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「どうしたの、顔色悪いわよ? 保健室でも行く?」
百合香は肉厚の唇を吊り上げた。パッチリとした瞳が蠱惑的に細められ、私を誘うように微笑む。
「いや、エンリョしとくよ」
私は苦笑で答えたが、どうにも頬が硬くて、疲れた感じになった。百合香なら、ここぞとばかりに『弱ってる今が――なんでもないわっ。それより顔色悪いわ、私とっ、一緒に保健室へ!』とか鼻息を荒くするかと思ったが、歪む唇を若干緩め、胸の谷間に手をあてがうにとどまった。こいつにもTPOの概念はあったらしい。
「遠慮は必要ないわよ。私とささちゃんとの仲じゃない? 絹一つまとわない姿で、二人よりそって、上の唇に濃厚なキスをして、それからそれから……」
……前言撤回。声のトーンこそおとなしいが、百合香が自分の妄想にもだえていた。
「百合香~~、それ以上百合っ子してたら彼氏泣くよ~~?」
廊下の先で、けらけらと笑う声に百合香は不機嫌を隠すことなく振り返った。
「あんなのドーデもいいのよ! 男なんていくらでもいるし。それにあれはデート引っ掛けて、気前の安売りするしかキョーミないのよ。そのくせ、あっちから誘っておいて、待ち合わせの十分後に平然とした顔ってどういう神経してるのよっ。ありえないわっ」
いつか待ちぼうけにでもあったのだろうか。百合香は立腹な様子で、私から離れて声の主の方に小走りしていった。
背中に流れる艶やかな髪を揺らすほど、男は最低だと毒を吐きながら、百合香はどんどん先に行く。途中一度だけ、後ろを振り返った。それも、横を向いたついでとばかりのもの。
光の消えた黒い瞳が一瞥して、不敵な笑みを残す。
私は胸のうちを見抜かれたような気分になって、とっさに胸を押えた。
「…………励まされ、たの、……かな?」
「さあね」
唖然と漏らした独り言に、いつの間にか近くにいた陽子が軽く応じた。
「それより、次は美術室だよっ。ほら行った行った! ただでさえアキはマイペース甚だしいんだから、さっさと行くよ」
陽子は私の腕を抱き寄せるようにしながら、先々歩いていく。
「いやっ、あのな、いきなり引っ張るなって」
「もんどーむっよーうっ!」
窓から差し込む光がごとき陽子の姿に、私は彼女に見えないように歯を噛み締めた。
デッサンで裸体を描きたいと、退場を食らった一名をよそに授業は終了し、昼をはさんだ五時間目は体育だった。
体育祭に向けてクラスメイト達が活気づくのを、私は木陰に座って見つめていた。私は大丈夫だと主張したけど、なぜか陽子、志刀、百合香他多数がそれを押し切られた形だ。
『小学校のころなんて、週に三回は保健室にいたんだから、無理は禁物!』
とは陽子の言い分。本当のことだけに、強く反論もできなかった。
「もう自分の要領くらい把握してるよ……。それに、本当は体でも動かしてたいんだけどな」
遠くで右往左往するクラスメイトたちを見ながら溜め息をつく。
私一人影に沈んでいくような、そんな隔たりを感じた。
数日たっても疑問は消化できない。むしろ時間が進むにつれて、気分は晴れるどころか沈んでいく。志刀たちと学校に伸びこんだ夜、私が見た黒い羽は、間違いなく死神と呼ばれるものの象徴だった。そして私の知る死神は一人だけ。