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灰羽  作者: 学無
第二章
8/36

2-4

 準備物を全部志刀が持ち、教室に帰るまで話は続いていた。

「――と、そんなことだ」

 一息ついて、志刀は荷物を持ち直す。

「つまり、部活終わりの女子が〝第三″の前を通った時に、大きく広がる翼を見た――と?」

「だいたい、そんなとこ。後は、裂かれた布切れが廊下に落ちてたんだと。これから体育祭や文化祭の準備か始まるのに、ちっと不吉だなって話」

 志刀は滑る持ち物を落とさないよう、膝で支えるなどして苦闘していた。

 まあ、何で部活終わりに第三倉庫の前を通ったのかとか、『第三の噂』と関係ないだろとか、些細な疑問はさりとて、

「胡散臭い」

 私が半眼になると志刀も苦笑した。

「大方、部活で夜遅くなったからって、面白半分で〝第三〟に行って、物音かなんかにびびって変なもの見たとか言ったんだろって、俺は思う。廊下の落ちてったていう布きれも、すでに文化祭の準備を始めてる連中が落としたとか、そんなもんだろな」

 体育祭は二週間後、文化祭は更にその二週間後。体育はもう体育祭用のそれに切り替わっていたし、文化祭の出し物を決めたのはもう一ヶ月以上も前の話だった。

「まあ、なんにしても、もう怪談って時期でもないからなぁ」

 一息つくように返しながら、脇に抱えた地図や昔の風景画の写しなどを持ち直す。

「やっぱり半分持つか? 重いだろ」

「いい、いいって。大きさが中途半端で持ちにくいってだけだし、力仕事は男に任せてろって。伊達にサッカーで鍛えてねえからな」

 そう胸を張って笑う志刀は、西貴までとは言わないまでも細い体をしている。筋肉があるというより、無駄な肉がないといった風貌だ。到底力があるとは思えない。

 けど厚意は素直に受け取っておくことにした。

「それより鍵を職員室に頼むわ。持ってた後に返しに行くのって面倒だろ? それに……俺が行ったら、また別の厄介を押し付けられそうな気がするしな……」

 さわやかなスポーツ少年という顔が、パシリをさせられる後輩みたいな、疲れたものに変わった。確かにこいつは頼みごとしやすそうな顔している。

 それにむやみやたらと断ったりしない――まあ、そんな情に厚いとこが、結構好きだった。

「分かった。じゃあ、そっちはよろしく」

「おう。任された」

 私は中央棟の階段で志刀と分かれた。

 秋の空気の中で、ほのかに熱を帯びる鍵を握り締め、階段を一階分降りていく。

 一階の廊下に足を下ろす時、私は白昼に帳が落ちたような錯覚を受けた。

 目の前を通り過ぎるは月の光を反射する黒く艶やかな河。熱をさらう風が一瞬にして凍りつき、服の上から皮膚をさすような、圧倒的な冷たさが身に降りかかる。

 その中をどこまでも無表情で、熱を忘れた瞳で、凛と背筋の伸びた女子学生が屹然と歩いていた。

 彼女の周囲に一瞬だけ黒い羽根が舞い上がった。光を反射し、白く見えるほどの漆黒の片翼が背中から伸びていて、影が光に溶けるよう瞬く間に見えなくなる。


「一年の黒羽だ……、こんなとこで何してんだ」

「うっはぁ、いつ見てもきれ~。あれほんとに同じ女の子なの?」

「――ていうか、カッコいいって感じだよな。あ~、付き合うならあんなのがいいよな。隣にいるだけで自慢になる」

「止めとけ止めとけ。性格きついって噂だしよ、相手にされねえって。……だいいち、お前じゃつりあわねえって」

「あ、こっち向いた! ねえねえ見た見た? 葵さんがこっち向いたよ~~。今日はぜっっっったいついてるっ」


 廊下にいた生徒たちからそんな感嘆の声が上がった。彼女によって冷めた熱が戻ってくるように、その場の空気が淡く沸き立つ。

 他にもいたな……、男女ともに目を引く奴。

「もっとも、こっちは――」


「あ~あ、いつ見ても生意気な顔~。何あいつ、自分以外はカスだとでも言いたいのかしら?」

「ッチ。感じワリイ。憮然としやがって、こっちまでテンションさがるっつの。ちょっと顔がいいからってさ――」

「さっさと行こうぜー。ったく、あんなのの何がいいのかわかんねえ」


 命斗と違って、批判非難の声も少なくない。

 私は陰口を叩く連中に顔を顰めながら、一人ぼやく。

「だったらお前らは、葵の何を知ってるって言うんだ……」

 バス事故の日に偶然出会い、気付いた頃には消えていた女の子。

 雪のような白い肌に、エナメルのような長い黒髪。感情を削ぎとったようで、ひそやかに愁いを帯びる表情をした黒羽葵。

 一度話をしただけの私が、彼女の全てを知るはずもなかった。

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