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灰羽  作者: 学無
第二章
7/36

2-3

 世界史の準備は、一言で言えば『説明に使う資料を持ってくる』というもの。

 とはいうものの、うちの学校には第一から第四まで物置き(備蓄倉庫)があって、それぞれ用途も違ってくる。

 判りやすいのは、グランドにあるプレハブ小屋みたいな第一倉庫と、保健室の上にある第三倉庫だ。片や体育に使う用具、片や薬品や包帯のストックが保管されてる。

 後は第二倉庫と第三倉庫。ある棟こそ違うものの、形や広さ、棚の種類や数など、部屋の構成は全く同じ。主に第二倉庫には授業で使うもの、第三倉庫には学校の行事で扱うもの。というのが区分。

 つまり私と志刀は、第二倉庫に向かっていた。一年の教室がある南棟から、職員室のある中央棟を跨ぎ、保健室のある北棟の四階に行く。という、第一を除いて最も遠い位置にある場所だ。

 ちなみに保健室は北棟の一階、渡り廊下を向かって右に折れた直後にある。

「な、なあ、笹本っ。あのさ……、さ、さっき教室で言ってたことなんだが、あーあれ、『二人で話したいこと』、ってなんなんだ」

 中央棟の階段に差し当たる頃、志刀の緊張した風に声をかけてきた。なんか若干語弊があるようだが、……気にしないでもいいか。私は軽く周囲を見渡す。

 昼休みが折り返しに入り、渡り廊下や中庭に少し歩行者が出てきていた。

 人が多いわけでもないし、別に人に聞かれて困るようなことでもない――訳でもないか。持っていく資料を探す間が暇だろうから、その間に聞こうと思っていたんだが……どうしようか。

 少しの間悩んで、それから後ろを振り返って。骨格が剥き出すほど強張る志刀の表情を見て、唖然となった。

 もったいぶるとこいつが窒息しそうだ。私は話を切り出すことにした。

 切り出すといっても、ただ単に、引っかかった単語があったというだけの話だが。

「志刀は、『クロハネ』って知ってるか」

 『クロハネ』といった瞬間、志刀は呆けた顔になった。

「『クロハネ』? って、……ああ、『クロハネ』か。何でまた、あんなもんを?」

 面白みのない話なのだろう。嫌というほどじゃないにしろ、あまり好きではないといった顔で志刀は聞き返してきた。

「いやさっき、教室でそんな単語を聞いたから、どんなもんかと気になっただけだ」

 もっと言えば、その前に六組の黒羽がどうとかいう会話が聞こえたからでもあるんだが。それは志刀に言う必要もないだろうし、言う気もなかった。

「あー、ちょっと待った。……うん、分かった。今度はちゃんと理解した。――何だ、道理でおかしいと思ったんだよな……笹本が俺に話とか、そんな都合いい話があるわけない」

「何か言ったか……?」

「いやっ、何でもない! 『クロハネ』だよな、『クロハネ』っ」

 急に負け犬みたいに肩を落としたので首を傾げたのだが、志刀は弾かれたように顔を上げ声を荒げた。廊下にいた数人が振り返って、隣を歩く私までとばっちり。ここぞとばかりに、適当に愛想よく笑って誤魔化していった。

 ……ほんとに大げさなやつだな。口には出さず、胸の奥でつぶやいた。

「笹本は『第三の噂』は知ってんのか?」

 少し落ち着いた後、志刀はそんな前置きをした。

 第三どころか第一、第二の噂も皆目見当が付かん。と言いかけて、そういえば入学して間もなく、いくつか怪談話を小耳にしたなぁ、と思い出す。

「ああ、確か――」

 『第三の噂』の『第三』というのは、さっきも出てきた第三倉庫のことだ。

 ベタな怪談話なら、戦時に病床として使われていた名残のある第四倉庫が的になりそうなところ。しかしどういう訳か、第四倉庫には怪談話はなく、第三倉庫だけいわくつきだった。

