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灰羽  作者: 学無
第三章
10/36

3-1

 集合は八時。須磨は低いトーンで告げた。

 部下や先走り組(文化祭の準備)はもちろん、教師たちも帰った後の方がやりやすいからだとか。それについて私も異論を挟む気はなかった。

 全員いったん家に帰り、夕飯や風呂まで普段どおり過ごした。

 案の定、女二人には中学生のようなテンションで絡まれた。

「なになにアキ~、逢引? 夜の街で家までお持ち帰りだったり!? うっわ先こされちゃった? で、相手って、――ああっ、志刀君ね」

「おろおろろろ、アキちゃんが知らないうちに遠くに」

 姉さんや母さんは、二人ともせっかくの美形がふやけていた。

「あんたらは自分の娘をなんだと思ってんだ……」

『可愛いオモチャ』

 即答だった……やるせない。

 それから友人と遊びにいくだけと説明するだけで、私はぐったりと疲れてしまった。

 ダラダラテレビを見ていたら七時半くらいになって、そろそろかと腰を上げる。

 二階に上がって私の部屋へ。風呂上りで着ていたパジャマを脱ぎ、簡素なTシャツを被る。下は少し考えて、結局大きめのパンツを穿く。夜も更けて肌寒そうだと思い一枚上に羽織った。

 下に降りると姉さんが少し残念といった顔をした。ほっといて、と口には出さず、代わりに憮然とした声で、

「行ってきます」

 と挨拶した。姉さんは残念がる表情のまま、私を見送る。

「いってらっしゃ~い」

 呆れた声を背に受けて、私は家を出た。

 私の家は、駅前から一本二本と裏道に入った所の住宅街にある。おかげで煌びやかな街の明かりとは縁遠く、真下を照らす街灯だけがわずかばかりの明るみを作るのみ。

「思いのほか寒いな……」

 誰に言うでもなく呟いて、少し早足になって初めの突き当りを左へ折れていった。

 学校までは大体一五分ほど。行き先は駅前の一歩手前という感じ。

 これが他の高校だったら更に駅まで行って、五分十分と電車に揺られ。という感じになっていたんだろう。電車のドアに寄りかかる自分を想像して、街灯で出来た自分の影が伸びた気がした。

 学校に着いたのは十分前。白く浮かび上がった校舎の時計が合ってるのか怪しいが、多分大きな間違いはないだろう。

 校舎が見えてきて、今更ながら門が閉まってる可能性が浮かんだ。

 正門を乗り越えるか、それともグランドのフェンスを越えるか。どっちにしろ乗り越えるのかと、嫌気が差しながら正門まで歩いていく。

 すると門は右側が開いているようだった。

「私が最後なのかもしれないな……」

 集合は玄関前ということだったので、北棟の方に回る。

 先に来ていたのは須磨と西貴。志刀の姿はと探していると、西貴がニヤついた様子でまだ来てないと告げた。

 西貴は私の驚く顔を見て軽く笑ったが、須磨は開口一番『遅い』と激昂した。

 西貴たちに陽子は来ない旨を話してるうちにて志刀も来て、須磨は同じことを言った。 こいつ、それを言うためだけ一番に来たとかじゃないよな……シニカルに笑う須磨を見て、ひそかに眉を寄せる。

「これで全員だな」

 四人集まったところで、黒いコートを羽織った須磨が切り出す。

 話は簡単だ。これから校舎に勝手に入って、二手に分かれて散策した後、怪談についてつかめたことを報告しあう。それだけのことだ。

 私は説明の虚ろに聞き流しながら長方の建物を見上げた。

 暗がりに立ち並ぶ北棟の側面が、これから起こるそれらを明示するかのように不気味に切り取られていた――とは思えず。これからこの中を歩き回るのかと、今からやる気がそがれていった。

