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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
魔王編
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本当の自分

「目覚めたかい、レイノス」

「……俺は」

 レイノスが目を開いたとき目に映ったのは、先ほどまでソージアと戦っていた魔王の間の天井だった。レイノスとアリアの息づかい以外が聞こえないほどに、周囲は静寂に支配されており、先ほどまでの戦いが嘘のように思われる。

「俺は……いや、俺たちは勝ったんだな。自分というものに」

「そうだね……その証拠に、アンタがここにいる」

 レイノスはゆっくりと体を起こす。

 不思議な感覚がレイノスを襲っていた。いや、戻ったというのが正しいのかもしれない。

 人間だったときとは違う、魔王時代に持っていた溢れ出る力をレイノスは感じていた。

「雰囲気が変わったね……目を見ればわかる。レイノス、アンタは本当の自分を取り戻したんだ」

「……ああ、やっと取り戻したよ。自分の半身を、自分の大切な思いを、な」

 レイノスは拳を強く握りしめる。

 ソージアが自分に伝えてくれた気持ちを逃さないように、しっかりと。

 ソージアは死んではいない。今ここにいる自分がソージアであり、そしてまたレイノスなのだから。


 ――ふと、思う。自分はどうやって生き返ったのだろうか、と。


 ソージアとの戦いでレイノスとソージアは確実に死んだ。それは紛れもない事実で、変えられないものであったはずだ。

 それならば自分はどうやって生き返ったのか。

 そう思ったとき。


 ――見つけた。アリアの横で倒れている母の姿を。


 レイノスはゆっくりと母に近づき、その顔を見つめる。

 そして、全てを悟った。

 母はやはり、自分を見捨ててなどいなかったのだ。母のあの時の言葉に偽りなどなかった。

「母さん……ありがとう」

 レイノスの瞳が潤む。しかし、決してそれを溢しはしない。

 自分の母はそんなことを望んではいないから。

 なんのために自分の命を母は繋いでくれたのか。それはレイノスがレイノスとして生きるためである。

 レイノスはまだ達成していない。

 アンナを救うことができていない。

 だから、レイノスは決して泣かない。


「お、れは……けっして……っ!」


「レイノス……今はいいんだよ。今が――そのときだよ」

 アリアがレイノスを後ろから抱きしめる。あたたかく全てを包み込む母のように。

「泣くべきときに泣くことは大切なことだ。――そういうときに泣けないやつにはならないでおくれ」

 その瞬間、レイノスは泣いた。子供のように声をあげて泣いたのだ。

 本当の自分を取り戻したからこそ、流せる涙だった。

 

 レイノスの母――レイリアは逝った。自分の命と引き換えに、レイノスの命を救ったのだ。


 レイノスの泣き声だけが、空虚なデスパレスに響き渡っていた――。







「レイリアが使ったのは、エルフに代々伝わる魔法だ。自分の命と引き換えに他者の命をよみがえらせる。エルフの間では暗黙のうちに禁止となっていた。まぁ、使ったエルフがいるって話は聞いたことがなかったがね」

