表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも、朝が来る  作者: 八雲 海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

第七話 限界の朝

六月になった。

四行目の銀行から返事が来た。

封筒を開けた。

「今回はご期待に添えない結果となりました」

お断りの文章は丁寧だった。それがかえってきつかった。

志乃はその封筒をテーブルに置いて、しばらく見ていた。

五行目を当たるしかなかった。


その週、志乃は五行目の銀行に電話した。担当者に会えたのは三日後だった。

また事業計画書を説明した。何度目かわからなかった。

担当者は四十代の男性で、話を聞きながら何度か腕を組んだ。

「ベビーシッター派遣、需要じゅようはあると思いますよ。ただ実績がないと、うちとしては——」

「実績は、これから作ります」

「そこが問題でして」

志乃は深く息を吸った。

「実績がなければ融資できない。融資がなければ許可が取れない。許可がなければ実績が作れない。そういうことですか」

担当者は少し目を泳がせた。

「おっしゃる通りで、難しいところで——」

「わかりました」

志乃は立ち上がって、頭を下げた。


帰り道、雨が降り出した。

傘を持っていなかった。

志乃はコンビニに飛び込んで、五百円のビニール傘を買った。

レジで小銭を出しながら、財布の中を見た。

諭吉ゆきちが二枚。あとは小銭だった。

今月の家賃をどうするか、まだ決まっていなかった。


家に帰ると、俊一がいた。

珍しく定時ていじで帰ってきていた。

リビングに入ると、俊一とお母さんが向かい合って座っていた。あかりは俊一のひざの上で眠っていた。

「おかえり」と陽子が言った。

志乃は濡れたコートを脱ぎながら言った。

「また断られた」

俊一は何も言わなかった。

陽子も何も言わなかった。

志乃は椅子に座った。疲れが、足の先から頭まで全部に来ていた。

「もう無理かもしれない」

声に出したのは初めてだった。

自分でも驚いた。

俊一があかりをそっと横に寝かせた。

「飯、食ったか」

「食べてない」

「食え」

それだけだった。俊一は台所に立って、冷蔵庫を開けた。

陽子は志乃の手の上に、自分の手を重ねた。

何も言わなかった。ただ重ねた。

志乃はうつむいた。

涙が一粒、テーブルに落ちた。

一粒だけ落として、志乃は顔を上げた。


俊一が作ったのは、卵雑炊たまごぞうすいだった。

不格好だったが、温かかった。

三人で黙って食べた。あかりが途中で起きて、陽子があやした。

食べ終えて、俊一が言った。

「一個だけ聞いていいか」

志乃はうなずいた。

「本当にやりたいのか」

志乃は俊一を見た。

疲れていた。お金もなかった。銀行にも断られ続けていた。

それでも。

「やりたい」

俊一はうなずいた。

「なら続けろ。金のことは、もう少し考える」

多くを語らない男だった。でもその一言で、志乃の背骨がまた立った気がした。


その夜、寝る前に志乃はノートを開いた。

今日断られたこと、財布の中身、残りの選択肢。全部書いた。

最後に一行書いた。

それでも、明日がある。

ノートを閉じて、電気を消した。

暗闇の中、あかりの寝息が聞こえた。

小さくて、均一きんいつで、揺るぎなかった。

志乃はその音を聞きながら、目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