「あのさ……ひ、日野はこないのか?」

 こわごわとした声が聞こえたと思ってみれば、近くで志刀が身を縮めていた。背後霊を探すように視線を右往左往させる。そういえば志刀には言ってなかったな。

「ああ」

 陽子は中学も一緒だったし、家の位置も比較的近く、そのため一緒に帰ることも多い。

 今日も学祭が近いだの、体育会で私の有志が見られるだの、そんな話をしながら帰っていると陽子の携帯が鳴った。最近ぱっと出てきて、もう聞かなくなったラブソング。

『とう、さま?』

 相手は躁太さんらしい。呆れた顔で笑う私の手前、陽子は渋い顔で携帯を開く。

 最初は声を低くしていた陽子も、話が進むうちに目を大きくして、それから弾む声で笑っていた。

『なんだか父様が帰ってくるみたい。無理を押して残業だけは避けたんって』

 夕飯だけでも一緒に、という愛情の深さに私は素直に良かったなと安堵を漏らした。

 陽子は躁太さんとこの集まりを天秤にかけて悩んだが、私が、

『せっかくだから躁太さんに甘えてやれ』

 って言ったら、後髪を引かれるような顔をしたが、

『うんわかった、今回はパスする』

 最後にふっくらとした口元は、残念、とからかうように言った。

 そんな説明をしてやると、志刀は重々しい溜め息を漏らした。やつれた感じの表情で、顔色もそれほどよくはなく。それでも疲れを隠すように苦笑した。

 放課後の時は何でもなかったのに……夜の学校はそんなに怖いのだろうか。だったら、陽子の伝言は言わない方がいいかもな。

『そうだアキ、志刀君に伝えといてね?』

 夕日前の、赤黒い空を背にして、

『私は、行けない(・・・・)から』

 志刀に忠告を残す陽子の目は、決して父の帰宅に浮かれてはいなかった。

「笹本、その格好じゃあ寒いだろ。家に戻って、上着を着てきた方が良くないか? 俺らは家まで距離あるし、何なら自転車貸してやろうか?」

 私が自分の腕を抱いていると、須磨を打ち合わせをしていた西貴が近づいてきた。 

 西貴の格好はジーンズに、ボコボコとしたこげ茶色のジャケット。ジャケットの袖が短く見えるのは、そういうデザインなのか、単純にこいつの背が高いのか。どちらにしろ、少し大げさな感じがした。

「大丈夫だよ。私は基本心が冷め切ってるから、体表面はあったかいんだ」

 ほら証拠に。と私は左手を差し向けた。

 西貴は私の手を取ってみて、それから納得したように頷いた。頷かれると少し複雑な気分だ……

「それで、予定は決まったのか?」

「ああ、だいたいな」

 首をかしげると、西貴はいつもの笑みを浮かべた。

 それから二つの懐中電灯と、四つ折りの紙を手渡される。……紙? 何が書いてあるんだ、と疑問に思いつつ紙を開いた。

 紙は全部で三枚あって、書かれていたのは――建物の絵、……見取り図か?

「上から順番に北棟、中央棟、南棟。で、赤で塗ってあるとこが怪談の的になってる場所。怪談は裏庭のやつもあるけど、それは夏休み同様、無視の方向で。俺と須磨は南から回るから、笹本は歩を連れて北から回ってくれ」

「ああ……て、ちょっと待て。このチェックポイント、南の方が多くないか? これだと、例の『クロハネ』を回るのは……私たちに……」

 もしかしなくても私に押しつける気だと気付いて、西貴が歩いてきた方向を睨む。

「須磨、お前発信のくせして、どうしてお前自身が回らないんだ?」

 私は無駄だと思いながら須磨に問いただす。

「ふん。その理由はすでに言ったはずだ。やはり、日野君の方が物分りがいい」

 やはりというべきか、返ってきたのはトゲのある言い草で、肩を透かす須磨のコート姿があった。

「ボクが行っても仕方がないだろう? ボクはどうしても怪奇現象に偏った見方をする。冷静な解釈をするために、君を呼んだのだからな」

 嫌味っぽく唇を歪めながら、芸もなく同じ言い訳を言う。こいつは何も言う気がないらしい。今もこうして私を逆なでする。そんな安い挑発に私が乗るとでも思ってるのだろうか。

 私は臆面なく意地を貫く姿に嘆息し、話題を変えることにした。

「それで、これからどうすんだ? 横に回って、渡り廊下から入って、……けど、さすがに校舎へ入るドアや、教室の鍵は掛かってるだろ」

 すると、須磨は眼鏡の奥に嫌味な色をたたえて、優越感を滲ませるように鼻で笑った。

「当然、正面から入るに決まってる」

 須磨が手を持ち上げると、甲高い、金属が擦れる音が付随する。

 昇降口のガラス戸を慣れた手つきで開け、にやりとほくそえんで振り返る。

 今、理解した。こいつ、常習犯だ。

「さあ、これが北側の鍵だ。いったん職員室に行って、教師がいないか確かめる。それからは別行動だっ、いいな!」

 眼鏡が白く浮かび上がるほど張り切る須磨に続きながら、後で没収だなと冷たく目を伏せた。


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