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灰羽  作者: 学無
第一章
4/36

1-3

 今日は半日授業だった。

 何でも、受験生たる三年生の特別講義をやるとかで一、二年の教室を使うらしい。ということを命斗が言っていたなぁ、とか考えていたら、教室内の人数も大分減っていた。

 日はまだ高いのに、胸の辺りに冷たい風がつきささって。寂寥が身に帯びる。

 父親とのデートにうきうきしてた陽子もう帰った。隣の席に触れても、人の温もりも残ってないように感じた。

 …………私も、帰るか。

 と鞄を持って立ち上がった時だ。近づいてくる気配に顔を上げてみれば、志刀と西貴が丁度歩いてきた所だった。

「笹本、一緒に帰ろうぜ」

 声をかけてきたのは志刀の方だった。鞄を肩にかけて、鼻の頭を掻きながら。よく見れば少し顔が赤いような気もする。

 私が「ああ」と答えると、くすぐられたように唇の端を少しだけ動かしていた。何かいいことでもあったのだろうか。朝はあんな怒ってたのに……変なやつ。

 まあ、それはいいとして。

「西貴、部活は休みか?」

 私は後ろに控えるように立っていた西貴に声をかけた。

「いや、部活は平常どおり。けど今日は、どこの部も暗黙の了解でさぼりだろ。受験生の御心を楽しげな後輩がじゃましちゃいけないからな?」

 そう嘯く西貴は意地の悪い顔をしていた。要するに、何かと理由をつけて半日遊びたいってことだろう。……いい意味でも悪い意味でも、高校生してるなあって思う。私なんて、家に帰って何時間寝れるだろうとかしか考えてなかった。

「ちょっと待てよ笹本、誘ったのは俺なのになんで宗治に確認すんだ」

 自分が無視されて、少し目を吊り上げながら志刀が口を挟む。対する答えは単純明快だ。

 ちょっとは可愛らしくなるよう、小首を傾げながら言ってみる。

「何でって、西貴の方がまじめだから?」

「そっか、そうだよな――て、おおいっ。宗治がまじめ……て、まるで俺が馬鹿で少々部活をサボったくらいどうでもいいような言い草じゃないか!」

「…………」

 そこまでは言ってない。

「そこはだまんなよっ。それに残念な子を見るような目で見るなー!」

 志刀はすでに少し涙目だった。少しいじったくらいでなよなよして、そんな揺れた顔が可笑しくて吹きだした。

「悪い悪いっっ。ほら、行くぞ?」

 意地悪っぽく唇の端をあげて、志刀の手を取った。

 憤りや恥ずかしさで汗ばんだ志刀の手。大きく硬くて。けど、自分が何に寂しくなった忘れるくらいには温かった。

「さ、笹本っ、歩くの速えぇって!」

 志刀は慌てたように手を振り払う。その反動で志刀の体は前かがみになって、赤くなった顔が目の前にあった。…………。やっぱり、わりと綺麗な顔してるな、こいつ。髪が乱れてるのが少し惜しい。

 整えてやろうと手を伸ばすと、志刀は弾かれたように身を引いた。

「さ、ささき行ってるからな」

 誤魔化すように早足で先に行ってしまった。西貴もニヤニヤしながら後に続いた。脇を通り過ぎる時、もう一人誘うからとか言い残す。ああ、と適当に答えておいた。

 二人の姿が見えなくなると、自然と溜め息が漏れた。

「ざんねん。志刀がわたわた慌てるとこ、もっと見たかったのに」

 肩をすくめて、鞄を持ち直す。

 教室の入り口に差し掛かったところで、怪訝そうな声がかかった。

「あれ、ささちゃん。志刀君たちと帰るの?」

 廊下の窓際で、待ち合わせでもしてるような様子の百合香がいた。長い髪が体の前に伸びて、長い睫が節目がちに手元の携帯を見つめている。

「ああ、陽子は先に帰ったしな」

「そう」

 ぱちんと携帯を閉じて、百合香がこちらを向いた。薄闇色の瞳が妖艶に微笑んで、私は吸い込まれるように目を奪われた。

「日野ちゃんが知ったら、怒り狂って、志刀君につかみかかるんじゃない? アキに何をしたの、とか、泣かせるようなことしてたら殺す、とか」

 くすす、とからかうような声に、私は即座に頭を振った。

「いや、さすがにそれは」

 ――ないとは言い切れなかった。目元を引きつかせて、唇の端だけ吊り上げる陽子の姿は、なぜか容易に思い浮かぶ。

 ……まあ、それでも。泣きはらした顔で怒鳴り散らしていた、あの頃よりは意味合いも違う。

「笹本ー、早く返ろうぜ」

「ああ、解ってる」

 志刀の声に振り返り、百合香にも軽く手を振った。

「じゃあ、また明日な」

「うん。また明日~」

 少しは小走りで廊下を進む。

「はあ。いつまで待たせるのかしら……」

 志刀や西貴に追いついた頃に、遠くからそんな溜め息が聞こえた。


 志刀と西貴と、もう一人。六組の弓道部、朝麻と一緒に駅前をぶらぶら歩いた。

 朝麻は髪や顎が長めで中性的、体格も華奢。ほっそりとした線は女と見間違いそうになる。

 でも男は男だ。

 男三人につれられた道草は、あまり色がない。初めにファーストフードを買って、かじりつきながらコンビニなんかを梯子する。雑誌読んで、商品棚をためつすがめつ、時々食べ物買って。

