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灰羽  作者: 学無
第四章
19/36

4-5

 結局『クロハネ』の手がかりはなかったが、用もない生徒がどうして〝第三〟の周囲をうろついているのか。……理由がない。志刀や西貴によれば、『クロハネ』の影響か、放課後遅くまで残る生徒も少なくなってるらしいしな。

「『クロハネ』は本当に、葵……だったのかな……?」

 違うというのは簡単だ。私が見たのは羽のような何かだったから。

 けど、本当に葵だとして、私に何ができるわけでもない。志刀は私ならどうにかなるような言い草だったが……それは買いかぶりすぎというものだ。

 一人膝を抱えて、思考は堂々巡りし始める。病的な白い顔、黒い羽のような髪、命斗が関わってるという事実……それにふと耳にした噂。

「……ん? けど、最近は葵がどうのって話を聞かないな」

 そこまできて違和感に気がついた。そもそも私は須磨たちに付き合ったのは、葵がこの件に関わってる、という懸念を晴らしたかったからじゃないのか? 今日小耳にはさんだのも、結局のところ葵が体育祭に参加してくれるかどうか、だった。

「だったら、……これでよかった、のか……?」

 確かに須磨の様子が気がかりだったが、きっかけに過ぎない気がする。

 私は葵が『クロハネ』じゃない確信が欲しいかっただけ。そして、実際にも葵が『クロハネ』だと卑下する生徒は見かけない。なら、私は心配するようなことは何も……私が首突っ込むことは何もない。


『私には白い羽根が見える。私は、それを黒く堕とさないといけないから……』


 けどなぜか、二年前の葵の顔がよみがえる。

「なにがどうなってるんだ……」

 自分の気持ちが解らない。『クロハネ』は実在して、須磨の知り合いを襲った。先日見かけた葵は半年前声をかけたときのまま、凛とした背筋で一人影を背負っているように見えた。周囲を突き放して、けど私の知る葵は他人を傷つけるようなやつじゃない。だというのに、私は葵が『クロハネ』でないと確証を持てない。

 それが……許せないのか……?

 考えれば考えるほど、こんがらがる思考の中、私は一人の男子が目にとまった。

「……須磨は、何か分かったのかな」

 リレーの練習をしている須磨は、冷めきった目で前の走者を見据えていた。

 あいつは、知り合いを『クロハネ』に襲われて、それを防げなかった責任を取りたがっているらしかった。

 けど須磨は、数日前からずっと大人しかった。私が何が見たのか、あるいは何かあったか問い詰めるでもなく、自分で調べてるそぶりもない。それどころか私に不遜な態度を表すことすらなくなった。宿題とか、授業中の質問に対する答えとか、それこそ毎日のように言われた嫌味もぱったりとやんでる。

