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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
アンナ編
72/82

壊れていた世界

 世界は無慈悲な現実を、時折人々に突きつける。

 世界は不公平な現実を、時折人々に見せつける。

 それは何者かが決めたわけでもなく、世界はあらかじめそう決まっているのだ。

 だから人々は抗おうとする。

 決められた世界のルールに、必死に抗おうとするのだ。

 そこに善悪などは関係なく、己が思ったことをやるだけなのだ。

 だから、少女は抗う。


 ――それがたとえ、間違っている道だと理解していても。




「これは……」

 アンナは眼前に広がる光景を目にして、呆気にとられるばかりだった。

 コーネリア平野を埋め尽くすような数の魔物がそこにはいた。

 周囲の音は魔物の咆哮に支配されており、別の音が入り込む余地などない。まさに人間にとっては地獄のようなものだった。

「……グルルゥっ!」

 アッシュも普段とは違い、牙をむき出しにして魔物の軍勢を睨みつけていた。

「アッシュは魔物なのに人間の味方をするんだね」

 そういうとアッシュはアンナを見上げ、

「グルゥ……」

 と少し控えめに鳴いた。

 そのとき、アンナたちの背後から足音が聞こえた。

 アンナとアッシュは瞬時に振り返り、足音の主を見つけ出そうと目を凝らす。

「――おやおや、これはこれは。どうしてこんなところに女の子が?」

 主はすぐに姿を現した。

 しかもそれは単独ではなく複数だったのだ。

 次々と森の中から現われる男たち、合わせて六人がアンナたちの前に現われた。

「あなたたちは……?」

「わたしたちは魔族の軍勢への偵察部隊ですよ。――ん? そこにいるのは魔物じゃないか! 君、早く離れて!」

「ああ、この子は大丈夫です。普通の魔物とは違います。だから安心してください」

「……何を言っているんだ、君は?」

 男たちは一度構えた武器を下ろし、訝しげにアンナを見る。

 アッシュはその間、静かに男たちに視線を向けていた。

「それよりも偵察って? もしかして……」

「なんだ、君は知らないのか。まったくこの一大事を知らないとは、どこの田舎者だ。――戦争だよ。人間の存続をかけた魔族とのね」

「……やはり」

 アンナは昨夜リンと話したときから、薄々は勘付いていた。なぜなら、子供の頃に父親から聞かされた十五年前の戦争と同じ雰囲気を感じたからだ。

 しかし、今のアンナには戦争なんてさほど興味はなかった。

 この場にきたのも、自分の考えが正しいかどうかを確認したかっただけなのだ。

 アンナの目的は復讐。

 自分の世界を壊した魔王を殺すことなのだから。

 アンナがそんな考えを頭に思い巡らしているあいだ、男たちはなにやらひそひそと小声で会話をしていた。

 そして、

「なぁ、俺達と一緒にコーネリアへ行かないか。そこには人間の味方がたくさんいる。君も……少しは冷静に判断できるだろう」

「冷静に判断……?」

 風がアンナの頬を打ち付ける。

 その風は土を巻き上げ、空を一瞬覆い尽くす。

 そして――。


 ――愚かな人間どもよ。小賢しい知恵など働かせおって。


 土煙が晴れたとき、そこにいたのはアンナの復讐の相手ソージアだった。

「――現われたな、魔王」

「ふふ騒ぎ立てぬのだな、小娘。後ろの男たちのように」

 ソージアが視線を向ける先にいたのは偵察部隊の男たちだった。

