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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
魔王編
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母との対面

 不思議なものだとレイノスは一人感慨にふけりながらエルフの島にそびえ立つ塔の前に立っていた。

 見上げれば相当な高さだとあらためて思わされるレイノスだったが、今からこれを上ろうとしているのだから気後れなどはしていられない。

 自分の中に残されている母親との記憶が少ししかないレイノスは、これから顔を合わせようとしている母とのことを考えてもあまり気持ちが高揚することはなかった。

 父と母、二人が託した意思をゲルブ村で目にしたレイノスだったが、実感が今湧いてこないのも事実だったのだ。

 なにか自分の中の大切な部分がすっぽりと抜け落ちているような、そんな感覚を抱いていた。

「いくか」

 レイノスは一人呟いて、塔の入り口である門に手をかける。中に入ればそこにあったのはひたすらに上へと這い上がるように存在する螺旋階段だった。

 レイノスは一歩目を踏み出す。

 一つ二つ、と上っていく自分の足がなぜか自分のものではないかのような感覚に陥る。

 ――この島にきてから、レイノスは不思議な違和感に囚われる瞬間が多々あった。

 自分であって自分ではないようなそんな感覚。それは自分の半身であるソージアのこととなにか関係があるのかもしれないが、しかし今の段階でははっきりとした確信は持てなかった。

 進めど進めど、レイノスが目にする景色は変わらない。目の前にあるのはただひたすらに続く階段と、先の見えない闇があるだけだ。

 自分の母親は、こんなところに長年ひっそりと一人で過ごしていたのかと思うと、その途方もない寂しさを想像することは容易だった。

 どうして自分の母は幼い自分の前から姿を消し、こんな場所に住むことを選んだのか。

 そこから湧き上がる感情は怒り――などではなく、ただひたすらに悲しみだった。

 気づくことはないだろうが、レイノスは悲しみという感情を抱くことができていた。

 おもえば、フェルメスに裏切られたあの日から、自分の中に怒りという感情が薄らいでいたような気もする。アンナが憎しみをソージアに向けていたときでさえ、レイノスはただその光景を眺めていただけのような気がするのだ。

 アンナの気持ちを想像することはできても、それに共感することはできていなかった。

 どれくらい上っただろうか、自分の中の時間間隔もすこしずつ狂ってきていた。

 いまごろダニッシュはなにをしているだろうか、とふとそんなこと思いもした。自分が突き放したあと、ダニッシュはしっかりと自分を見据えて行動することができているだろうか。

「ふっ……俺もこんな心配をするようになるとはな」

 レイノスはそう呟きながらも、塔を上り続ける。景色の変わらないこの場所を、自分の母に会うために上り続けていた。

 いくらかの時間が経ってきた頃、レイノスが見る景色に変化が現われた。

 螺旋階段に終わりが見え、その先に一つの扉が姿を現す。その扉はレイノスを受け入れているかのように、少しその身体を開いていた。

 そして――懐かしいにおいがレイノスの鼻をくすぐる。

 そのにおいは自分が幼い頃に感じた、母の温もり。一度しか会わなかった母の存在を、レイノスは今でもしっかりと感じ取っていた。

 レイノスが階段を上り終えると同時か、はたまた上り終えてからか、ある声がレイノスの耳に届く。

「レイノス……お入りなさい」

 それがレイノスの捜し求めていた声だと気づくのに、少し時間がかかった。

 そして、自分がいつのまにか涙を流していることに気づくのにも。

「母さん、か……?」

 レイノスの問いかけに返事はない。

 レイノスは意を決して、半開きの扉を押し開け中に足を進めた。

 そして、そこにいたのは――窓際の椅子に静かに腰掛ける一人のエルフの女性だった。 

 その流れるような綺麗な金色の髪色、尖った特徴的な耳、そして、幼い頃に向けられた柔らかな微笑みを浮かべる女性を見て、レイノスは確信した。

 この女性が自分の母親だと。

「お久しぶりですねレイノス。あの頃から随分の時間が経ちました。あなたの姿もすっかり変わって大人びていますが……ふふ、我が子の雰囲気というものに母というものは敏感なようです。成長しようとも、子は子ということですね」

 レイノスの母はゆっくりと立ち上がり、側にある椅子をレイノスに向けた。

「さぁ、話しましょう。あまり時間はありませんが……あなたに全てを託してしまった愚かな母として、あなたの話に全て答えます。座りなさい、レイノス」

 レイノスは静かに母に差し出された椅子に腰掛ける。

 そのとき、レイノスが見た母の目は、濁りのない透き通った瞳をしていた――。





 本当に大きくなったものだ、とレイリアは一人心に思っていた。

 実の息子であるレイノスとは指折り数えるほどしか顔を合わせていない。それも全てがまだレイノスが幼かった頃だ。何年ぶりかに会った我が子の成長ぶりに涙が出てきそうなほどだった。

 レイリアは部屋にある棚から茶菓子を取り出しそれを器に入れ、自分とレイノスの間の空中に浮かせる魔法を使う。テーブルを出しても良かったのだが、あまりレイノスに暇な時間を作ってもしかたがない、と思ったのだ。

「食べなさい、レイノス。下にいるマロエという仲間が作ってくれた菓子です。マロエの作るものは驚くほど美味しいのですよ?」

 そういってレイリア器から一つ、菓子を手に取り口に運んだ。レイノスもレイリアを一瞥して、同じように菓子を食べた。

 ――こんな風に親子で過ごす時間というものを作ってあげられませんでしたね。

 レイリアは後悔していた。しかたのなかったこととはいえ、実の息子をあのデスパレスに一人置いてきてしまったのだから。

 母親らしいことは何一つできないままここまできてしまった、とレイリアの心中はこのことばかりが支配していた。今も、そしてレイノスがやってくる前もずっと。

「どうですか、レイノス。美味しいでしょう? 他にも島のみんながもって来てくれたものがあるのです。食べますか?」

 レイリアは一人、この塔に幽閉されている。しかし、それは形上のもので島のエルフ達はレイリアにさまざまなものを届けていた。

 食料や生活用品、はたまた娯楽用の物品まで色々なものがある。

 レイリアはこの塔から出ることはないが、決してこれまでエルフにつまはじきにされてきたわけでもない。それはアリアを形式上エルフの島から追放していても、ルロエが昔のように接していることからわかるだろう。

 エルフは掟を遵守する。

 掟を破ったものには厳しい処罰を下さなければいけない。それがいかに形だけで中身の伴っていないものだとしても。

 しかし、もはやそんなことを言っていられる状況でもなくなってきていた。レイリアたちが引き起こした選択は、いまやサウスリア全土を滅ぼそうとしている。自分達を生みだしたアリア、そして自分やアイリが選んだ道のりが複雑に絡み合って、世界に復讐をしようとしているのだ。

 ――この子には本当に辛いものしか与えていない。そしてまた、自分達が選択した間違いをレイノスに背負わせようとしている。 

 しかしやらなければいけない。レイリアは、自分の命をレイノスに捧げる覚悟はとうにできていた。なぜかそんな予感がしたのだ。自分の命を引き換えに目の前の我が子を救い出すそんな結末がくるのではないかと。

 私の終わりはそれでいいのかもしれない。

「――あなたのお父さんが死ぬ前、そこから話をしましょうか」

 レイリアは一人、静かで頑なな決意を固めレイノスに真実を語り始めたのだった――。




 

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