8-2
風に触れる葉の音を遠くに聞き、体が浮遊したような、夢と現実が混ざり合う中で意識が浮上した。
「お疲れ――」
ぼんやりとした意識の中に声が響く。私を労わる優しげな声だ。つられるように目を開けると、口調に似た線の細い顔があった。
「――……?」
そいつを呼ぶ声はまだ曖昧で、聞き取れない。けど、声をかけられたそいつは少し驚いたように、目を大きくした。
「あ――、起こ――?」
そう言いながらわたわたと手を振ったあと、収まりが悪かったのかそっと額に触れる。目を細め、らしくないほど落ち着いた声で続ける。
「西貴がたきつけたって聞いた。何があったかまでは知らねえけど、まあお疲れさん」
西貴……ああ、昨日のことか。ぼんやりとした思考の中で、前髪の先を掻き揚げる暖かさが、嬉しいような恥ずかしいような……。私は顔を背けるように寝返りを打った。
それから呟くように言う。
「私は……、結局中途半端だった」
昨日の晩、私がやったことといえば、桐森のことを自分と置き換えて、好き勝手に感情を吐き出しただけ。あの場が収まったのは、命斗が桐森の彼氏を連れてきてくれたからだ。葵はありがとうと言ったけど。私は何がしたくて、何ができただろう。……解らない。
私の気持ちが沈んでいくと、――は私の肩に手を置いて、その細くもたくましい手で私をあやすようにぽんぽん叩く。
「いいと思う。お前はお前で」
わずかにげた視線の先には、へらへらと笑う顔があった。
「――はさ、なんつうの、一見芯がしっかりとしてて、あといつもなんか冷めててっぽ引いた感じだけどよ。実際はずっと見てないと、俺らの知らないとこでいろんなしがらみに黙って押しつぶされてる気がすんだ。お前って優しすぎるから……。優しくて、柔軟で、相手の悪いこともいいことも素直に見つけて、見つけた自分の中に押し込んじまう」
顔を赤らめながら、必死に視線を外さないようにしながら、――ははっきりと言葉にした。
「だから、お前は中途半端じゃない。両方持ってるんだ。だから強くふるまうことも、弱い奴の気遣いもできる。お前はさ、もっと自分に自信持っていいんだ」
そいつの視線はどこまでもまっすぐで、太陽でも背負ってるんじゃないかってくらいにまぶしかった。けど目を離したくない自分もいて、目を細めて見つめていると、そいつは弾かれたように顔をそらしてしまった。
「そそそんなんだから、お、俺は、魅かれたんだ。違うぞ、やましい気持ちとか浮ついたものじゃなくて、で、でっ……友人として、支えなきゃっておも思ったんだっ。誰かさんは一人つっぱるような難儀な性格してっから、だから、その、いいつかはっ」
急にたどたどしくなる声には好意的な、穏やかな色合いしかなくて。私まで照れくさくて笑うしかなかった。
「ふふ、じゃあ楽しみにしてるよ。――う」
視界が霞んで、また意識は遠くなる。
輪郭が滲んでいき、紅葉のように真っ赤な声が最後に響いた。
「へ、あ、え……や、いやいやいや。ち違うっつ、俺はお前が言ってくれるまで待つってことで、それくらいしっかりとした男にっっ――――て、寝ちまってるし……はあぁ、ばかみてえ、一人ではしゃいで……。…………。まあ、ゆっくり休めよ。おやすみ、笹本」
騒がしい盛んな声が妙におかしくて、額に触れる角ばった手は暖かくて、私は布団を寄せてゆるむ口元を隠した。
ああ、おやすみ、志刀……。まどろむ意識の中に言葉は沈んでいった。
疲労が張り付いた体は、不思議と淡いまどろみの中に落ちた。布団に包まれ、内側にもともったぬくもりを、私は大事に抱くようにしていた。
その時ばかりは、〝イマ〟に寄りかかって眠った。