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灰羽  作者: 学無
第八章
36/36

8-3

「……ん、…………ふぁ、……。……ここどこだっけ」

 白いタイルのような天井を見上げながら呟いてみる。いや、どう考えても保健室だろうがさ……。

 朝から結構フラフラで、ほとんど陽子に支えられながら登校してきて、授業は……受けた記憶がない。教室にはいた気がする――と少し額の辺りが熱かった。机か何かにぶつけたんだろうか? …………。無理だ、思い出せん…………

「ん。丁度起きたみたいだな、会長殿さんや」

 ぼんやりと寝返りを打っていると、少し離れたとこから保健医の低い声が聞こえた。相変わらず、デタラメな呼び方だ。

 程なくしてカーテンが開いて、目鼻のくっきりとした美女が顔を出す。軽く波打つ髪が光を放つように広がり、私の顔を見て表情を花開かせる。……命斗は私を見てすぐ、物腰柔らかに微笑んで目の端を和ませた。

「笹本さん、丁度良かったわ」

「――おやすみ」

 布団をかけなおして、硬い枕に横たわり、いざ夢の中へ――

「とりあえず、服を脱がせばいいんだろ?」

「何の話だ、パワハラ保健医」

 私は氷河期のような冷たい視線を、瞳のにごりきった女医に向けた。切れ長の目や紅をさした口元など、蠱惑的な雰囲気をかもしてはいるが、実質は性格破綻者なのだ。

「だからな、養護教員権限で女子生徒の赤裸々なすがたを展示して、一儲け」

 質問に対する回答も、当然というか命斗が引き継いだ。

「本当なら昨日呼び出した際お願いするつもりだったのだけど、今度の体育祭について少しね」

 少しと前置きしながら、命斗はパンフレットの作成から配布、プログラムごとの出場者案内など、おおそよ私には何の関係のない話をつらつらとした。

「手伝えと?」

「あ、あと、こっちが本命なのだけど、今大丈夫かしら。さっきまで寝ていたみたいだし、まだ体調が悪いなら後日あらためて……」

「いや、顔色を見る限り大丈夫だろう」

「じゃあ、付いてきてくれる? ええっと、生徒会室は……駄目ね、今真酉君たちが作業してるはずだし、……家庭科室に押しかけても大丈夫かしら? 少し確認してくるわ」

 いや、その前に当人わたしを無視して話を進めないでくれ。と言う間もくれず、命斗は携帯で家庭科室(多分)の誰かに連絡を取り、和やかなうちに話はまとまったらしい。

「それじゃあ、行きましょう?」

 花よりも華やかに手を引く命斗に、私の拒否という概念はなかった。

 抵抗は無駄だと割り切って、私は一つたずねた。状況はまったく見えてこない。

「えっと、……今何時間目だ?」

 命斗はえらく機嫌がいいのか、肉厚な唇に指をあてがい、小首を傾げながらに答える。

「もう六時間目まで終わったわよ? さっき貴女のクラスに行ったら、ええっと、河内さんだったかしら、彼女がものすごい猫かぶり声でまだ保健室って言うからこっちに来たの」

 百合香はこいつのこと目の仇みたいに思ってるからなぁ――ではなく。

 六時間……いや、多分二時間目からだから、……四時間か。ずいぶんと長く寝ていたもんだ。その割には体がだるくないが。そういえば。

「…………」

「どうかした?」

「寝すぎで脳がとろけてんだろ。これだから最近の若いのは、すーぐ疲れたとか言って、だらしが――」

「いや……」と答えかけて、思いきって聞いてみることにした。胸にかすかに残ってる温もりの正体を、確かめてみたくなったのだ。

「そういえば、命斗、その前に私の様子見に来たりしたか?」

 ぼんやりと霞む、淡く暖かい光景を思い出し首を傾げる。命斗も同じように怪訝そうな顔をして、「さあ」時のない返事。……どうやら違ったらしい。じゃあ、陽子だろうか。……うん。陽子なら休み時間になるたびに来そうな気がする。それに百合香――とそこで考えるのを止めた。

「ちなみに、私は基本ここを放棄するから、いつ誰が来たかなぞしらん」

「いい加減、あんたは職務怠慢で訴えられればいいのにな」

 隣の保健医が、訊いてもないのにあっけらかんと言い張るので、私は冷たくぼやく。辛辣な声色だったにもかかわらず、保健医はニヒルな笑みを浮かべていた。

「そっちは生徒会でも検討しておくわ。さ、手芸部にも無理言ってるんだから早く、早く!」

「わ、ちょ、ま、」

 半ば引きずられるように命斗に引かれて、私は足を絡ませながら保健室を後にした。残された保健医は「これで最後か」とか、感慨深げに漏らしながらタバコを取り出していた。あんたの名残はタバコしかないのか! と心の中で叫ぶ。

 その間も命斗は一方的に私を引っ張っていた。廊下にまだ残っていた生徒たちが、命斗に気づいて挨拶したり、はしゃいだ声を上げたりして、かなり居心地が悪かった。

「さて、忙しくなるわね」

「私は……嫌な予感しかしない」

 一人ぼやくも、私はしっかりと握られた手を振りほどけるほど辛辣ではなくて。容赦なく引っ張っていく命斗に追いすがるよう連れていかれる。

「それで、今度は何を――」

「貴女は中途半端じゃないわ。私と黒羽さん、二人が持ってるものを一人で抱えて、それって素直にすごいことだと思うもの」

 溜め息混じりの文句は、命斗が一蹴する。故意か、意図か、その言葉はまどろみの中で聞いた言葉と同じで。……少し、違う気がした。その違いはひどくぼんやりとしたものだけど、なぜか重要なことにも思えて、また胸が温かくなる。

 自分の高鳴りを不思議に思っていると、不意に命斗がこちらを見た。

「貴女が、私と葵さんをつないでくれたのだから」

 くすぐったそうに笑って、すれ違う男子たちを次々に悶絶させる命斗の手を、私はそっと握り返す。胸の高まりも、命斗の熱にやられたことにして。

「そういうことにしておくよ」

 久しぶりに、また(・・)素直に笑えた気がした。


これにて笹本秋の物語は終了です。

長い間付き合ってくださった方、誤字脱字、説明不足、盛り上がり不足

が多かったと思いますが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。


感想、批評、いつでもお待ちしております。

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