「よくこんなのを毎日やって飽きないもんだな……」

 私が言えた義理でもないが、そんなことをぼやきながら一人ガードレールに腰掛けていた。他の三人は目の前のコンビニの中。私一人外の風に当たっていた。

 日は傾き始めたばかりで、一日がまだ長いというように人も車もそれなりに多い。

 街路樹を揺らす風は冷たく頬を撫で、そろそろブレザーを羽織るかって気持ちになった。

「何見てたんだ?」

 コンビニから出てきた西貴が隣に腰掛ける。右手にはから揚げの袋。湯気が立つそれを、西貴はさっそく一つかぶりついた。

「別に何を見てたわけじゃあ――」

 ――ないと言いかけて、車道の向こうの中年に目がとまった。

 恰幅がよくて、袖をまくり上げ肩には薄緑のたすき。両手でマイクを握りしめて。額の汗までは分からないが、声を高らかに街行く人たちに何事か問いかけていた。

 ほとんどの人は顰めっ面。時々携帯を向けられているが、あまり友好的には見えない。

「あほひほ、むぐ……ふっと、自民の候補者だな」

「へえ、よく知ってるな」

 私が隣を見上げると、西貴は一つ食べるかと袋を向ける。いやいいと断って、代わりにハンカチを取り出した。

 口元を拭ってやると、西貴はさわやかに礼を言ってから続けた。

「あれだ、あぐ、……、れんかひと、れんぜんかひで、当選して、んっく。動乱を駆け抜けたとか注目された人。まぁでも今回はきちぃだろってニュースで言ってたな」

 袋の中をのぞいて、クシャっとつぶす。

 指や唇に残った油を嘗めようとするので、またハンカチを使った。

「センキュ。つか律儀だな、笹本って」

「口の周りは、気になりだしたら止まらないだろ? だったらみっともないまねさせる前に、こっちでふき取ってやった方が早い。指はそのついで」

 使った面を織り込んで、ハンカチをポケットにしまう。

 その様子を見ていた西貴は歯を見せてはにかんだ。子供っぽい笑みに、こっちの方がむずかゆかくなる。

 赤くなりそうな顔を手で隠して、そのついでに演説者を見るでもなく見つめた。

「アオイ……?」

 視界の端に、空に向かって伸びる闇色の羽が見えた気がして。ふとその名前が口からこぼれた。

 あせる気持ちを抑えて周囲を見たが、歩く人たちの中にはいないし、路地の向こうまでは見えない。

「誰かいたのか?」

 西貴が頭の後ろで腕組みしながら聞いて来る。

「いや、何でも……」

 頭を振って、もう一度路地の先に目を凝らした。やっぱり誰もいない。

 多分……、気のせいだ。死神を自称するやつは、あいつだけじゃあないしな。

 ただ、私が見える世界に増えたものがあった。

 明るい色が占める街中で、間違い探しのように一点だけ黒く染まったもの。演説者の胸ポケットに不吉な黒い羽根がささっていた。

「|ただ、……堕ちる(・・・)んだなとおもってな」

 一心不乱な姿をあざ笑うように、あの人には不運が起きる。

 私は黙祷するように両目を伏せた。体を奥から苦いものが染み出してくる。

「ん? あ、ああ。まあ、そうだな。政党がアレだけ叩かれてりゃあ、議員だって巻き添えだ。……間違いなく、次の選挙では落ちるわ」

 隣で目を細めていた西貴は気楽な声で言った。

 見えないから言える事。けど、それでいいんだ。見えたって、手遅れなら今更できることもない。

 だから私は一呼吸を前髪で隠して、身を翻す。丁度志刀の姿が右斜めくらいに見えた。

「志刀と朝麻、いつまでコンビ二にいる気なんだ?」

 何気に店内に目を向ければ、成人コーナーの前を行き来する二人の学生の姿を見つけた。すっと、まぶたが重くなる。

「あいつら、外から見えてるってこと、気付いてないんだなぁ」

 長身のそいつは、風に吹き飛ばされそうな軽さで、くつくつと笑う。

 三日後。政治家が献金問題でニュースに取り上げられたと、父さんが話してるのを聞いた。

第一章はここまでです

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