 各々が武器を構え、敵意をソージアに向けて何かをしきりに叫んでいる。

『ここで決着をつけてやる、この穢れた血の王め!』

『魔族など全て滅ぼしてやる! それに付き従う魔物どももな!』

 ソージアはその言葉の数々を受けても、不敵に笑うのみだった。

「貴様らに興味はない。精々自分達の考えた小賢しい策でも実行するがよいわ」

 そういったソージアは何かの魔法を唱え、アンナを吹き飛ばした。そして男たちの周囲に結界のようなものを張る。

「小娘ぇ! 我が憎いのならついてこい。場所を変えようではないか」

「くっ……逃がさない!」

 森の中に消えていくソージアを追うように走り出すアンナ。

 しばらく進んだあと、ソージアは突然止まり、地面に足をゆっくりとつけた。

「フフフ、ここまでくればよいか」

 ソージアは振り返りアンナと向かい合う。

 アンナはすぐに戦闘態勢に入るが、しかし、ソージアはそれを右手でやめるような素振りをとった。

「まぁまて小娘。我はなにも貴様と戦いにきたのではない」

「……そんなことはどうでもいい。私はお前を殺す。ただそれだけだよ」

 アンナは短剣を構え、ソージアにその刃を向けた。

 切っ先が鈍く光る。

 瞬間――アンナは地面を強く蹴り飛ばし、一気にソージアとの間合いを詰めた。

 突風のような一撃がソージアの胸に突き刺さる。

 それはほんの一瞬のことだった。しかし、アンナにとって勝負を決めるには十分すぎる時間だった。

 深く、深く突き刺さる短剣。

 それは致命傷になるはずだった――常人だったならば。

「終わりか、小娘」

 ソージアはただただその顔に笑みを貼り付けていた。

「なっ……!?」

「もっともっと食い込ませるがいい。貴様の憎しみを、我にぶつけるがいい」

 ソージアは突き刺さる短剣をもっと自分の奥深くに進ませていく。

 その切っ先はソージアの身体を突きぬけ、柄は身体の中に入っていた。

「我は戦いにきたのではないといっただろう。貴様に一つ提案があってきたのだ」

「……っく!」

 アンナは短剣を引き抜き、ソージアから距離をとった。

 アンナの額から汗が流れる。

 こんなときに提案などというソージアの考えが読めないのだ。

 そして、自分の一撃をあんなふうにされてしまったことに、焦りのようなものが生まれていた。 

 自分の復讐の相手がこんなにも強いのだと再確認してしまったからだった。

「あまり恐れるな。恐れは憎しみを食い殺してしまう。そうなっては元も子もない」

「なにを……っ!」


 ――貴様、魔王にならぬか。


「なにを……いってるの」

「貴様は素質がある。憎しみの量も、力も、能力も全て揃っている。これで魔王にならなければ、誰がなるというのだ」

「能力……? 私にそんなものは……」

「貴様はエルフと人間の混血だ。なにかしらの能力、そして代償を背負っている。それがなんなのかは我にもわからんが……ともかくはそういう提案だ」

 ソージアは視線をアンナにしっかりと合わせた。

 それは冗談でもなんでもなく、ソージアは本気なのだとアンナに思わせるほどだった。

「――答えはもう決まっている。貴様は魔王になるのだ。その答えに辿りつくための助けはもう用意してある」

 ソージアはそういうと、アンナにゆっくりと近づいていく。

「……先ほどの結界に誰がいると思う? あの人間どもと、そして――弱った魔物が一匹いるのではなかったか? そして、あやつらの言葉を思い出してみろ。そうすれば、どのような結末が待っているのか、想像に難くはあるまい」

