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灰羽  作者: 学無
第三章
11/36

3-2

 月明かりはなく、懐中電灯の頼りない円に照らされるしかない廊下。

 昼間の喧騒が脳に焼きつく分、冷たく闇へ延びる一本道が、不可視の寒気を髣髴とさせる。今この空間には、雨の日のように二人の上履きがキュッキュと音を響かせる――

 ……なんて、脳内で勝手に盛り上げてみたが。やっぱり私には、校舎は校舎にしか見えない。無機質に並ぶ教室なんて、そろそろ見飽きてきたものだ。

 そんなすさんでいる私とは対照的に、志刀はそわそわと落ち着きがなかった。

「夏の時にも思わなかったけど、夜の学校って結構雰囲気ないか?」

 頼りない光に劣らず情けない志刀の声。

「それは夏とは違って肌寒いからだ。肌が感じる寒さを、霊的な寒気を混同してる証拠。そのせいで、周囲の暗闇も意味あり気に見えてくる。幽霊屋敷とかだって、まずは設定とかその場の雰囲気作りから入るだろ? それと同じ」

 私は呆れたふうに言ったものだ。顔を見てないから正確には解らないが、隣からいくばくか緊張が抜けたようだった。

 喉の奥で笑うような声が廊下に追加されて、暗闇も少しは薄くなった気がした。

「じゃ、いっちょいきますかっ、なっ?」

「ああ、さっさと終わらせて、帰って寝る」

 無駄に勢いをつけて、私たちが回るのは北棟の二つと、例の『クロハネ』。

 手始めに四階美術準備室の『腕を食いちぎる真実の口』、そして二階空き教室の『午後九時の会議』を回ることにした。

 結論から言えば、どちらとも収穫と呼べるものは一切なかった。

 強いてあげるならば、鍵が多すぎて探すのが面倒だったことと、二つ目の空き教室に入った瞬間、奇怪な文様の入った寝袋が所狭しにあって言葉を失ったくらいだろうか。

 某地上絵やピラミッド、幾何学模様、そんなものどこで売ってんだと溜め息も出ない。

 自己主張極まりないそれらを、私は無言で窓から捨てた。全部。背後では、志刀が生霊でも見てしまったかのように顔色が闇に溶け込んでいた。

 そして今は北棟から中央棟に向かう最中だ。

「はあ、やっぱろくなものないなぁ。知れば知るほど、興ざめって言うか、何つうんだっけ、こういうの」

 目が暗闇に慣れてきたのか、懐中電灯もつけず志刀が廊下を先行する。さっきまでは微妙な距離をとっていたというのに、それも今はいつもにも増して近かった。

「それよか、『お前も手伝え』って冷めた感じで命令した――い、いやなんでもないです、はいっ」

 こいつの中での私の性別は、果たしてどっちなんだろうか。考えてみると、気が楽なような重たいような……よく判らない。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花……だったか」

 私がそんなことわざを引き出すと、志刀は『そんな言い方があったんだな』とか、子供みたいに笑っていた。あまりにものんきな態度に、さっきまでのびびりはなんだったんだと鼻を鳴らした。

 そんな不遜な態度に出る私にも、志刀は笑みを絶やさない。

「けど、意外だったよ。笹本が参加してくるなんてさ。俺や宗治はなんだかんだ言ってお人よしっつうか、ノリがいい方だから解るけどよー、笹本って目立つのが嫌いっつうか、人の事どうでもいいって感じに見えるしさ」

 無邪気な笑い声に乗せて、志刀が今更のようにぼやく。志刀たちの方から誘ってきたってくせに、ひどい言われようだ。

「何だ、不服か?」

 私が険悪に睨みあげても、志刀の笑顔は崩れない。それどころか、わざとらしく視線を外すような、からかう余裕まであって、いまいち張り合いがなかった。

 そのうち一人で鼻歌を歌い始めて、もう勝手にしろと私は窓の方に視線を向けた。

 時々澄んだ風が葉音を響かせるのに、肝心の木々は闇に同化して、目を凝らさなければ見分けることが出来ない。まるで私たちの方が、ぽつんと取り残されたような気分になって。景色はどこまでも一色で。けど、こんな〝見えないもの〟が不安を煽るなんて、理解できない。

 自分が取り残されて怖いのは、変化が見えてしまうから。いつも見ていたはずの景色が、突然――

「そういえばさ、」

 沈みかけた思考を、志刀の間延びした声が救い上げた。ほんと……、どうして無意識な時だけ、タイミングがいい奴なんだ。

「なに?」

 薄闇で表情まで見えないと思いながら、顔を背けたままで聞き返した。

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