 話はこうだ。十数年前、ある女子学生が、一途な片思いをストーカー扱いされたことに苦悶し、耐え切れなくなって夜の第三倉庫で自殺をしたのだそうだ。

 翌日教師に用事を頼まれた生徒がた少女の遺体が発見した。首にカッターをめり込ませ、しかし、カッターを持つ手には一本も指がなかった。

 血の海と化した第三倉庫の真ん中で、真っ赤に染まった両目だけが意思を持ったように、ぎょろっとドアの方を睨みつけていたらしい。

 それを見た教師はみな動揺し、とにかく血の付いていない資料やら小道具やらを、同じ構造の第二に移したのだと言う。

 その後、死体の後処理はしたものの、第三倉庫は閉鎖。紙や布にべったりとこびりついた血痕は、まだひっそりと取り残されてるのではないかとも言われている。

 そして、その日から夜になると、第三倉庫から悲壮なうめき声が聞こえるのだ。

 

【 私の指を――くぁえせっっっ!!!!! 】


 と。

 この話にはもう少し続きがあって。実は彼女が自殺ではなく、ストーカー扱いをした男子学生に殺されたのだという。彼女の指がなかったのは、彼女に抵抗された時、誤って切ってしまった指を誤魔化すためだったとか。

 そして教師たちが第二倉庫に移した荷物の中に彼女の指が混じれ込んでいて、彼女はそれを死んでからも探している――

「まあ、確かに〝第三〟は使用頻度も少ないし、そのせいか教室の鍵を入れ替えた時にも存在を忘れられてて、一つだけ鍵の保管場所が違うし――と、志刀、鍵くれ」

 私が、どーでもいい裏話を披露しているうちに、目的の第二倉庫までたどり着いた。一見して一般の教室と見間違えるドアを前にして、私は志刀に手の平を向けた。

「ほらよ」

「サンキュ。……よし、開いた――で、それに倉庫の中も、物と埃でごったがえしてて、完全にカオスだしな。指の一本や二本くらい混ざっててもおかしくないって思ったんじゃないのか」

 第三倉庫の用途は雑多にわたっていて。文化祭の成れの果てだとか、生徒会の会議資料だとか、部誌の余り、私物、カーテンの切れ端や暗幕、よく分からない小物などなど……さすがに壊れたピアノや人体模型なんかはなかったが。それほど広くもないし。

 十数年前まではきちんとした区分はあったらしいと、確か命斗が言っていたっけ。

 しかし、溜め息混じりで言ったのというのに、志刀は少しだけ顔を引きつらせていた。

「よくご存知で……。何でそこまで知ってんだよ……もしかして肝試しのつくりが妙に手が込んでたのって……て、いや?」

 ぶつくさ言っていた志刀がいきなり首をかしげてきた。

「そいや夏休みの肝試しじゃあ、怪談をモチーフにしてたけど、笹本はあれには当日参加だったよな?」

「ああ、そうだな」

 私は適当にうなづいておいた。

 私の場合肝試しがあることを当日、しかも集まる時間寸前に聞かされたからな。まあ、事前に聞いていようがいまいが参加する気はなかったと思うが。

「だったら何でそんなオチまで知ってんだ? 俺は正直知らなかったし、あんま興味なかった。それに笹本ってそれ系に限らず興味ないだ、ですよ、……ね?」

 志刀の声に振り返った私は、相当険悪な顔をしてたのだろう。もしくはひどく疲れきった顔。

 志刀は私の顔を見るなり、言葉を切ってあらぬ方向に顔を退避させた。冷や汗が、志刀の綺麗な頬を伝う。

「命斗に付き合わされたんだ、梅雨明けくらい。『これから怪談の季節ね。毎年妙に浮き足立っちゃう生徒がいるから、今年はしっかりと裏づけをとって対処しないとね』とかこじつけられてな」

 視線を部屋に戻しながら、溜め息にもならない沈んだ声で続けた。

『そんなもの風紀委員にやらせろ』

 と文句言ったら、

『風紀は乱れを直すもの。事前に調査し、対策を打つのが、生徒会のあり方だと思わないかしら?』

 と反対に説き伏せられてしまった。だからなぜ私に振る……生徒会役員でもないし。

 はあ。確かあの頃は、私をしつこく巻き込もうとする命斗から、逃げるのを諦め始めてたんだったか……まったく、こんなことなら他の高校に入るべきだった。

「……て、だいぶ話が逸れたな。志刀、持ってもの探しながらでいいから『クロハネ』のこと教えてくれ」

「ああー、そういえばそんな話だったっけ……。オーケー。とりあえず持ってくもんは、写真の資料と南ヨーロッパの地図、後は……」

 二人で教師に頼まれたものを探しながら、志刀は話す『クロハネ』の噂を聞いた。

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