再会
コーネリアは混沌に陥っていた。
街は業火につつまれ道端には人間や魔族、獣人達が血を流して倒れている。
人間と魔族の戦争が終わり、手と手をとりあって立て直していこうといった矢先に起きた出来事だった。
上空に浮かぶ黒き太陽――アンナが無差別に殺戮を繰り返す。
種族や性別など関係なく、全てを壊し全てを無にするといった容赦ない攻撃であった。
アンナの瞳に、もう光は宿っていない。
ダニッシュはそんな状況のなか、周囲の者たちに避難を促しながらアンナと戦っていた。
目の前に存在するかつての仲間を前に、ダニッシュは語り掛ける。
「もうやめてくださいアンナさん! どうしてこんな、ひどいことをするんだ。 あなたに何があったというんですか」
ダニッシュの言葉に眉一つ動かさず、アンナは攻撃を続ける。
黒い矢のような魔法が、雨のように街に降り注ぐ。
ダニッシュは街と人々を守るため魔法の障壁を上空に展開するが、アンナの魔法の強さに障壁の所々が破られていた。
破られた箇所から黒い魔法の矢が抜け出し、人間の子どもにまさに突き刺さろうとした瞬間。
「――ハアッ! 逃げろ、人間よ!」
矢を弾き、子どもを守ったのは魔族のフェルメスだった。
「フェルメスさん……っ!」
「こちらはいいから、アイツをなんとかしろ人間! アレは……貴様の仲間であろう」
フェルメスが複雑そうにダニッシュを見つめる。
ダニッシュもその視線を感じながら、自分が今何をするべきなのかを思案していた。
アレは……アンナは共に旅をした仲間であった。
レイノスとアンナとダニッシュと、三人で時間を共有したかけがえのない友だった。
ゲルブ村でアンナとは別々の道を進むことになったが、レイノスが必ずアンナを連れ戻すと言ってくれたから、ダニッシュはそれまでに自分が成すべきことを成そうと心に決めていたのに。
レイノスが魔王城に向かって、入れ替わるように現れたのはアンナの姿をしたナニカだった。
異質な存在として現れたアンナは憎悪をその身に宿し、ただただ全てを壊していった。
ダニッシュはそんなアンナをどのように受け止めればいいかわからなかった。
――ただわかることは、全ての種族がつかみとった平穏を守らなければならないということだけだった。
「アンナさん、あなたがどうしてそのような姿になってしまったのかはわかりません。ただわたしは自分が手にしたものを守るため、そしてあなたの友であるものとして――あなたをとめます!」
そこからのダニッシュは早かった。
上空への障壁展開を消し、その分の力を自らの攻撃魔法にそそぐ。
ダニッシュの右手から炎の龍が複数飛び出し、アンナを焼き尽くすため向かっていく。
アンナは右手を横に一振りした。
黒い渦がアンナの目の前に現れ、ダニッシュが放った炎の龍は渦の中に飲み込まれていった。
コーネリアに現れてから、はじめてアンナはその瞳を動かしダニッシュを見下ろすように視線を向けた。
「――友? あなたはいつ友として私を助けてくれたの?」
「え……?」
「あなたとは少しばかり時間を共に過ごしただけ。私の事情をあなたは知らないし、あなたの事情も私は知らない。ただ、それだけ」
「……っ! わたしにとってはレイノス君とアンナさんと過ごした時間はかけがえのないもので、その時間があったから今の私があるんです!」
「あなたにとってはそう。でも私にとっては違う。あなたの言葉も含め、世界のなにもかもが醜く映る」
「醜くって……私たちが一緒にいた時間は輝いていませんでしたか? 楽しく、なかったんですか……?」
刹那――。
ダニッシュのその言葉を否定するかのように、アンナは黒き槍をダニッシュに放った。
ダニッシュは身体をそらして回避行動にうつったが、あまりの早さに避けきれない。
黒い槍はダニッシュの右肩を貫き、その無慈悲な攻撃にダニッシュは愕然としていた。
「もう……私の思いなんて届かないっ。やはりレイノス君、きみじゃなければアンナさんは……」
そんな言葉をつぶやくダニッシュに、アンナは攻撃の準備を始める。
アンナの頭上に無数の槍が顕現し、全てがダニッシュのもとへと放たれた。
「くっ!」
ダニッシュは、右肩の負傷で思うように身体が動かない。
手にした平穏がすぐそこにあったのに……。ラミアさんともに過ごす未来もすぐそこだったのに。
あきらめたくはない。が、動かない身体は目の前に迫る攻撃を避けてはくれなさそうだった。
ダニッシュは目を閉じた。
目前に迫る自らの死の結末を、受入れるかのように。
しかし、その死は訪れなかった。
ダニッシュはゆっくりと目を開ける。
「――俺の託した願いを叶えずに死のうとするとは何事だ。ダニッシュ」
聞き覚えのある声だった。
ダニッシュが待ち望んでいた姿が、目の前にあった。
「……すいません、あなたの隣に立つといったのに。やっぱり私はまだまだ不甲斐ないですね」
「不甲斐ないにもほどがある。お前にはやってもらわなければならないことがたくさんあるんだ、こんなところで躓くな。俺の隣に立つんだろう?」
「……っ! はい――おかえりなさい、レイノス君!」
ダニッシュの前に立つのは魔族の姿をした――レイノス。
ソージアとの戦いを終え、自分自身を取り戻したレイノスがそこにはいた。
「――きたんだね、レイノス。来るとは思っていたけど、まさか魔族の姿になってくるとはね」
「……アンナ。俺がお前の憎しみを受け入れる。お前の両親を殺し憎しみを生み出してしまった元凶として、そしてお前を大切に想う仲間として」
「本当に、どの口が言うんだろうね。ゲルブ村でも同じ問答をした。あのときは殺せなかったけど、今の私はあなたを殺すよ――レイノス」
「ああ、わかっている。ただあの時のお前と今のお前が違うように、あの時の俺と今の俺も違う」
「……そうだね。ソージアと戦い、本当の魔王として現れた。……世界を壊す前にやらなければならないことは、やっぱりあなたへの復讐を果たすことなんだね」
「復讐は叶わない。なぜなら、俺がお前を憎しみから救うからだ」
「へぇ、やってよ。……やってみせなよ、レイノスっ!」
出会った頃は無力な魔王と能天気な娘だった二人が、自分自身を見つけた魔王と自分自身を見失った人間として今ここにいる。
二人の戦いが――いま始まる。