 アンナははっと、想像できてしまった。

 瞬間、目の前の復讐の相手に背を向け一心不乱に走り出した。

 草木をかきわけて進むアンナの額には、先ほどとは違う汗が流れ出していた。

 そして――。


 ――目の前の光景から目を離せなくなった。


 ソージアが仕掛けた結界の中で起こっている惨状にアンナは言葉を発することができない。

 言葉にすれば簡単だ。

 アッシュの身体にいくつもの剣が突き刺さっているだけだ。

 いくつもの切り刻まれた痕が残っていた。

 もとの原形なんて思い出せないくらいに痛めつけられたその姿は、もはやアッシュと呼べそうもないそれは、もうピクリとの動かなかった。

 ソージアの結界が少しずつ消えていく。

 男たちは不快な笑みを浮かべながらアッシュの亡骸を見下ろしていた。

「ったく、手こずらせやがって。魔物は大人しく死ねばいいものをよぉ! お前らもお前らだ。ただ逃げ回る魔物をすぐに殺せないなんてどういうことだよ」

 男の声がアンナの頭の中にガンガンと響く。

「くそ、この魔物の血が付いちまったじゃないか。どうしてくれんだよおらぁ!」

 一人の男が、アッシュの身体をゴミのように蹴り飛ばす。

 アッシュの身体はひらりと宙を舞い、無残に地面を転がるだけだった。

「……ん? おお君は! ほらどうだ、君を操っていた魔物はわたしたちが殺してあげた。もう大丈夫だ、心配は――ぎゃああぁああぁあああぁ!」

 ナニヲコロシタッテ? 

 ダレガソンナコトヲタノンダ? ダレノセイデコンナコトニナッタ。


「ああ、そうか……そうだったんだ」


 悲鳴をあげた男の腕が血しぶきを上げながら宙を舞っていた。

「世界は壊されたんじゃない」

 男たちは一斉にアンナに驚愕の目で見つめ、そして剣をとり襲い掛かる。

「最初から――壊れていたんだ」

 もうそこにはアンナという女はいなかった。

 そこにいるのはただ――全てを憎む復讐者がいるだけだった。




 静寂が辺りを包み込んでいた。

 魔物もいまは咆哮をあげておらず、静かだった。

「――ひどいありさまだ。我でもここまではさすがにやらんなぁ」

 ソージアが言葉を発する。

 アンナの周囲にはまさに血の海と化していた。

 肉塊のようなぐちゃりとしたものがちらばっており、そこからドクドクと流れ出る赤い液体はアンナの涙のようにも思える。

 アンナはアッシュの亡骸を抱えながら静寂を守っていた。

 その顔を窺い知ることはできない。

「気づいたのか、この世界がおかしいことに」

 ソージアはただそう言うだけだった。

 アンナは静かに首を縦に振る。

 そして――。

「あなたが復讐の相手であることは変わらない。ただ、それがあなただけではなくなっただけ。――このくだらない世界に復讐する方法を知っているのでしょう、あなたは」

「……ふん、知っているならどうするのだ」

「あなたを利用させてもらう。そして用済みになれば、殺す。ただそれだけよ」

「我を殺せばレイノスも死ぬ、といってもか?」

「……ええ、もう私には憎しみしかないもの。この世界はあなただけが悪なのだと思っていた。でも、そうではないことに気づいた。人間も魔族もみんな醜くてどうしようもない。私が生きているこの世界はどうしようもなく、最初から壊れていた」

 アンナはぎゅっとアッシュの身体を抱きしめた。

「私の代償は、おそらく大切な人をなくすことだろうね。父も母もそして兄も、そしていま、アッシュも失って……これからレイノスさえ失おうとしている。はは、これで能力とやらが使い物にならなかったら本当に世界は不公平だ」

 アンナは俯いていた顔を上げ、ソージアを見た。

「私を魔王にするんでしょ?」

「ああ、今の貴様は我の理想にちょうどいい魔王だ」

「そう。なら少し私を一人にして」

「いいだろう。ゆっくりと人間としての自分を捨てるがいい」

 ソージアはそういうと飛び上がり、魔族の軍勢の中へと消えていった。


 アンナはひとりになった。


 何も口にしないアンナから流れ出る雰囲気は、もはや人間のものとは思えない。

 感情がごちゃごちゃと頭の思考をかき乱す。

 それらを打ち消すように、アンナは魔法を唱え――。


 ――アッシュの亡骸を焼き払った。


「私はもう迷わない」

 全てを失った少女は、空っぽの心で、空っぽの決断をする。

「私は――この世界を滅ぼす」

 その瞳に輝きはなく、その代わりに、濁りきった闇がそれを支配していた――。





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