 教室には平然といて、私との距離だけが二ヶ月くらい逆戻った感じだった。須磨の変化だけが、当たり前になった日常の中で唯一違う……わけ、……でもないか。

「……自分勝手だな、私」

 その、嫌味ったらしいほどの須磨がおとなしくなった原因も、自分が靄も感じている原因も結局は――

 と考え込んでいるうちに、須磨の元へ志刀は歩み寄っていった。眼鏡をかけなおす須磨に、志刀が何か話しかけ、須磨が神妙に頷く――と、

「アキ、やっぱり顔色悪いよ。それも最近、ずっと……。具合、悪いなら、……保健室行こ?」

 目の前に陽子の顔が現れて、私は慌てて俯いた。もう遅いとは思ったが、陽子には暗い表情は見られたくて、両手で表情を揉んで顔を上げる。

「ううん。一人体を動かしてないから少し寒いだけ。……だから、平気。だいたい陽子は心配しすぎなんだって」

「それはアキは、自分を大事にしなさすぎ……まあ、今更だけど」

 陽子は溜め息をつく。ちょうど今来たところなのか、頬が上気していて、額や首筋には汗が浮かんでいる。息も少し上がっていた。

 眉間に皺を寄せているのは、しかし、疲労感が原因じゃないだろう。

「疲れたぁ、私もアキみたくサボってようかな」

 陽子はわざとらしく愚痴って、勢い付けて私の横に――というよりも、半分くらい私を押しのけて座った。

「……ちょ、あのなぁ陽子。私を見学にしたのはいったい誰だよ?」

 頭をおさえる私をよそに、陽子は寄り添うように肩に頬を乗せてきた。目まで閉じて、早くも吐息を細くし始める。練習で汗ばむ陽子の体は熱くて、ずっしりとした存在感が肩からのしかかっていた。

 汗で黒の濃くなった前髪が風にちらちら揺れ、すっと目を閉じた表情をより健やかで。私はそんな陽子を見て何も言えなくなって、代わりに溜め息をついた。

「聞く耳は持たないですか…………、まったく……」

 寝呆けてるはずの隣がかすかに反応する。私は結滞だと思いながら、気付かないフリをした。

 何も訊かず、何も言わず。だけど離れたりしない、と陽子は私に寄り添ったままだった。それがとてもありがたくて、どうしようもなく後ろめたかった。

「……ありがと」

 だからふがいなさを謝る代わりに、感謝の気持ちを呟いて目をつぶった。



 更衣室で着替えて、少し急ぎ足ながら教室に向かう。

「あっつ~~、結構きついんですけど」

「アツコは飛ばしすぎ、あんなの適当にならしとけば、後は男子がやってくれるのに」

「そうそうっ、西貴くんとか村上くんとかカッコ良かった~、もう、何ていうの、額に汗かく姿が、きゃ~~」

「はいはい、熱いしだるいんだから。テンション無駄にあげんなー、うざい」

 雑談に花を咲かせる女子に中。ふとスカートが揺れてると陽子が指摘した。

「アキ、携帯なってるんじゃない?」

「え、……ああ、うん」

 言われて気づいて、今だに慣れない手つきで携帯を開く。

 送り主は、……命斗だった。

「あれ、会長のメアドなんていつ手に入れたの?」

「ああ……、うっかり携帯を持ってることがばれたときにな、……嬉々として勝手に入れられた」

 すご。とか、うらやましい。とかいう黄色い声が聞こえる中、私は眉を寄せた。

 命斗が私を呼びつける時は、大抵用事を押しつけてくる。今の時期なら体育祭、文化祭関係だろうが、頭の中には先日の命斗の疲れた笑みと、夜の闇の中に見た黒い羽……『そのうちお願いするかも』という不吉な言葉が心臓を締め付ける。

 いざメールを開き、……眉間のしわが三センチくらい深くなった気がした。

『先日発見された大量の寝袋について』

 という文で始まるメールは、ダラダラとした報告書がつづられていた。早朝大量の寝袋がグランドに捨ててあっって、どう対処したかというもの。パソコンで打ったものらしく、改行もデタラメだった。

「……て、何で表示が命斗になってんだ……?」

 知らず呟いて……身構えていた肩から力が抜けていった。

 意図の分からないメールに目が鋭くなった頃、最後の文章が目に入った。


『今日の放課後、生徒会室に来てね(>人<)』


「…………はあ?」

 どこからそんな話が出て来たのかわからず、私は思わず足を止めてしまった。後ろを歩いてた子が背中にぶつかって、私は慌てて道を譲る。

「わ、悪い」

「いーよ。いっつも間をはずしてるもんね、あっきーは」

 その子は髪を三つあみにしながら、あははと笑って自分の席に歩いていった。

 私はいつから『あっきー』って呼ばれるように……でなく。私は目を凝らしてもう一度メールを読み直し――半分くらい読んでやめた。

「授業始めんぞ―。おらおら、何で男子どものほうが席についてないんだよ!」

 教師のやる気があるようなないような声が聞こえて、遅れるようにチャイムも鳴る。

 私はもやもやしたものを抱えたまま着席した。 

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