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灰羽  作者: 学無
第一章
3/36

1-2

 教室に帰ってみたら妙に陽子のテンションが高かった。何があったんだと訊いてみたら、本人はもったいぶるように口ごもられた。

 本人は押しても引いても無理っぽかったので、近くにいた百合香ゆりかに声をかけた。

 聞けば、陽子の父親が今日から二日間休みらしい。理由は彼女の誕生日を祝うため。

 それを聞いて、口の奥に少し苦いものが広がった。

 陽子の誕生日は先週。しかも中間試験とかぶってろくに祝ってなかった。私の誕生日には中二の時を除いて家にまで来て祝ってくれたのに、私は何も返せていない気がしてならない。

 けど、教室で踊り跳ねる陽子を見て少し安心する。

 今日はアレして、明日はアレして。誕生日プレゼントは何で、半日デートして買ってもらんだとすでに夢心地だった。ほんとに見事な浮かれっぷり……

「そんなに嬉しいもの? 父親が帰ってくるぐらいで、私なら付きまとわれてうざったいくらいなのに。私だったら、ささちゃんを喫茶店に誘ってっ、一時間くらいくつろいで。それから夕日を見ながらこう言ってもらうわ! 『今日だけ、私はお前のものだよ』ってっっ。それから一日の夢が消えないくらい濃厚な口付けを――」

 百合香の冷め切った言い分ももっともだ。ただし、後半は聞かなかったことにする。

 確かに陽子の跳ね回る姿は、事情を知らなければ異様だなと思った。本人も有頂天のあまり周囲との温度差を感じていないようだし。

 陽子の父親は残業や休日出勤が多くて家にいないことが多い。今は確か……プロジェクトリーダーを任されて、戦略の練って協力会社を回ったり社内調整をしたりしてる、だったか。

 彼女が小学生の時もそうだったけど、ここ最近は余計に親子の時間は無いらしい。

 それにあの人、できた人だからからなあ……

 今年の夏休みにも少しだけ話したことがある。けどあの時は気後れして、ろくな会話をした覚えがない。せいぜい、「娘が世話になってる」「はいどうも」くらいだ。

 姉さんと駅前に行った時、モバイルフォン片手に、スーツ姿の女性と一緒のとこを見つけて。ああ、陽子の父さんだと思っていたら、あっちも気付いて声をかけられた。

 浅黒い肌にやわらかく皺を刻んで、Yシャツ姿がどこか紳士然としてて。Tシャツにジーンズだった私は肩を強張られて、声も裏返ってたっけ。

 あの人、結婚して子供もいるんだよな……。毎晩バーで酒を飲み、一時の恋を嗜んでるという方が似合ってる。ていうか隣にいた綺麗な女性も、私の事を妬ましそうに睨んでいた気がするし……

