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灰羽  作者: 学無
第七章
32/36

7-3

葵の綺麗過ぎる微笑みに、私はしばらく動けなった。

 目の前で、葵が怪訝そうに小首を傾げる。私が視線を逸らすと、何か思い立ったようにベッドから勢いつけて立ち上がった。凛と背を伸ばして保健室の入り口に向かう葵を、

「あ、おい」

 と呼び止める。葵が顔だけ振り返って、『何』と大きな瞳を向ける。

 私は、まだ恥ずかしくて葵の顔をまともに見れなくて。右手で額を押えながら、誤魔化すように言葉をつないだ。

「あーと……そうだ、あれだあれ、今日廊下ですれ違ったやつが言ってたんだけど、お前足速いんだし、体育祭とかもっと積極的に参加しないか? まあ、気乗りしないなら」

「うん。考えておく」

 言葉の途中で葵が頷いて、目を丸めた後に安堵の溜め息をつく。私は少し気を張りすぎていたみたいだ。肩のコリが引いたように気が楽になって、私は正面から葵の顔を見た。 

「あと礼なら、命斗に言ってくれ。私は、結局あの場を荒らしただけだったからな」

 するとドアに手を付いた葵は、首を傾げてわずかに唇の端をあげた。

「会長には、アキから伝えて」

「な、何で私がっ」

 慌てる私に向かって葵はくすぐったそうに微笑んで、さっさと歩き出した。

「それと……アキは必要。私は、アキに会えてよかった」

 暗闇に浮かぶ黒羽くろはねが、からかうように上下に揺れて、すっと消えた。

 一人残される私。葵の消えた入り口をぼうと見つめて、数秒位してから白い息を吐いた。そこに髪や瞳以外が真っ白な影が現れた。

「黒羽さんは……いないわよね」

「ついさっき帰ったよ。……その眼鏡はダテなのか?」

 瞳を丸くした命斗は私の冗談も無視して、肉厚の唇に指を当てて首を傾げる。

「そうね、黒羽さんにしては珍しく、ずいぶんと喜色一面という感じだったわ」

「それは何か日本語がおかしくないか? ……まあいいけど。それと、ありがと、だと」

 私は呆れてた声で答えた。そうすると、長い睫を伏せて喉を鳴らすようにころころと笑う。

「あの黒羽さんが……くふっ。本当に私に向けた言葉なのかしら……ふふふ」

「さあね」

 あっけらかんと言ったものの、うぐっと喉の奥が詰まりそうだった。命斗はすっかり楽しげに笑う。……どうしてこいつは、いや、こいつ()は私の前だと素直に笑うんだ。しかも年相応に可愛らしく……ほんと、見てるこっちの顔が熱くなるっつの!

「……あら? 笹本さん」

 命斗が何か築いたように呟く。私は咄嗟に熱い顔を逸らした。けど命斗が指摘したのが別のところだった。

「手、怪我してたの?」

「え。あ、ああ……、『クロハネ』さんが葵に切りつけた時、引っかけたらしい」

 まあ、初めに気付いたのは葵なんだけど。

「……。そう、……だから黒羽さんはあんな沈痛な顔で貴女を……納得」

 命斗は疲れたような顔で一人頷いて、保健室に入ってくる。途中私の手元を一瞥したかと思えば、机の引き出しからハサミを出してそばまで歩いてきた。

「はい、これ。必要でしょ? ……それにしても、器用なものね。片手で包帯を巻けるなんて、どこかで習ったのかしら?」

 命斗は心底不思議そうに首を傾げるので、私は適当に手を振った。

「いーや。ただ、小学生のころ、ハチマキを包帯みたいに巻いて遊んでたからな。この辺はなれたもんだよ」

 運動会で腕に巻いた赤いハチマキを出血と間違えて、担任が気を失ってたなとか懐かしく思ったのだけど、命斗は『そんな面白いことしてなかったわね』と首をひねってた。

 ……あー、そうですね。どうせ私は昔から感覚が人とずれてたよ……ほっとけ。

 私は拗ねならが包帯を止めていると、ふふと柔らかい吐息が耳にかかった。正直、陽だまりみたいでくすぐったい。

「それで、……会長様はこんなところで油売ってていいのか? 〝第三〟、悲惨な有様になってたけど?」

 熱を吐き出すように切り出すと、命斗はあからさまに陰鬱な溜め息を漏らした。

「それは明日からやる予定よ。さすがにこんな時間に役員集めるわけにいかないし、あれを一人でやるなんて、それこそ骨が折れても終わらないわよ。だからさっきは、今後に影響するものがあるかどうか軽く確認しただけ。はあ、ただでさえ体育祭やら文化祭の調整で参ってるのに……、まったくもう……」

 隣に座る命斗は本気で疲れてるらしく、陰鬱に溜め息を漏らしていた。私は丸まった背中に、棒読みで「ご愁傷さま」と声をかけた。


 少し、間が空く。



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