6-3
葵の華奢な体は思いのほか素早くて、私が階段についた時には姿を見失っていた。そこにそびえるは奥の見えない闇だけ。
「くそ、はやいっ」
短く悪態をついて、階段を駆け上がる。溝に足を突っ込んだように、一段上がっていくほどに体の動きが鈍くなっていく気がした。それでも私は、闇の中を一人走っていく。
三階廊下に葵を見つけた時には息も相当上がっていた。
葵は第三倉庫の前に立っていた。冷たい視線をまっすぐ倉庫の中に向けて、まるで静止画のように止まっている。
「葵、どうし、た、って……いうん、だ……?」
葵に歩み寄ろうとした足が止まった。廊下の温度が奪われたように寒気が足元に迫る。
不意に、背筋があわ立つような不安を真横から感じた。
恐る恐る顔を向けると、第三倉庫のドアが開いていた。覗いているのはのっぺりとした闇。まるで見合った相手を飲み込むように、窓の近くだけがうっすら白かった。
「…………」
思わずたじろぐ私に対して、葵は物怖じした様子もなく中に入っていく。
「っつ、葵、待てって」
私も慌てて葵の後を追った。
暗闇に包まれて、始めに見えたのはアルミ製の骨組みだった。
ない……? 違和感に気付いて振り返る。アルミ製の棚には、わずかばかりにものが端に寄せられてるだけで、昔見たダンボールや冊子類が全てなくなっていた。確かここは生徒会関係の資料や文化祭で展示されたものとかがあったはずだ。
「――誰……かいる?」
急に立ち止まる葵にぶつかりかけて、私は思案を止めて前を向いた。
うっすら明るい奥に一人、立っていた。薄く唇を上げ、まるで月の光を浴びていたかのように上向きの顔が透けるように白く。女とおぼしきそいつを覆う髪は、エナメル線でできているかのように、わずかな光の中でちらちらと光っていた。
ほんとに、人……なのか? 初めに感じたのはそんな不気味さだった。
「誰……? 白為さんじゃ、……ない、よね」
女の声や振り返る表情は希薄で、体の線は曖昧に闇に溶けている。……まるで人間味がない。私は華奢な立ち姿に、言葉に出来ない不安に襲われた。
全体的に線が細く、制服からのぞく手や足は病的なまでに白くて、黒く長い髪が彼女の動きにあわせて広が――
「あ、もしかしてアキっ」
女が完全に振り返った!