 ――と、そんな一幕を思い出して溜め息をつく。

 て、やけに視線を感じる……な。

 とりあえず視線だけを上げると、らんらんと目を輝かせる女子たちと目が合った。二、三人は陽子を囲んで、天狗になった陽子が父親を美談を語ってる。

「それでそれでっ、躁太そうたさんって趣味とかあるの? 好物とか。他にはええとっ……」

「ちょ、あんたがそれ聞いてもムーダ! 笹本さん、どこに勤めてるの? 今度の休み――」

「うっわ、ライバル多っ。どうしよう~~」

「一目でいいからあってみた~い」

 いつの間にか名前まで浸透してるし……。好きなんだなぁ、そういうの。

「ささちゃんは狙っちゃ」

「お前は黙ってろ、百合香。……それに相手は既婚者だ」

 胸元を開けて迫ってくる百合香を押し戻し、改めて黄色に色めく女子たちを見た。

 これ……誰が納めるんだろ……。ちらりと見た時計は、後五分くらいでホームルームが始まると告げてる。

「んなにいいのかよ? 相手は単なるおっさん(・・・・)だろ?」

 私の疑念が通じたのか、どこからか発せられた台詞に、一斉に殺気だった視線が振り返った。

 教室の入り口か。部活終わりらしい数人いた。声の主は肩にかけた鞄を持ち直して、くっきりとして目鼻を嫌そうに顰めていた。汗に濡れたかがめの髪が、鋭い目に少しかかる。

「志刀くん、もてないからってひがまないでよ~」

 声の主たる志刀歩しとうあゆむに対して、嫌味ったらしく口元を歪めて誰かが言った。

「んじゃんじゃねえっての。お、俺はただ、倍も離れたやつに惹かれる理由がわからないってだけであって、別に日野の親父に嫉妬とかしてねえ!」

 志刀も負けまいと声を張り上げていた。いかにも必死って感じで眉を吊り上げて、耳鳴りになるくらいうるさかった。

 その隣で、男子が一人腕組みしながらうんうん頷く。

「そうそう。歩は単に、誰かさんが日野の父ちゃんかっけえって言うのが嫌なんであって――」

「んだっ! だから違うって言ってんだろ! おお俺はな」

 突然志刀は顔を真っ赤にして、ニヤニヤする男子に詰め寄る。

 朝っぱらからテンション高いな。部活でミスでもして、いらいらしてんのか?

 志刀歩は入学してからすぐにサッカー部に入った部活人間だ。長めの髪は毎日セットしてるくせに、部活終わるくらいには汗で濡れてへなってる。

「けど目鼻がはっきりとしていて、それなりに精悍としてるから、もてないってことも無いだろ? なのに、何で浮ついた話がないんだぁ? ああ?」

「そ、そうゆんはもういいんだよ! あんなのこりごりだっつの」

 そういえば、一度だけ志刀に彼女がいたような……よく覚えてない。

「はっはー、相当きてんなー。それで何か、うまくいかないからってボールにやつあたしですか?」

「ちがうっつの! 俺はっ、結婚してる相手と付き合うのはどうかって話をしてんだよ」

 そう言い張る志刀は目をあらぬ方向を向けていた。ジドーっと疑わしい視線が集まる。

 空気が重くなって、誰も口を開かない。

 拉致があかず、何故か男連中の視線が私に集まった。やけに肌にまとわりつく視線だ。そーっと顔をよけてみた。……。…………。……視線は無言でついてくる。

 しかたがなく私が代表して志刀につっこんだ。はあ……何で私が。

「あのな志刀、女子高生はダンディズムあふれる人に一度は憧れるもんだ。それに、躁太さんはここの連中が想像してるよりできた人だ。子供の憧れと恋心の区別くらいはつく」

 あまつさえ相手の気持ちを見極めて、さりげなくその道を正してくれる。それくらいには分別のある人だ。高校生くらいなら軽くあしらわれて終わりだろう。

 私の話を聞いていた志刀は、更に目を鋭くして睨んできた。……何が気に入らないんだ? そういえば誰かが『日野の父ちゃんかっけえぇ』のだどうとか言ってが……、それが関係するのだろうか。

「それに躁太さんはできた人だと思うが、私はお前みたいに、気の置けない感じの方が好きだな。あの人相手だと気遅れして楽しめる気がしない」

 こじつけくさく軽いフォローを加える。

 すると、言った瞬間に教室の温度が変わった。何ていうか…………生暖かい。そして若干寒気が――

「ちょ、まま待てっ。いや、あのなっ、……だだ、から、おおおまえが何て言おうが関係ねえってか、隙とか嫌いとかじゃなくて、ああのな、お俺とお前はたただの友達で、いきなりそんなこと……うおわ、どうすれば!?」

 志刀まで壊れた……。顔を真っ赤にして、目は上下左右に外遊してる。何より呂律が回ってないせいで、言ってることがかなりちぐはぐだ。

「どうもこうも……、お前の好きにしろよ」

 私たちが友達だなんて、今更確認することでもないだろうに……

 対して志刀は、「俺の好きにしろ―!」と泡吹きながら叫んで、頭に手刀を食らっていた。

 後ろから顔を出したのは西貴だった。すらりと背が高くて、芝生みたいな短髪がさわやかだ。

「何か、今日の教室はあったけぇのな。ついでにあゆむが壊れとるし……何したんだ? 笹本」

 教室を見渡していた視線が私の所で止まる。

「そこで何で私のせいになるんだ」

 何もしてないとふてくされると、西貴宗治にしきそうじは歯を見せながら無邪気に笑った。

 む。何だよ、その

「解ってますよ」的な笑い方は――。

 ………………

「ホームルームの時間だー、お前は一応座れっ!」

 担任の声が教室に入ってきて、何人かが「へーい」とおざなりに返した。

 私は狐につままれた気分になりながら、窓際の席に向かった。

 隣に腰掛けた陽子は相変わらずで、私は自然と顔を窓の方に向ける。湿った吐息が窓を曇らせた。

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