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灰羽  作者: 学無
第二章
9/36

2-5

「そこで、調査が必要だと思ったわけだよ! 分かるかい! 笹本クン」

 日も傾き、肌寒くなってきた教室にそんな熱弁が上がったのは、放課後のこと。

 眼鏡に日を反射させて視線を隠し、私を挑発するように睨むのは須磨丈智すまたけともという男子生徒だ。コケタ頬のせいで輪郭は鋭く、まじめくさった中にオカルト的な雰囲気の漂う奴だ。彼の後ろには、何気なく志刀と西貴の顔もあった。

 対して私は、日誌に汚い字でデタラメなことを書いていた。今丁度、学習計画なるもの、つまり今日一日の授業内容を書き終わったとこ。

「――それで?」

 私は胡乱な視線で説明を求めた。見てるだけで腹の立つ顔をした須磨にではなく、後ろで『面白そうだ』と顔に書いた二人に向けて。

「はっ。何度も言わせてくれるな。つまりだな」

「このオカルトマニアの思考回路が要検査なのは理解した。私が訊いてるのはその飛び火がこっちに来たことに対する釈明だ」

 放課後になってすぐ、この三人が持ちかけたのは例の『クロハネ』の真相究明だった。

『我ら、不可思議事象研究団体――(オカルト研究会だとつっこむが無視された)――会長候補たるボクが、世に広まった『クロハネ』なんてふざけた噂を知らなくてどうする! これは誰よりの深く、根を掘り返して調べねばならん! そう天命が告げているぅぅっ』

 ……だ、そうだ。なんでこんな秋恋しって時期にやるんだ。時期を考えろ、時期を。

「相変わらず、無味乾燥って感じだなぁ、笹本は」

 一蹴したのが効いたのか、眼鏡を押さえて黙った須磨に代わり、のんきな声が間に入り込む。

「夏休みもそんな感じだったよな。ほら、お盆くらいに肝試しやっただろ? あん時も、やる気がないっていうか、半目でさっきまで寝てたんじゃないかってくらい不機嫌だったよな」

「ああ、そうだな」

 昼間の時も話に出たが、改まって指摘されて、あの日の事を思い出してしまった。

 多分、今の顔がその時の顔だろう。苦笑いする西貴の顔が半分くらいしか見えん。

「おまえなぁ。夏休みだからって、午後八時前に電話がかかってきて、いきなり学校に来いと言われて切られたあげく、五分後に家に電話の主が現れてパジャマのままで連れ去られそうになったことがあるか?」

「いや、そんな愉快な経験はないな」

 苦笑の形のまま、西貴の表情が左右にぶれた。それに溜め息で返す。

「そうだろな」

 ちなみに私はある。それが肝試し当日の話だ。呼び出したのは、隣でにこやかに微笑んでいる親友である。

 訳が分からないまま、とりあえず着替えてついて行ったら学校に強制参集。

 集まった全員が懐中電灯持参で待ち構えていて、聞けばこれから肝試しというじゃないか。それで陽子とヘタレと組まされて……。そのヘタレに逆ギレされてるわ、帰ろうとしたら踊り場で逃げてきた奴につきとばされるわ、おかげで足をくじくわ。そこへペアに逃げられた志刀が来て、よかった思い出なんて……

「だからな、笹本は――ん? !! のわっ! ど、どどした、笹本? んなこえぇ顔でここっち睨んだりしてっ、おれなんかお、おこらすことししした、しましたか」

 何を勘違いしたのか、志刀は私の顔を見るなりわたわた手を振る。あーだこーだと訊いてもいない言い訳を並べて、しまいには両手で顔を守るようにしていた。

 ……はあ。なんか、急に顔から熱が引いていった。

「……忘れよ」

「うへ? 何かいっーー」

「何でもない!」

 間抜けな声を遮って、私は志刀とは反対側を向いた。

「ふん。下らないな」

「バーカっ」

「…………」

「おまえ等までなんなんだっ!」

 一人わめく志刀は無視して話を進めた。

「――で話を戻すが。だいたい、何で私が〝行く〟という、立体交差した結論がでたんだ?」

 私は自分の目が徐々にすわっていくのを感じた。声もいつもより低い気がする。

 それをなだめるように口を挟んだのは、隣に座る陽子だった。

「つまり、不思議な現象を超常現象として実証するのに、かなり現実的な見解を否定する必要がある訳で、そこで現実しか見ない、ひじょーに捻くれた性格のアキに白羽の矢が刺さったという訳ね」

