第3話『ヒーローの第一歩』
――高木ハジメ――
高見咲駅から歩いて十数分。私立ミライ学園は、そこにあった。
駅からの道には、同じ制服に袖を通した新入生らしき姿がちらほら。
流れに乗って歩みを進めると、視界の先に校舎が見えてくる。
コンクリート打ちっぱなしの壁面に、ガラスの大きな窓。
「学校」っていうより、ちょっとした企業のビルみたいだ――さすがは新設校。
まずは昇降口前の掲示板へ。
そこにはクラス分けの紙が何枚も貼られていて、新入生たちがザワザワとその前に群がっている。
高木ハジメ……高木ハジメ……
“高木”って苗字はだいたい真ん中あたりに埋もれるから、いつも探すのが一苦労だ。
……あった!
俺のクラスは――1年A組。
案内表示を確認しながら、1年生の教室が並ぶフロアへと向かう。A組は一番奥。
扉を開けると、すでに何人かの生徒が教室に入っていた。
黒板に貼られた座席表を確認し、自分の席を見つけて、荷物を置く。
俺は出席番号21番、窓際寄りの真ん中あたりの席だ。
ふぅ、と小さく息を吐いてから椅子に腰を下ろし、教室内をそっと見渡した。
スマホをいじってる人。
きょろきょろと周囲を気にして落ち着かない人。
なかには、茶髪や金髪といった、髪を染めた人までチラホラいる。
――中学とは、まるで雰囲気が違う。
制服も、生徒も、校舎も。
ここから始まるのは、まさに“高校生活”なんだ。
不安がないと言えば嘘になる。
けど、今の俺の中にあるのは、圧倒的な期待だ。
これから始まる毎日。まだ見ぬ出会い。新しい自分。
心の奥で、何かがボワッと灯るのを感じた。
――葵ルミカ――
……やばい。めっちゃ目立ってる。
体育館の中。
静まり返った空気の中で、金髪ロングのわたしの存在は――イヤでも目立つ。
もちろん、今は入学式の最中。
だけど、偉そうな人たちが壇上で何を話しているのかなんて、まったく頭に入ってこなかった。
高見咲駅から学校までの道。
同じ方へと向かう新入生たちの中には、ちょっと制服を着崩してる子もいたけど――
でも、こんな髪色の子、他にはいなかった。
明るい茶髪とか、せいぜいその程度。
金髪なんて、完全に浮いてるじゃん……
ほんと、ナナといっしょに登校できてよかった。
あのとき一人だったら、完全に心が折れてたかもしれない。
わたしは不安に耐えきれず、ナナの腕にしがみついて、学校まで歩いた。
「あたしはアンタの彼氏か」
ナナには呆れられたけど……でも、その言葉すらちょっと心の支えだった。
ラッキーなことにクラスも同じA組だから、ひとまず安心。
ただもう一つ、完全に計算外だったのが――わたしの席。
名前は『葵ルミカ』。
“あおい”だから、出席番号は当然のように1番。
教室の座席は出席番号順。
つまり、教室のドアにいちばん近い最前列の席だった。
……だから、教室に入ってきた全員の視線が最初にぶつかるのは、金髪の、このわたし。
入ってくる人、入ってくる人、全員が一瞬「えっ……」って顔して止まる。
そのたびに心がざわついて、でも平然を装って前を向く。
――別にいいし。
これが“わたし”なんだから。
やりたくてこうしてるんだから、後悔なんかしてない。
……してないけどさ。
だれも話しかけてこないのは、やっぱりちょっと、こたえる。
ナナをちらっと見ると、マイペースに本なんか読んじゃってるし……
この教室に座ってる間中、わたしの心臓はずっとバクバクしていた。
ほんとに大丈夫かな、わたし――。
――高木ハジメ――
入学式が終わって、ザワザワと落ち着かない教室の空気。
1年A組。ここが俺の新しい居場所。
窓から差し込む心地よい陽の光のせいで、思わずウトウトしそうになる。
正直入学式の時からヤバかった。
……でも、担任の田中先生の声がそれを許してくれない。
「じゃあ、出席番号順に自己紹介していこっかー。前に出て、名前と中学と、あと一言!」
教室の空気が、一気に引き締まる。
そりゃそうか。初対面の人たちに自分のことを話すのって、なかなか緊張する。
出席番号1番の女の子が立ち上がって、前へと出ていく。
「葵ルミカです! 中学は北前第二で……あ、えっと……よろしくお願いしますっ!」
金髪に、着崩した制服。
たしかに目立つ見た目だけど、声はどこか必死で、一生懸命さが伝わってくる。
本当は真面目な子かもしれない。そんな印象を胸にしまった。
そうこうしているうちに、あっという間に自分の番がやってくる。
俺は席を立ち、前へ出た。
周りの自己紹介は、無難にまとまっていた。
「中学ではバスケやってました」とか、「ゲームが好きです」とか。
まあ、普通そうだよね。普通って大事だ。
――でも。
「高木ハジメです。桐ヶ丘中学出身です」
そう言ったあと、自分の心臓の音が、ちょっとだけうるさくなった。
みんなの視線が集まる。
だけど、ここで変にごまかすのは――自分に嘘をつくみたいでイヤだった。
「小さい頃からヒーロー番組が好きで、ずっとヒーローに憧れてます」
一瞬だけ、教室の空気が止まった。
「困ってる人を見たら、絶対に見て見ぬふりをしない。そんな人間になりたいです。よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げると、全身の力がすぅっと抜けた。
気づかないうちに、俺もずいぶん緊張していたのかもしれない。
……しーん。
ちょっと間をおいてから、パラパラと拍手が起こる。
後ろの方から「マジかよ……」って小さく聞こえたけど、不思議と気にはならない。
席に戻ると、胸の中が少しだけ軽くなってた。
――葵ルミカ――
高木くんが自己紹介を終えて席に戻ると、なんだか教室の空気がちょっと変わったような気がした。
「ヒーローに憧れてます」
――その言葉が、妙に頭の中に残る。
あまりにも真っ直ぐで、なんだか真面目すぎるというか、でも変にカッコつけてるわけじゃなくて。
ただ素直に、自分の想いを言葉にしてた感じ。
わたしはちょっとだけ不思議な気持ちになった。
だって、周りにはそんなこと言う男の子なんて誰もいなかったから。
どうしたってみんな、何の部活してたとか趣味の話とか、そういうありきたりな自己紹介ばかり。
でも、高木くんはちょっと違う気がする。
別に顔がかっこいいとか、そういうわけじゃないけど――
あのときのまっすぐな眼差しとか、堂々としてる感じが少し気になる。
でも、”ヒーロー”かぁ……
思わず、わたしは小さく笑ってしまった。
だって、ヒーローなんて現実にはいないもの。
わたしはそれを知ってるから、ふと彼の言葉に不思議な感じがしただけ。
だけど、なんだろう。
あの言葉に引っ張られるように、わたしの中のどこかが、少しだけ温かく感じたのは。