4-1
――バスが転落した。
一瞬体が浮かび、すぐに重力が戻ってくる。重力と浮力の間に押しつぶされながら、上下は何度も入れ替わり、あちこちと体をぶつけるうちに意識も失った。
けど私の意識は急に覚醒した。車内を埋め尽くしていた阿鼻叫喚が止み、代わりにまとわりつくような生温かい闇に包まれていて。その中に赤と白と……茶色と、黄色と、何かと何かと……
なに、……これ。理解が追いつかない――いや、理解したくない!
けど、徐々に薄闇に慣れてきた目は、はっきりとそれらがなんであるかを理解した。
力の抜けた腕、骨がむき出しの何かっ。きれいなピンク色がどす黒い油で淀んでいて。人の皮膚を焼いたようなひどい臭いに、むせかえり胃の中のものがこみあげる。
えずく私の後ろから何か頬に触れた。陶器のように冷たい手が、顔を両側から押さえ、視線を目の前の惨状からそらせないようにする。私はなすすべなく、それらを見つめるしかない。
いや、見たくない! ……いやっ。違う! 私は何もしてな――
『私には白い羽根が見える』
雪を思わせる、もろくも冷たい少女の声が響いて、首筋に冷たいものが走る。目をつぶり視覚からの情報はなくなったが、腕や足へと触れる生温かく、ぬめりけのある何かの感触が生々しく這い上がってくる。
こわごわと目を開けて、私はそれを直視してしまった。
私の周囲を囲み、まるで生存者にたかるゾンビのようにはいつくばる、乗客だった者たちを。肉の断面があらわになり、折れた腕の骨を杖みたいにして、ゆっくり、ゆっくりと私の体を上ってくる。皮膚の半分がただれ、むき出しになった目玉が、私を見て笑っていた。
私は動けなかった。足がすくんで、背筋が泡立って。ただ腐臭漂う吐息が近づいてくるのを、身を縮めて耐えるしかなかった。
そして、わずかな逃げ道さえ奪うように、背中をやわらかいものが包んだ。
【 ――許さない 】
耳元でささやかれた声。小刻みに揺れる視線を向けると、雪のような肌や、闇よりも暗い髪まで血で染めた葵と目があった。葵は光の消えた目で、私ではなく、もっと左、……下を見ていた。
私はその視線を目で追って、震えながら左手を持ちあげた。妙に柔らない物が零れ落ちていき、滴れ落ちる血の中から黒い羽根が現れた。
血のりを押し固めたように黒い羽根は、しかし灰のようにもろく崩れていく。
はっとなって私は顔を正面に向ける。葵は、いつの間にか人垣の向こうにいて。鉱物的な瞳で、私を見下ろしていた。
【 ワタシハ、オマエヲ、ユルサナイ 】
まとわりつく生温かさで私の全身は覆われた。