 志刀を冷たい目で見ていたと思えば、手の平を返したようにころころと笑う。

 こういう、〝アキが参加する〟ものに対する陽子は、精力的に参加させようとする。先の肝試しの例がいい例だ。

 彼女いわく、リハビリ、だそうだ。高校に進学してからしばらくして、どこぞの会長みたいな言い分をさも当然のように言われた。

 白羽の矢……。この場合だと使い方が正しい気がしないでもないな。

 今でこそ、私は〝普通〟でいられている。そう思えてきた反面、いまだ陽子の目に映る自分が成長していないんじゃないかって思えて、心の奥がぬかるむ。

「それにしても立体交差なぁ……、交わってないよなそれって」

「上から見たら交わってるでしょ? つまり須磨君たちの視線は上からで、アキの視点からは交わってないのに交わってるよう見える。っていう皮肉」

 なにやら西貴と陽子が話し込んでいた。陽子が加わらないうちに、さっさと断るのも手かもしれない。そうと決まれば、暗い感傷を苦笑に変える。

「そもそも、怪談と呼ばれるものはだな。社会背景を持った風刺であったり、時代とともにアレンジされていくといわれるが、本質的には――」

 問題は、この卑屈そうな須磨をどう論破するかだ。

 こいつ、言ってることはおかしいくせに頭はいい。テスト前になると男子たちはこぞってこいつに泣きつくくらいだ。加えて私の事をよく思っていない。

 前回の中間テストの後、私の点数を聞いた――というか陽子たちと話してたのが聞こえたみたいだが、『納得いかないな! 次のテストではキミのその余裕な顔をへこませてやる!』とかいきなり宣戦布告された……。何だってんだ、平均八十は普通だろ。

 ありがた~い説法の前にして、私は手をこ招く。どうにもこいつを抑えれる気がしない……姉さんの次くらいに。

 須磨はなおも挑発的な言葉を重ねる。

「それとも、笹本クン。君は夜の学校が怖いのか? そういえば夏も気乗りしていなかったな。はは、それはそれは。お化けのおの字も聞きたくないんじゃないのならしかたがない、普段は何事にも動じないという風だというのにな! はっは!!」

 煩わしい前髪を掻き揚げ、高らかに笑う須磨。勝手に私の弱点を見つけて、さぞ気分が肩部ったらしい。私は視線を日誌に戻しつつ、冷たい声で返した。

「きゃー、こわーい。ワタシ、ユウレイって駄目なのー。とくに、怪談ってムリー」

 人工音声の方がまだ感情表現が豊かだろうな……まあ、いいか。

 えーと、掃除の評価ねぇ……よくできました、と。後、何か特別書くことあったけ。

「キサッマ――オレが下手に出てたら、調子の乗りやがりくさって! 何だその人を見下した態度は! こっち見ろっつうのが聞こえてらっしゃらないのかよこのアマっ」

「お、落ち着けって! 丈智! 笹本が冷めたやつだってくらい知ってただろ!?」

 騒がしいと思って顔を上げたら、般若かくやという顔をした須磨を志刀が羽交い絞めにして、額に汗掻きながら止めていた。血の気の多い連中だな……

「よく言うよ。小学生の時なんか、友達で集まって遊園地のお化け屋敷行ったら、男子たちが腰抜かす中を堂々と先頭歩いたりして……、あそこにスピーカがあるとか、鏡が張ってるとか、お勤めごくろうさまってお化け役の人にあいさつしたりとか、余裕あったくせに」

「へえ、それはそれは……。なんかつうか、想像ができるのが……うん……」

 隣では隣で、勝手に昔話を暴露され、西貴が渋い顔になった。すごい温度差……ていうか、ひねてた頃の話はやめてくれ、恥ずかしいから。

 私は溜め息に乗じて脳に酸素を送り、まじめな声で須磨に問いかける。

「だからな、何で私なんだって聞いてんだ、須磨。行くなら志刀や西貴とか、乗り気の奴だけ連れて行けばいいだろ?」

 そして、不出来な結果に対する不完全燃焼も自分らで処理してくれ。

 離してくれ。とすっかり冷めた様子の戻ったのを見て志刀が拘束を解く。須磨は軽く肩のコリをほぐすと、親指と薬指をフレームに当て眼鏡の位置を直した。

 薄っぺらい口から出てきたのは、やはりというべきか、傲慢な言い草だった。

「――ふん。だからさっきから言ってるだろ? ボクらは、そこに怪奇がある、ただそれだけでその原因を調査・解明する義務を追っていると」

 同じ理屈を繰り返す須磨の言葉を、私は遮った。

「そんな一般論っぽく着飾った理由はどうでもいい、と言っている」

 レンズの反射で顔半分を隠していた須磨は、私の追及に言葉を失った。しんと静けさが広がっていく。私の周囲に集まった面子が、教室に残っていた生徒が唖然と息を潜めたかのように、冷たい風が胸の底をさらっていく。

 夕焼けにやや遠い空は、ゆっくりと雲を流していって。

「――っく。何でもいいだろ」

 突如として須磨は顔を窓の方にそらし、悔しそうにそれだけ言った。

 その横顔に映るのは好奇心でも、憤怒でもなく。憤りというか、下げたくもない頭を下げるような何か。

 何らかの事情を知ってるだろう志刀と西貴も、そんな須磨を見るだけで何も言わない。

 駄目だな……と思いながら、ついつい私は口を開いてしまう。

「……はあ。分かった」

 左手に持っていたシャーペンを机に転がす。

「で? 何時に集まればいいんだ?」

 隣で様子を見守っていた陽子が、くすぐったそうに目を細めていた。

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