6-2
日はすっかりと落ちて、夜の帳に満ちた中庭。
「探し物かい、お嬢さん」
人の輪郭も闇に溶け、たれそれと問う時間帯は過ぎ去ったが、私は確信を持って声をかけた。
果たして、華奢な影は硬直するように身動きを止めた。
月明かりを吸ったように白い肌、大河の影のように広がる黒髪。……そして、青みがかった闇になんか染まらない、片方だけの漆黒の翼。
瞳の黒を疑うほどの漆黒が上下にゆれ、滲むように消えていった。
黒羽葵。命斗と並び、この高校で右に立つものがない美女。
「どうして、秋がここにいる」
葵が、私がいることに驚いたにもかかわらず、氷のように冷たく言葉をつなぐ。
「生徒会の手伝いですっかり遅くなってしまったんだ。それで適当に歩いていたら、忘れものを取りに来たみたいな子を見つけてね。私でよければ探し物を手伝おうかと思ったわけだ」
とっさにとぼけてみたが、黒く冷め切った瞳が油断なく私を射抜いていた。
にらむだけで熱が引き、凍り付いてしまうような冷たい視線に、私は下手なごまかし通用しないと悟った。頭を振って、薄ら笑いも消す。
「解った。単刀直入に訊く――お前こそ何しているんだ?」
私の剣呑に言った問いかけにも、葵は微動だにしない。ただ、月明かりで白く反射する瞳がじっと私の事を見つめていた。私の一挙手一投足をけん制するように、油断ない視線で睨む。黒い尾のような髪だけが、夜風の中で所帯なさげに揺れていた。
「秋には……関係のないこと」
糸を張り詰めた琴のような、涼やかに響く葵の声が私を拒絶する。私にはそれが、割れたガラス片で脅しをかけるような危うさに思えた。
「関係するかどうかなんて問題じゃあない。今私がどうするかだ」
一瞬だけ、葵の冷え切った瞳に強い光がともった。
「私は確かめると決め」
「貴女には関係ないっ。これ以上、私に関わって貴女が傷つく――」
激流のように声を荒げ、すぐに言葉に詰まる。葵は顔をそらして黒髪で表情を隠した。
二年前、自分の存在に震えていた少女の顔が重なった。
葵は『クロハネ』ではない。今度こそ確信した。
こいつには意図的に他人を傷つけることなんて出来ない。葵がするのは…………他人の傷まで背負って生きていくことだけ。
『私は周りを不幸にしてしまう。それは私の役割で、他の人に見えもしない。けど、私には見える。幸せそうなその人の白い羽根を黒く染めるところも、黒い羽根がその人に不幸を与えてしまうという事実も……全部。なのに私は平然と生きている』
薄氷一枚隔てて、ようやく凛とした姿を保つ少女の独白を今更思い出した。
陽子や家族が支えてくれた二年間を、いやそれ以上に確かな現実を葵は一人で耐え続けている。一度思い込むと私はほっとけなくて、こりもせず彼女に手の伸ばした。
「ばーか、私は昔も今も――」
彼女を覆う影に踏み込んだ瞬間だった。
ガシャン。いきなりガラスが割れたような小高い破裂音が、私の言葉を遮った。
「な、こんどは――てなっ、ちょっ、葵!」
なんごとかと視線を上に向けた瞬間に、葵は校舎に向かって一直線に駆け出していた。完全に不意を疲れて、私は呆然と暗闇に手を伸ばすことしかできなかった。
不吉な音の後には、何も続かなかった。静寂が手に取れそうなほど埋まっていて。
ぽつりと取り残された腕を引いて、そのまま髪をかきむしる。頭の中では解決してないもろもろが再び暴れだしていた。
「ああ、もうっ。どいつもこいつも……、事前に一言くらい言ってけっつの!」
内側から込み上げる不安や嫌な予感を、行き当たりな怒りで塗りつぶして。私は葵が向かった先、不自然なほど白く縁取りされた中央棟へ走った。