ。まぁ、大抵の人ならアレはおかしいと思うのだろうけど。

 

 この学校のメインでもある部活動は、それこそ多くの生徒が興味を惹かれるものだ。だから、パンフでの取り上げ方も一味も二味も違うだろう、そう期待してあのパンフを見た人も少なくないはずだ。実際、部活にあまり興味のない俺でも、どんな部活が存在するのか気になったのだから。

 

「で、ユート、その例のページはちゃんと見たのか」

 

「一応見たけど」

 

 パンフにはページの片隅に小さな印字で多くの部活動がぎっしりと盛り込まれていた。最初は、どんな部活があるのか興味本位で見ようとしたが、あまりの多さにすぐ投げ出してしまった。その上致命的なのは字が小さくて見づらいことだ。あれじゃ、目を細めたり、どこぞの研究者のように虫眼鏡を用いらないと効率が悪い。製作者側はなんとも思わなかったのだろうか。

 

 俺は欠伸を噛みしめながらこういった。

 

「すぐあきらめた」

 

 その返答が予想通りだったのか口元に笑みを浮かべる和馬。

 

「やっぱりか、ま、ユートならあきらめると思ったけどな」

 

 和馬が、ははは、と笑う声と授業開始の鐘が鳴り響く音が重なった。和馬は、手を上げてまたあとでな、と一言いうとそのまま自分の席へと戻って行った。和馬の席は教卓の真ん前、つまり真ん中列の最前列だ。教諭との距離が一番近いにも係らず、入学早々居眠りや内職を平気で行っている。教諭に目を附けられるような行為をするのは、まあ、言っては悪いが愚かなことだと思う。本人曰く、「この時期にあの席で堂々と内職や居眠りなどの授業放棄モードを行う場合ことができるのは、オレ並みに優れた奴じゃないとできない」とのこと。どれだけ優れているのかはさて置き、出来る人間は相当限られるだろ。少なくともこのクラスにはひとりしか該当者はいないと思うけど。

 

 机の中から教材を引っ張り出してふとひとつの疑問が思い浮かんだ。そういえば、なんで和馬とパンフの話なんかしたんだっけ。まあ、いいか。忘れてるんだから、きっとたいしたことじゃない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