「それを、母さんは」

「ああ、なんの躊躇いもなく使った。もともと決めていたんだろうさ、レイノスが死んだときは自分が、ってね」

 レイノスはゆっくりと目を閉じて沈黙した。

 その沈黙はレイノスの思考を整理するには十分なほどだった。

「……アリア、行こう。俺はコーネリアに向かわなければならない。アンナは、そこにいる」

「……それはソージアとしての記憶が教えてくれているのかい?」

「そうだ。あいつは今まさに闇の権化とし存在している。憎しみに支配されている。俺はあいつを助けなければならない」

「……レイリアはどうする?」

「母さんは……ここに眠っていてもらおう。――このデスパレスとともに」

「わかったよ」

 そうしてレイノスは歩き出した。アリアも神妙な面持ちでそれについていく。

 魔王の間からデスパレスを出るまで、二人は会話を交わさなかった。それは何かの儀式を執り行う前の、神聖な沈黙であるかのように。

 そして、レイノスたちはデスパレスを出る。

 振り返ればそこにあるのは、もはや空虚な器と化した一つの城があるのみだった。

「――母さん、ゆっくり休んでくれ」

 レイノスは身体中に魔力を巡らせる。人間だった時とは比べものにならないほどに濃厚な魔力をレイノスは感じた。

 レイノスの右手がデスパレスへと向けられる。


 ――俺はあなたの息子でよかったです。ありがとう、ございました。


 瞬間、レイノスの右手から無数の魔法がデスパレスへと放たれた。

 おぞましい装飾が施された外壁がまず貫かれた。そして次々とデスパレスの至るところが崩壊していく。

 恐怖の象徴だったデスパレスが、ついに最期をむかえた瞬間だった。

 土煙が辺りに立ち込める。

 視界が開けたとき、そこにはもはや何も残ってはいなかった。

「……フェルメスが魔王として帰ってきたとき驚くだろうね」

「こんな城に居座る魔王ではなく、あいつには新しい魔王になってほしいんだ。あいつが帰ってくる場所はここではなく、新しい魔王城さ」

 アリアは崩壊したデスパレスに向けて手を合わせた。それはおそらくレイリアを弔っているのだろう。レイノスも合わせるように手を合わせる。

「……さぁ、行こうか。やることがあるんだろう? お前には」

「ああ、そうだ」

「なら転移の魔法を使うよ。準備はいいかい?」

「……頼む」

 レイノスとアリアの足元に魔法陣が現れる。魔法陣が光を放ちはじめ、その光がレイノスたちを包み込んでいく。


「――さらばだ」


 レイノスが呟いた瞬間、二人の姿は消えた。

 残されたデスパレス跡地に太陽の光が差し込む。

 その光はとても温かみがあって、我が子を見送る母の愛が詰まっているかのようだった――。






 魂が交差する場所。全ての種族が自らの命を散らせたときに、必ず通らなければならない場所。

 そんな場所がこの世界には存在する。

 その場所にいま、一つの魂が招かれていた。そして、その魂を待っているものがいた。

『お久しぶり……ですか。あなたと最後に会ったのは、俺がレイノスを打ち滅ぼそうとする直前でしたね』

『久しいですね――アッシュ。まさかあなたがこんな場所に囚われているとは思いませんでした。……強大な力を得たことによる代償、それがこのようなものだったとは』

 魂を待つ者――アッシュはふっ、と微笑んだ。その笑みには全てを悟っているような、そんな達観のようなものがあった。

『これはこれで慣れてしまえば居心地はいいんですよ。現世にも他者の身体を借りて現れることができますしね。それよりも……俺はあなたに聞きたいことがあります』

 招かれた魂――レイリアがアッシュに向き直る。なにを聞きたいのか、そんな疑問を顔に浮かべながら。


『どうしてあなたは――自分の命をみすみす捨てるようなことを? あなたはわかっていたはずだ、レイノスが――』


 レイリアが、アッシュのその先の言葉を手で制した。全てを言うまでもない、というかのように。

 そして、レイリアは答える。

『母だから、ですよ』

『……俺にはわからない。それはあなたの自己満足だ。あなたはそんなことをせずに、レイノスとのこれからを生きていくべきだった。――失われた時間を取り戻していくべきだった』

 アッシュは責め立てるように言葉を並べた。目の前にいる人物のことが理解できないのだ。

 それはそうだろう。――なぜなら、アッシュは母に、親になったことがないのだから。

『アッシュ――あなたの言っていることは正しい。確かに、私は魔法を使わずにレイノスとの時間を生きていくべきだった。レイノスが為そうとしていることを見届けるべきだったのです。――でもね、アッシュ』


 ――自己満足でもいい。私は自らの手でレイノスを助けたかった。あの子のこれからの時間を作ってあげたかったのです。


 しばしの沈黙が場を支配した。しかし、そんな沈黙もレイリアの小さな笑みで破られる。

『愚かでしょう? 私もそう思います。しかし、母とは総じて子のためならば愚かになるものなのです』

『……理解はできない。ただわかりたいとは思います。あなたのその感情を』

『ふふ、あなたはやはり勇者にふさわしいですね。こんな愚か者のことまでわかろうとしてくれるなんて。――さて、ここで長居もしていられないようです。あなたと最期に話すことができてよかった』

『……俺もあなたの最期の時間にお供することができて光栄でした』

 レイリアは瞼を閉じて、ゆっくりと歩き出した。アッシュの横を通り過ぎ、この世から旅立つための光の中に飛び込もうとしている。


『――お待ちください! 俺は……俺は勇者にふさわしくなんかない! 俺は世界はおろか、自分の大切な妹すら守れなかった! そんな俺が、ここで何を為せばいいのでしょうかっ!』


 レイリアは振り返った。その瞳はまっすぐとアッシュの瞳を射抜いてきて、アッシュは少したじろいだ。しかし、そんなアッシュの全てを包み込むような笑みをレイリアは浮かべ、

『ならば勇者でなくともいいのです。あの子が魔王を捨てたように、あなたも勇者を捨てればいい。そして……来るべきときがきたら、そのときは人として向き合いなさい。勇者ではない、アッシュという一人の人間として。――何と向き合えばいいのかは言わなくても大丈夫ですね?』

 とアッシュに言葉を伝えた。

 そして、レイリアは消えた。この世から、その魂が解放されたのだ。

 残されたのは、一つの魂のみだった。しかし、その魂は何かから解放されたようにすっきりとした表情をしていた。

『ありがとう、ございました』

 その声は、レイリアに届くことはない。

 しかし、その言葉はアッシュに決意させるために必要なことだった。

 来るべきときはすぐに訪れる、アッシュはそんな予感がしていた――。





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