プロローグ
笹本秋はふとしたきっかけから、人の幸運・不運の兆しが見えるようになった。
幸福になる人には、白い羽根。
不幸になる人には、黒い羽根。
また、普通の人には見えない片翼を持つ二人の少女、白井命斗と黒羽葵の出会いが彼女の人生に大きな転機をもたらした。
人の幸せは、彼女たちが与える白黒の羽根によって決まる。
そんな理不尽に振り回せながら、自分の存在意味を探していく。
ある休みの日、連れがようやく休みが取れたと言うので、私は最近出来たばかりで、かねてから来たかったショッピングモールに遊びに来た。
正面から入ると一階から三階まで吹き抜けとなっていて、縦に横にと広がる展望は圧巻だった。さまざまなブランドの洋服店が立ち並ぶ二階きらびやかで、お菓子のような甘い匂いがどこからとも泣く漂ってきたり、玩具屋や本屋、雑貨屋など、ここにないものはないんじゃないかと子供みたいにはしゃいでしまった。
そして人も多かった。子供と肩に乗せたり、手をつなぎあっていたりする親子。なかむつまじく話し込んでいる年の離れた女性たち。男一人女一人と言った組み合わせも多かったが、傍から見た力関係も千差万別でおかしかった。
そんないろんな顔をした人たちが、それぞれの時間を楽しんで、私の目の前を過ぎていく。それが少し胸の辺りに冷たい風を吹かせる。
私は人ごみがあまり好きではない。自分ひとりが取り残された気分になるから。
通勤時の駅前を切り取ったような喧騒は私を取り残して通り過ぎていく。一人が表情を明らめ、手を振った。けれどよく見れば、彼は私ではなくたまたま隣にいた彼女を見つめていた。
ほんのちょっとだけ上げた腕を、静かに下ろす。
どんなに人が集まっても、私は彼らの仲間でないと言う現実が胸の深く突き刺さる。
せめて隣にいてくれれば――と、連れは携帯片手にどこか消えた。
会社から連絡があって、聞けば苦い顔で問題があったのだと。
連れは売り込みの営業マンで、プリンターといった事務用品から家具・家電、さらには健康食品から各種保険などなど……。依頼があれば何でも売り込むという会社に勤めていて、休日返上の当たり前、平日も朝から晩まで走り回ってると聞いてる。
街でたまたま会社の社長にであったことがあったが、しゃれたシャツが残念に伸びるくらいには恰幅がいい方だった。……さぞ、心が広いんだろう。
私と電話口の間で何度も泳がせて、見る見るうちに顔が青白くなって、額からは汗だらだらと流れ出す。かけなおすと電話を切ったかと思えば、ごめんと一言残して出口に歩いていった。
『いつか埋め合わせはするから』
と謝られても、いつになるかも分からない。でも私は微笑んで彼を見送った。
せっかくの休み。少しでも時間を無駄にしないよう、下調べもして、彼の負担も少なくなるように考えて。行く前から何度も計画を練って…………。結局楽しむ相手がいなくなって、やっぱり私は不貞腐れながらモールの中を歩き回った。
少しでも止まってしまえば、そのまま波にさらわれてしまう気がしたから。
けど、私はふと足を止めた。
目の前にいた一人の男の子が妙に気になったから。
本屋の店先、それも見本だろうと設置された棚の前。その子は熱のこもってない目で、棚の一点を見つめていた。ぎざぎざとした髪で顔の両サイドを覆い、頬をラインを曖昧にする。それがすっと通っているようにも、線が細いようにも見えて。
中世的な顔立ちに、月明かりが映えるようにかげりが落ちていた。
その横顔を一目見て、彼の生い立ちを理解してしまったような気がした。それは大げさだとしても、きっとこの子は私に似ている。それだけは確信を持った。
足音を隠して、伸び始めた髪を揺らしながら歩み寄る。
「〝私色の羽〟……か」
「っ――!」
男の子が勢いよく振り返る。瞳の奥を揺らし、唇の端を引きつらせていた。そして私の背後を見て、そのまま表情が氷付けになる。
私の肩……、ふふ。さぞ大きな白い羽根が生えてることだろう。
本当は息苦しいほど寂しくて。けど目に見えるそれは一般には到底受け入れられるものではない。結局、頼ってはいけないと自分を戒めるような瞳。私の背後を見てその瞳は更に揺れを増す。それがひどく痛々しくて、同じくらい懐かしい温もりが込み上げる。
「大丈夫――」
私は穏やかに微笑み、膝を追って視線をその子に合わせる。
「君はまだ知らないだけ。……だからこれをあげる」
その子が見ていたものを同じ本を鞄から取り出して、不審そうな表情を無視して押し付けた。
『お前は悪くない』……なんて言葉は慰めですらない。
だから少しだけ節介を焼く。
昔の自分に、支えてくれた人が大勢いたように。
誤字脱字、説明不足など、容赦なく突っ込んでください。