第4話『ちょっとした荷物』
――葵ルミカ――
自己紹介も終わり、オリエンテーションをこなして、今日はそれでおしまい……のはずだった。
「明日配る教科書、準備室から教室まで運びたいんだけど」
帰りのホームルームで、田中先生がそう言うと、教室の空気が張りつめる。
……絶対、選ばれたくない!
きっとみんなそう思ってるはず。
せっかく半日で学校が終わるのに、居残りなんて最悪すぎるもん。
「じゃあ、葵さん。ちょっと手伝ってくれる?」
「は、はいっ!」
思わず返事をしちゃったけど……
絶対これ、金髪が目立ったから選ばれたんだ……!
「あとひとり……」
田中先生は教室を見回して、もう一人探してる。
だって、わたし一人で全員分の教科書なんて、さすがに持てるわけがないし。
「じゃあ、あたしやります」
ナナが控えめに手を上げる。
”ナナ様〜!”って思わず手を合わせたくなるのを、なんとか抑えた。
「ありがとう。でも、ここは男子がいいな」
先生のその一言で、ナナが選ばれることはなかった。
……え? ちょっと待って。
わたし、男子と二人で教科書運ぶの!?
「大丈夫。先生も手伝うから」
察したのか、先生はわたしにそう言った。
「じゃあ俺、手伝います」
そう言ってまっすぐ手を挙げていたのは――《《あの》》高木くんだった。
――山月ナナ――
なんだか、すごい面白いことになった。
あのルミカが男の子と二人で残るなんてねぇ〜。
しかも相手は、あの”ヒーローくん”。
まあ、彼なら大丈夫でしょ。
あんな自己紹介、普通じゃできない。
ちょっとびっくりしたけど、逆にそこまでまっすぐな人って、あたしは嫌いじゃないし。
それにしてもルミカ……
さっきからずっとこっち見て、目で「助けて」って訴えかけてるんだけど。
でも、知らんぷり知らんぷり。
じゃあ、あたしは先に帰ろっと。
――葵ルミカ――
「じゃあ、ここが準備室だから」
田中先生がわたしと高木くんを案内する。
ちょうど先生がドアに手をかけたそのとき――
「田中先生ー?」
職員室から呼ぶ声がした。
準備室は職員室のすぐ隣で、話している先生たちの姿も見える。
わたしたちは準備室の前で立ちつくしたまま、田中先生を待っていた。
しばらくして、先生が申し訳なさそうな顔で戻ってくる。
「ごめん、急用できちゃって。教科書、二人で運んでくれる? 運び終わったら、そのまま帰っていいから」
え……ということは、高木くんと二人で!?
「わかりました。全然、大丈夫ですよ」
高木くんはあっさりと答えて、何も気にしない様子で、そのまま準備室のドアを開ける。
中には、教科書の山がいくつもあって、上に『A組』って書かれた紙が載ってる山を見つけた。
「これを持っていけばいいんだよね?」
いきなり高木くんに話しかけられて、思わずビクッとしてしまったけど、すぐに頷く。
教科書は30冊。二人で15冊ずつ……と思ったら、
「それだと重いから、もうちょっと持つよ」
高木くんが、自然な感じでわたしの分の教科書を何冊か持ってくれた。
「あ……ありがと」
ぎこちなく言葉を返す。
よいしょ……って、重っ!
持った瞬間、腕がプルプルした。
一方の高木くんは、スッと持ち上げて、何事もない顔で歩き出す。
その背中を少し見上げながら歩いていると、なんだか妙に落ち着かない。
あー、なんだろこれ……
ちょっとだけ、気まずい……
先生がいたときは話を振ってくれたけど、今は二人きり。
沈黙が続くのもイヤで、わたしは思い切って口を開いた。
「あのさ……自己紹介のとき、言ってたじゃん。ヒーローに憧れてるって」
「うん。言ったね」
振り返った高木くんは、ちっとも恥ずかしがる様子もなくて、ちょっとだけ戸惑う。
「そういうのって……昔からずっと?」
「うん。ちっちゃい頃から。ヒーロー番組のヒーローがさ、”誰かを助けるために戦う”のが、すごくカッコよく見えたんだよね」
「ふーん……でも、さすがにちょっと浮いてたよ?」
「だろうね」
高木くんは笑った。
肩をすくめて、全然気にしてないって感じ。
「でも、ウソついて無難なことを言うよりは、本当のこと言った方がいいかなって思ったから」
……自分にウソつかないの、そんなふうに言えるんだ。
わたしは、うまく言葉が返せなかった。
なんか、そういうのって、まっすぐすぎて、ちょっとだけズルい。
「……ふーん。変な人」
「よく言われる」
また笑った。
わたしはその横顔をチラッと見ながら、黙って歩き続ける。
さっきまで重かった教科書が、なんだか少しだけ軽くなったような気がした。
そうこうしてるうちに、教室に着いたわたしたち。
「よし。ここで大丈夫かな」
高木くんが教科書を教卓の上に置く。
そのあと、わたしがドサッと教科書を置いて、少し息をつく。
……腕、ちょっと筋肉痛になりそう。
「助かったよ。ほんと、ありがとう」
今度はちゃんと言えた。
「うん。よかった」
高木くんはニコッと笑って、そのまま自分の荷物を持って帰ろうとする。
「あ、ねぇ……」
思わず声をかけそうになった。
でも、なにを言えばいいか分からなくて、一歩踏み出しかけた足が、床に小さく音を立てて止まった。
「また明日」
そう言って、彼は一度も振り返ることなく、廊下の向こうへとそのまま歩いていく。
その後ろ姿は、なんだかサッパリし過ぎていて――少しだけ、さみしく感じた。
”ありがとう”以上、なにも求めない。
さっきのヒーローの話と、少しだけ重なった気がした。
わたしの中に、また言葉にできない何かが残る。
それが何なのかわからないまま、わたしは少し遅れて教室を出た。