プロローグ
目が覚めたら、空が青すぎた。
「……ここ、どこだ?」
俺――神城レンは、さっきまで確かに現代日本にいた。スマホ片手にコンビニでアイスを買って、歩道を歩いていた。
それが突然、光に包まれて……気づけば、見知らぬ草原に立っていたのだ。
「これ、もしかして……異世界転移ってやつ?」
よくあるラノベの導入っぽいけど、現実に起こるとマジで困る。スーツ姿の神官もいなければ、女神様も説明に来ない。あるのは、風にそよぐ草と遠くの山々だけ。
そんな中、俺の脳内に響いたのは、いかにもシステム音声っぽい無機質な声だった。
《固有スキル『ガチャ』が付与されました》
《スキル詳細:使用することでランダムなスキルを1つ獲得できます。使用可能:1回》
「おおっ、来たかチート能力!」
さすが異世界。説明不足にもほどがあるが、まずはこれを試してみるしかない。
俺は意を決して、右手を突き出した。
「……スキル発動、【ガチャ】!」
キィィィン……という電子音とともに、俺の目の前にホログラムのようなスロット画面が出現した。
ルーレットが回り、カプセルのようなものが勢いよく回転していく。
「SSR来い! SSR来い! できればドラゴン系とか、すごいやつ!!」
カチャンッ!
派手な音とともに光があふれ出し、その場に何かが“実体化”するように現れた。
「え、なにこれ……人……?」
そこに立っていたのは、腰まで届く金髪ツインテールの少女だった。
赤と白を基調とした軍服風のミニスカート。背中には、ありえないほど巨大な剣。
そして、透き通るような碧眼がこちらを真っ直ぐに見据えてくる。
「我が名はアルディナ。千の戦場を駆けた《剣聖》なり」
彼女はスッと片膝をついて、まるで騎士のように俺に頭を垂れた。
「汝が我を喚びし主か。であれば、この命、剣ごと預けよう」
「……え、スキルってこういう感じなの?」
《スキル『剣聖(擬人化)』を獲得しました》
いや、擬人化ってなんだよ!?
俺の混乱をよそに、アルディナは当然のように立ち上がり、俺のすぐ隣にぴたりと寄ってきた。
「では主よ、我に命ぜよ。敵を斬るか、城を攻めるか、はたまたこの大地を征くか?」
「いや、あの、まずは説明が欲しいんだけど!?」
「ふむ、まずは敵の情報を知りたいか。賢明だ。我、早速この地を偵察し──」
「違う違う、そういう意味じゃなくて!!」
スキルガチャ一発目で、美少女が出てきて、しかも全力で主従関係を築こうとしてくる。
異世界って、もっとこう……段階踏むもんじゃなかったっけ!?
……こうして、俺と“スキルな美少女”の奇妙な冒険が始まった。
「改めて名乗ろう。我が名はアルディナ=ヴァルトリス」
ツインテールが風に揺れ、金の髪が陽光を弾く。彼女は剣を肩に担ぎながら、堂々とした態度で俺の前に立った。
「東方第三戦域・蒼炎騎士団《焔の竜騎》所属、戦歴七百二十四戦。討伐対象、Aランク以上五百体以上。称号《剣聖》は伊達ではないぞ」
「な、なんか思った以上にすごい経歴出てきたな……」
「ふっ、当然だ。そもそも我は“スキル”として選ばれし者。主がこの身を引き当てたこと、誇るがよい」
自信満々に胸を張るアルディナ。その胸元の装飾がわずかに揺れて……って、ダメだ、目線が下に行く。
うん、そういう意味でもかなりの高レアスキルなのかもしれない。いろいろな意味で。
「ところで主よ、名乗りはまだか?」
「あ、俺? 俺は神城レン。こっちの世界じゃ完全な初心者。頼りにしてるから、いろいろ教えてほしい」
「うむ、よかろう! 我が主レンよ!」
アルディナはずいっと距離を詰め、剣の柄をトン、と胸に当てて一礼した。
「汝が道を切り拓く限り、我が剣は常にその傍に在る。我と共に、勝利の果てを目指すと誓え!」
……うん、こういうノリ、嫌いじゃない。ちょっと中二っぽいけど、それもまた異世界味だ。
それから数分後――。
「って、いきなり敵来てるじゃん!!」
草原の向こうから現れたのは、背丈ほどもある狼型のモンスター。牙をむき出しにし、低く唸ってこちらを狙っている。
《モンスター:灰獣》
《危険度:Dランク》
「は、初戦がこれってどうなんだよ!? アルディナ、戦える!?」
「任せよ。我が剣は、主の敵を逃さぬ!」
アルディナは滑るような足取りで前へ出る。巨剣を片手で構え、その体勢はまるで芸術作品のように無駄がない。
「――抜刀、構え完了。技、展開」
剣の表面に紋章が浮かび、風が一瞬止まったような感覚が走る。
「《剣技・風斬りの陣》」
次の瞬間、彼女の姿がブレた。
いや、違う。速すぎて目で追えないだけだ!
「ガルルッ――!?」
狼が吠えたのと同時に、その体に十字の斬撃が刻まれた。風が唸り、草を刈り取るような斬線が一閃。
アルディナは敵の背後に立っていた。まだ剣を振り切っていない体勢のままで。
「……散れ」
ズゥゥゥン!!
風圧の余波で地面が抉れ、グレイウルフは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。血すら残さず、まるで最初から存在していなかったかのように。
「ふっ、我が一撃、堪能できたか?」
剣を軽く一振りし、肩に担ぐアルディナ。その表情には満足そうな笑みが浮かんでいた。
「いや、強すぎない……?」
「当然。我が名は《剣聖》アルディナ。これしきの獣、ただの準備運動よ」
「準備運動で一面更地にしないで……!」
俺のツッコミをよそに、アルディナは得意げにツインテを揺らして草原を見渡していた。
どうやら、彼女の剣の才能と自己評価は、比例してとんでもないらしい。
……頼もしいけど、ちょっと目が離せないな。